1−9 敵の敵は
墓場が盛り上がっていく。テンションじゃなく物理的に。
硬い石の通路を砕き、濃い土煙を舞わせる。どこかで下の管を折ったか、濁った汚水まで噴き出した。こんな水を通したりすれば茶色い虹ができちまう。未来を視る眼がなくてもわかる、着地すれば泥まみれは必至。
泥が飛ばない方法を考えていると、酷い景色が塗り替わる。いきなり視界が超速で飛んだと思えば、さっきまでいた場所が見えないくらいには遠いどこかに瞬間移動した。その弊害か涙も滲む。横では優愉さんが、少し動揺を漏らしていた。
「優愉さん、能力進化でもした?」
「……面白い、冗談ですね」
優愉さんに一筋の汗が流れる。それが意味するものを知る方法があるなら、先は変わっていただろう。
ここはどうやら道路のド真ん中。信号機、道路標識、自販機、勿論人も普通にいる。会社っぽい建物とコンビニと、少し離れてマンションもあって、これは非常にいけない。何かあればやばいからな。
余計なことを考えれば、たった秒にも満たない時間でも余所見すれば、致命的な油断が生まれる。遥か遠くから接近する何者かに気付くのが遅れ
「ぉぉぉぉぉおおおおおおおあああ!?!?」
――――――ありえねぇー……何かにぶつかって上半身全部消えた。なんて勢いで墜落してきたんだ? まるで隕石よ。金か魚か飛行機か、一体どんな物だ?
「いや、何者だ?」
接触した俺が腰以下を残して霧散した程の衝撃を耐えたクソガキに問う。軍隊沙汰のクレーターができたその中央に、さも当然かの如くそいつはいる。随分と可愛らしい顔立ちは一度潰れた影響か? とにかく理性的に不愉快だ。体感だが、今までで一番のダメージを受けたぞ。落ち着けと言われても無理だし有理でも拒否するね。
「あ」
クソガキを落とした奴が声を漏らす。真上から。しかも、しかもしかも憎きあの魔法少女、弾幕娘ではありませんか。
「死ぃッねええええええええ!」
拳より大きい実弾が黎守を捉える。
「ウギャー! ウギャー……ギャー……ああー…………」
脳天から股まで一直線の竪穴が開く。手芸用のビーズみたいだ。上下から噴き出す液体は非現実なスプラッタ系のそれと変わらん。魔法少女の出血量が尋常じゃないのは、再生の時に血液も生成してるからだと解釈している。そうじゃないとおかしいだろこの噴血ショーは。
「あらあ、仇が一人足りない。まさか死んだ?」
「喋るだけ害、牛の曖気系女子ってか?」
「達者な口ね。贅沢を吐くな……私の気も知れない他人風情め!」
「隙見て自分語りだなんて、とんでもカアイソーな半生をたいそう人にわかってほしいらしいな? 敵風情め」
「死ねッ」
ノータイムで向けられた人差し指から出る極太ビームが、また降り出した雨を蒸発させる。
攻撃は肉壁で防ぎ、一瞬で間を詰めてその指を掴めば後は上に捻るだけだ。指の皮がパリパリのソーセージみたく張り裂けるまで全力で、な。
「あぁあ゙っ!! やっぱ許せない! 殺す! 殺す殺す殺す殺す殺す殺ぉす! 殺してやる! お前をっ!」
「おともだちと指の復讐か? 健気だなあ魔法少女」
逆関節を得た一本以外で握り締める拳を優しく包み、改めて握り潰す。粉砕した骨の感触が掌に伝わることで、石が紙に敗けるじゃんけんの整合性を理解できた気がする。包がやぶれる道理はない。
涙ぐむ少女を前にしても、それが魔法少女なら助け舟を出そうと考えなくなる……不思議な話だよ。本能とか魂とかそこのレベルで違うんだろうな、これとは。
「そういや名前聞いてなかったな、誰だ? クソガキも含めてさ」
「ライズ・ハーレッヂ……邪魔を断罪する…………魔法少女ッ!!」
魔法少女は完答できないのか? 日本語が通じても言葉が通じないとは厄介。それにしても折れない主人公気質は更に厄介だ……勝手な話だとは思うが、彼女の復讐劇はここで打ち切らせてもらうしかない。
「《赫の衝慟》……」
じんわり血を足に落とし流すイメージ、イメージが大事だ。想像して決めろ、感覚を知れ、頭使わずできるように慣れろ、今更ミスるんじゃねえぞ俺……。
瞬く間にビクッとクる筋肉の麻痺と、芯に纏わる微妙な熱――やっと来た、さあ蹴り飛ばせ。そうそう馬鹿にできないひとつ覚えの技を連呼してやる。狙い撃つのは、その顔だ。足跡を型す肉さえも残さない。言うなればさっきの仕返し、雨に溶けるほど霧散してもらうぜ。
「振り切レ、《暴紅衝脚》ッ!」
