9.いじめの主犯
踊りが終わると人気者のクリストハルトは、男性陣に囲まれて雑談を始めた。
「私も会話に交ぜてくださらない?」
踊りに誘って欲しそうにチラチラとクリストハルトの様子を窺う女性陣を無視して、私はその雑談の輪の中に堂々と入っていく。
普通なら女性は遠慮する場面だが、ここで出しゃばって周囲の人間に悪い印象を与える!
これぞ私にしか出来ない作戦!
私の乱入に、驚く男性陣。
「もちろんいいですよ」
そんな中、笑顔で即答したのはクリストハルト。
困り顔で拒否するのを期待していたのに!!
『婚約者の私をのけ者にする気?』と暴れる計画が台無しだ!!
「そ……そう。ありがとう」
全然ありがたくない。
「それで何の話ですか?」
クリストハルトに続きを促され、我に返る男性陣。
「え~っと……結婚の予定は決められたのですか?」
うぉーい! 余計な話キターーーーー!!
話題に困った男性の一人が、思い出したように話題に出す。
「いつにしましょうか?」
にっこりと私に微笑むクリストハルト。
その笑顔に焼かれて灰になりそうです……。
「このような場で決められる話ではありませんわ」
ほほほっ……と頬を引きつらせながらお嬢様らしく笑うも、クリストハルト以外の男性陣は振ってはいけない話題だったのか? と、顔を青ざめさせる。
「そ……そういえば、レーネ嬢のご婚約のご予定とかはないのですか?」
話題を変えようと、男性陣の一人が咄嗟に切り出す。
先程まで真っ青な顔をしていた他の男性陣も、一斉に目を輝かせた。
私の話は怖いけど、レーネの話には興味津々なのね。
レーネは今や、この社交界では婚約者になって欲しい最高峰の女性でもある。
「どうでしょうか。まだ家族を亡くして間もないですから……」
クリストハルトの表情が陰る。
「そうですよね……。火事で大変な思いをされたばかりですし……」
「強盗犯もまだ見つかっていないのですよね……」
クリストハルトから伝染したように、男性陣の表情も暗くなる。
なんなのよ。このお通夜みたいな空気は。
「疲れましたので、控室で休んできますわ」
どんよりした空気に耐えきれなくなった私は、逃げるようにその場を離れた。
そういえば、レーネがヴァールブルク公爵家に引き取られた経緯を全く知らないわね。
強盗とか火事とか物騒な話が出ていたけれど。
とりあえず……。
私の乱入作戦が失敗したことだけは確信したわ。
私専用の控室に行き、重いドレスに引っ張られるように用意されているソファーに腰を掛ける。
何もかもが上手くいかないな。
……もうこのまま結婚してもいいんじゃないの?
いやいや。いつ断罪のきっかけが訪れるか分からない以上、婚約解消は必須。
怯えながら生きるよりも、私は楽しく生きたい!
部屋に待機していたグレーデン公爵家の使用人に装飾品を外してもらい、予備に持って来ていた軽いドレスに着替える。
ドレスの重みと作戦の失敗続きで疲労が蓄積した私は、カロリーネに挨拶をして帰ろうと廊下に出た。
すると丁度そこにカロリーネの後姿。
声をかけようとして、咄嗟に廊下の角に隠れる。
なぜならレーネがカロリーネの取り巻き達によって、空き部屋に連れ込まれているところだったから。
もしかしていじめ!?
レーネがヴァールブルク公爵家の養女になったから?
『どうするのよ!』
聞き耳を立てようと部屋に近付いたところで、カロリーネの怒鳴り声が聞こえてきた。
『このままじゃ婚約解消どころか、ベネディクトと結婚してしまうわよ!?』
私の話!?
レーネはカロリーネから、私とクリストハルトの仲を邪魔するように指示されていたのだろうか?
伯爵令嬢だったレーネは公爵令嬢になったとはいえ、元々侯爵令嬢であるカロリーネには逆らえないかもしれない。
私とクリストハルトの仲を引き裂いてくれるなら大歓迎だが、それにレーネを巻き込まないで欲しい!
だって私がいじめたと断罪される事態に発展する危険もあるから!