生物的な抵抗を感じる。これは入った。足の甲に響く硬い心地は骨同士の衝突。末端から根本まで衝撃に震えるし、セーブをかけなかったせいでこっちの骨も逝く。だが相手より早く再生できるんならばそれは怪我でもない。慣れちまったか痛くもない。ならばこのまま一方的に殺る。
弾幕娘の腰が反ったとこで裏を取り膝打ち、限界まで仰け曝したその腹に、全力の拳を過剰に放つ。回避できずバランスを崩して地を離れた足首を持ち、縁石に三度打ち付けてから街灯に投げる。最後に道路標識を毮って、首から胸にかけて(たぶん……)の部分に振り当て、縦断面図を露出させれば肉団子の食品サンプル完成だ。
まーあ、当然だがこれで死ぬ魔法少女はいない。息がなくても生きているだろう。何にせよ、死ぬまで殺せばいい。生きているならいずれ死ぬんだから。
最短距離で確実に頭を叩き潰す。標識の使い方は側面で叩っ切るだけじゃない。
だがそれを止めたのは、例の少年。その無謀に免じてクソガキ呼びはやめます。それも死す者への手向けよ。
「廻陸、僕は『後出しジャンケンの先攻』なんだ。テンポを上げ続けるだけで相手が自滅してくれる」
「……? へぇ」
「だけどさ。出し続けるってのもまた面倒な役で、交代してほしかったりするんだよね」
「それが面白い話にでも繋がるのか?」
「いいや、ただのそれだけだよ。何もかもがそれだけだから、話はこれで完結してるんだ。続きはあるべきじゃない」
「お前、誰だ?」
「敵の敵だよ」
話が通じないことを今更気にしてちゃあ駄目だと、個人情報の漏洩なんて今更気にしてちゃあ駄目だと。もう気付いた時には遅かった。焼香を演じようとしたらずっと前に一周忌まで終わってたって感じだ。
今までもそうだった。魔法少女は二人一組でしか見ない。虫ではないが『一人いたらもう一人がどこかにいる』わけで、雰囲気的には少年はなぁ〜にか違くって、魔法少女には雨女がいて。俺は無知で無脳か? そうじゃないなら、先日の食事内容も思い出せんような馬鹿。どの選択を踏んでも馬鹿は馬鹿。
雨が身体を貫通する。逆立った髪先から、よく冷える足先まで。何かに触れる手前で停止した初見時とは異なる。雨粒の動きに種類なんて持たせるな、天の気はイタズラっ子なのか。でも上から落下する魔法少女って絵面はワンパターンで変わらず。落ちてくるタイプのミーツはさっきも見たんだ、登場シーンくらいもっと種類を持たせろ。
「どうも、使い回しの再登場は魔法少女ちゃんでぇす。怠慢なら勝ちまぁ〜す。天の気分は私向き〜! ぴっち、ちゃっぷ、《覧・乱・嵐》!!」
空いたクソガキ枠にメスガキが嵌って来た。よく見たら図体と反比例した生意気な奴じゃないか。経緯はどうあれよくも無事だったな。では幾度も殴ろう蹴ろう。ライズの首を絞めるのは優愉さんに任せるとして。
トゥルゥの掛け声で、トライポフォビアも阿鼻る地面の穴々から、微小な泥団子が空へ昇る。緩急あれど結局遅い速度以上に、数を気にかけなければ。細かいことを考えなければ、穴の数は降った雨粒の数と言える。弾幕を張る系のはやめてくれ。まあ触れても大丈夫だし、実質床が上がってるだけだしいいや。
なんて呑気な考えで相手しているが、問題は能力じゃない。問題じゃなくなった。
俺は初めて、能力名を叫ぶ魔法少女を見た、と思う。俺たちは論外として、ナコはそもそも言葉をトリガーにして効果を発揮するタイプだろうから外す。
先輩は繰り返し言っていた。
『能力には、本来の全力を引き出せられる“名”がある。それは付けるものじゃない、運命的にそう“在る”ものだ。だから考える必要もないし、そこに大きな違和感を覚えることもない。むしろ名前を聞いただけで文字表記から能力まで理解できるような代物だ。あれだよ、言霊だな、言霊。それが近い。なぜか多くの魔法少女はそれを知らない風だが、なかなか好都合……』
なぜトゥルゥは他の魔法少女と違うんだ? 偶然、こいつがそーゆー性格だったってのか? いいや、そりゃあない。能力までとはいかないが、当てはまる文字が当然のようにわかった。閲覧の覧、混乱の乱、翠嵐の嵐、一文字ずつの間に区切る中丸が入る。つまり、あいつの言う通りじゃないか。先輩の文句を信用するのは癪だが…………騙しはしても嘘は吐かない。言わないだけ。あれはそんなのだってことを、俺は知っている。
ああ、そうか、まただ。余計なことを考えずにはいられない。いつか必要になるとしても、この場では不要な視点だ。落とし穴はドッキリの罠だってわかるのに、上昇する床は魔法少女の罠ってことがわからないのはなぜだ?