勢いよく部屋の扉を開ける。
「入室の許可は出していないわよ!」
扉が開く音に鬼の形相をしたカロリーネが振り返る。
しかし扉を開けたのが私だと知ると、口を開けたまま固まった。
「私の名前が聞こえたから、用があるのかと思ったのだけど……」
レーネを囲んでいるカロリーネとその取り巻き達。
彼女達を一瞥すると、みんな青白い顔で視線を逸らす。
「私に聞かれては困るような話でもなさっていたのかしら?」
悪女らしく顎を持ち上げた。
「ベネディクト様の話など……」
「あら? 呼び捨てにしないの?」
カロリーネの弁解をピシャリと遮る。
「先程は私の事、『ベネディクト』と親し気に呼び捨てにしていたじゃない」
俯くカロリーネに近付き、顔を覗き込む。
「あなたと私は友達ですものね。呼び捨てくらいするわよね」
よくよく考えてみたら、カロリーネは私を利用してクリストハルトの婚約者になろうとしていたのかもしれない。
クリストハルトと揉めた半分の原因は、カロリーネからの情報にあったから。
カロリーネはいつも私に『クリストハルトが他の女性と親密かもしれない』とか『クリストハルトに求婚した女性がいる』などの情報を与えて、その女性達を私に対処させていた。
見舞いに来た時もそうだ。
私を心配するフリをしてレーネの情報を与えて、私とクリストハルトを揉めさせようと企んでいたのかもしれない。
何も言えず震えるカロリーネ。
「そこで何をしているのですか?」
開け放たれたままの扉の先に立っていたのはクリストハルト。
面倒な人間に見られた。
舌打ちしたい気持ちを抑えながら、体をクリストハルトに向ける。
「何って教育的指導をしていたのですわ」
クリストハルトは部屋の状況を見て眉を潜める。
「教育的指導って……レーネにですか?」
え?
振り返ると、カロリーネの取り巻きに囲まれたレーネ。
それの主犯カロリーネは私に教育的指導を受けて怯えているが、途中参加のクリストハルトはその状況を知らない。
ということは、私が主犯に見えるってこと!?
あらぬ誤解に慌てて訂正しようとするも、先にカロリーネがその場に泣き崩れる。
「ベネディクト様が、私達にレーネ様をいじめるように指示してきたのです!」
はいぃっ!?
カロリーネの驚愕の証言に、他の令嬢達もその場に座り込み悲しそうにクリストハルトを見上げた。
私の素行の悪さは皆が知るところ。
このままでは私がレーネをいじめた首謀者にさせられる!
「ちょっ! ちょっと待っ――」
「ネディは何もしていませんよ。兄上」
クリストハルトの後ろから現れ、私を助けてくれたのはフィルだった。
「外にいたら上から怒鳴るような声が聞こえてきましたが、リースマン侯爵令嬢がネディを呼び捨てにしていましたから、おそらく彼女達はネディの話をしていたのではないかと思います」
廊下にまで丸聞こえだったのだ。
近くにいたなら外にも漏れていたのかもしれない。
「聞き間違いですわ! 私はベネディクト様に命じられたことをレーネ様にお伝えしていただけで――」
「あら? ヴァールブルク公爵家の令息の耳がおかしいと仰っているのかしら?」
フィルの援護で冷静になった私が切り返す。
さすがのカロリーネもフィルの耳がおかしいとは言えないだろう。
黙るカロリーネに畳みかける。
「それに私もあなたが私を呼び捨てにしているのを聞いているのよ。二人が聞いていると言っているのに、まだ自分の戯言が正しいと言い続けるのかしら?」
本人のいないところとはいえ、侯爵令嬢が公爵令嬢を呼び捨てにする。
それだけでカロリーネが裏では私を下に見ていたことは判断できる。
「レーネをいじめるように私が命令した? 私を呼び捨てにするような人間が、私の命令に素直に従うかしら? どちらかと言えば私の名前を利用して裏で楽しんでいたのはあなたの方ではないの? みんな納得するものね。『あの悪女ならやりかねない』って……」
黙って事の成り行きを見守っていたクリストハルトに視線を向ける。
図星だったのかクリストハルトの体がわずかに揺れた。
「本当に利用されていたのは、私かあなた、どちらなのかしらね?」
再びカロリーネに視線を戻し、吐き捨てる。
今までクリストハルトは嫌という程、私が彼に近付く令嬢達を直接いじめてきた姿を見ている。
それがここにきて突然カロリーネにわざわざ私が命令してレーネをいじめさせるとは、さすがのクリストハルトも考えないだろう。
だとすればカロリーネに利用されていたのは、必然的に私ということになる。
クリストハルトの疑いも晴れたようで、私に手を差し出してきた。
「家まで送ります」
私の今までの所業を見ていれば、信じられないのは理解できる。
それでも真っ先に無実の私を疑ったことは許せない。
私はその手を無視して、クリストハルトの後ろに立つフィルに手を差し出す。
「フィル。送って下さる?」
フィルは一瞬戸惑いを見せるも、「喜んで」とその手を取って引いてくれた。
引かれた手に誘導されるように、クリストハルトの横を毅然とした態度で通り過ぎる。
クリストハルトは、私が先程までいた空間から視線を逸らさず、悔しそうに小さく歯を食いしばっていた。
私を疑ったあなたが悪いのよ。自業自得ね。
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