泥団子は茶碗のような形の壁を作り、横殴りの雨が巧く跳弾して、俺に当たる直前で停止する。動く隙間もない、得体の知れない膜に包まれていた。
「ティナドィナ様御一行は無事に持ち帰る必要あるんですけどぉ? これだけ弱くちゃ殺しちゃうかも〜」
なぜ教育のなってないガキはこうも生意気なんだ。 教育がなってないからか。
背景のBGMだった一般人の絶叫はもう枯れている。怪我人は出さないから、ちょっとくらいの大規模崩壊は許せ。
……時々思ってはいたんだが、一箇所に力を溜める《赫の衝慟》があるんなら、全身に力を薄く纏わせる何かがあってもいいではないか。ってか、体外に放出してもいいじゃん。結局どこまでも大事なのはイメージなんだし。やってやろう。お生憎様、薄光を乱反射する雨粒の隙間から見える情景は、なかなかどうして悪くない。
「《全着色》か……良さ気な名前が来た」
心臓が伸縮するのに対応して、血液に乗った能力片が隅々に巡る。体温がぐんぐん上がり、肌に異常な赤みが帯びてきた。頭がクラクラして、倒れ伏しちまいそうだ。滝のような汗、こいつを流すために普通の雨に当たりたい。さて、これを放てばどうなる? やってみりゃあわかる。わかろうか。今、すぐに。
「《脱色放》……ッ!」
皮膚下から外へかかる圧力。それがなくなった時には、皮剥げた全身から血が滲む。すぐに癒えるとて、普通じゃなくても耐えられない痛みだ。一瞬だが、たしかにほんの一瞬なのだが、大気中に曝されているだけで深く細かく刺されたような刺激に襲われるのは最悪な気分だよ。服が吹き飛んだりしないことはよくわからんが嬉しいね。弱点は、少しの間だけ全身の自由が利かなくなること。その時は呼吸機能すら止まる。
自爆技の威力は常々素晴らしいと相場が決まっているんだ。人工物は忘れられたかのように消え去って、建物もないすっからかんの局所的被災地ができてしまった。影響は半径百メートルに及ぶが、魔法少女に対する攻撃って考えたら半径二十メートル以内に入ってもらわねば効果を発揮し切らない程度か。街中でやる技じゃねえ。メスガキの戦意を削ぐには充分なようなんだが。
「……えへへ〜、おにーさん強いですねぇえへへ〜…………」
脱色放にあてられた面が綺麗に溶け爛れて火傷付いている。何色もの絵の具が混ざり混ざった汚水の色。この技は面白いが、被害自体は見てて面白くない。
「おいおい媚びるなよ気持ち悪いなァ」
「やぁ別に殺し合いとかじゃなくってぇ、『ちょっと話したい』ってうちの姫が言ってたから引き合わせたかっただけでぇ〜」
「ああ、戦ってるとお前のこと殺しそうだよ。これだけ弱くっちゃあな」
「でしょでしょ? だから平和的外交しよ〜」
「メンドーなのは嫌いなんでな……戦争も外交の手段だろう、一方的な感じだが。この場ではそれで円満解決と行こうじゃないか」
「げぇ〜え」
こいつの雨は止まっている。本当に戦意がないなら一撃で詰めよう。今回の勝ちに一切の誤算もない。あるとしたら、全くの意識外から来た新手の存在だけだ。でも、誤算があっても、回答用紙回収までに気付いて修正すればセーフなんだよ。
「連戦は苦しいな……名乗る隙だけ休憩しようか」
「私、デミグラス・グラウンド。グラ、呼んでね」
「え? 終わり?」
奴の足元、通って来た道だけ植物が生い茂ってる。硬そうな緑の癖毛は体積がもンのすごい、自身も埋もれるサイズ。とてつもなく邪魔そうだ。目を瞑ってるのは不規則に揺れる髪のせいか、舐めプなのか見えないだけなのか。それにしても身体の輪郭が出る服を着て……魔法少女に恥はないのかい?
珍妙な名前だが……デミグラス・グラウンド。戦いたくはない雰囲気を持ってるな、煮詰まり方が冗談じゃない。せめて戦闘力だけでも、名前通り半分であれば。