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断罪の夜と魔法少女  作者: XsINs
第1部 除章  断罪の夜と魔法少女
8/18

1−8 茶番劇に醒者の口唇を

 亜音(あのん)は、違う何かを見ていた。



 幼稚園か保育園か児童養護施設か、それすらも忘れた。まだその程度の年頃、いつかの事故現場を通った時だ。



 張り紙を押された電柱と、誰かが日常的に座っていたような形跡のあるガードレール。微妙に曲がったパイプを指差し、彼女は言う。『あれはね、死神(てんし)さまがすわってるんだよ』と。俺には、天使も、事故の痕跡も見えなかった。



 後者については当然だ。事故が起きたのは次の日、いつか(・・・)ってのは未来(・・)の話だったのだから。亜音(あのん)が毎日のように魔法使いになりたいと言い続けていたのも、その日まで。死んじまったら夢を語る口も動かせない。






 なんで今、これを思い出したんだろう。唐突な過去の深掘り、まるで死亡フラグ。もし直後死ぬことがあれば、ある意味芸術の域だよ。記憶が間違ってるんじゃないかってタイミングでこれだからな。



 俺の予測では、あまり待たせることなく黎守(くろかみ)が暴れに来る。確かな証拠はない。だがあいつは『気付いたら出没してて滅茶苦茶やってる』、灼熱日の黒き刺客“G”を彷彿とさせる動きが得意だ。ふとした内に消え、想い出す頃に現れる。




「ナコはどうしたの? 和服の子。帰ってきてないから」



「むしろ俺が知りたいくらいだ」




 嘘は言っていない、言う必要がない。聞きたいことだけはたんまりあるからな。知る者側(・・・・)でいたいもんだよ。




「…………廻陸(かいろく)、覚えてる? 私が『魔法使いになる』って初めて言った時のこと……」



「……知らねえな」




 こちらの情報は多く開示せず、相手のボロのみを聞き出す。嘘を言う必要はないはずなんだが。目の前にいる奴の状態を知りたいと思ったからか、ラヴコメディの厄介なヒロインみたいな嘘を吐いた。



 新品の足で立ち上がる。相手が魔法少女じゃなくなった時点で、再生阻害はなくなっているっぽい。ただ、少なくとも牢からここまでの範囲は阻害を受けるってことしか新情報を入手できないなんて勿体ないし苦労に見合わない……もう少し話を流させてからここを出よう。別に急がなくてもいいんだ。最悪の場合があっても、どうせ黎守(くろかみ)が来る。来ない、なんてことはなぜか考えられなかった。




「ねえ、交換しよう?」



「何を」



「私の全部と、廻陸(かいろく)の未来。擦り合わせようよ。情報と、これからのことと、考えてることと…………みんな一度ひとつにしようよ」




 勝手な話だが、言ってることはすんなり入ってくる。そんなとこも昔と同じだ。だからこそ()()()()()()()()()()()。俺の知らない亜音(あのん)がいてほしくない、俺の記憶に生きてる亜音(あのん)が偽物であってほしくない。これもまた勝手な話ってのはわかってる。それでも、納得できないんだ。




「私のはね、電流で身体をちょっと操作できる能力なの。条件は『対象と接触すること』で、想い入れとか接触の強さとかで効果は上下する……気がする。そんなの扱いにくいから、危ない時はこれ(・・)で補ってるの」




 左腕のブレスレット。随分とメカメカしいけども、パーツがいちいち小さすぎて目に悪い。ミシン糸と変わらない細さの導線、モーターとか歯車っぽいのはガラス玉の穴くらいの大きさしかない。それが高速で(ひし)めき合い回ると、手元に持つ部分(ハンドル)のないナイフがひとつ形成され、硬い床に高速で突いて刺さった。



 魔法(マジカル)にしては機械的(ロジカル)で、と言うか魔法じゃなく謎のオーバーテクノロジーのそれだと思う。利便性さえ無視すればロマンの塊だ。




「これは“裏切者”って呼ばれてる人が作ったらしくて、名前は物騒だけど私たちの協力をしてくれてて……ただ姿は見たことないし話もよく伝わってなくて、本当にいるのかすらわからない」




 裏切者、裏切者、裏切者……前に聞いたのと同じだろうか。先輩だとか呼ばせるどこかのクソとの関係はありそうだな。事実をはっきり答えず濁してたわけだし。




「そもそも私たちは人工的に魔法少女にされた、『後付け』の改造人間……なのは廻陸(かいろく)ももう知ってるのかな」



たち(・・)ってのが誰を言ってんのかは知らんが……赤坂(あかさか) 啓示(けいし)が言っていた魔女回機ってのか? 気味悪ィ」



「純正じゃない私たちは“魔女”って呼ばれてるの。廻陸(かいろく)は少し違うけど」




 と言うと、不死身だとかの件か? 情報源があの男のぼやきってとこ嫌なんだが。気付き方がどこかの名探偵だ。




「きうかさんは怪しい」



「――は? なぜここで……ばあちゃんが出てくる?」




 意図の咀嚼が出来なくて、話のどこに祖母が侵入してきたか、それもすぐにはわからなかった。情報の共有は限界まで噛み砕いてくれ。余計な話が思考を阻害しちまう。実際、今がそうだ。




「きうかさんが、私が魔女になるきっかけを作ったの」




 「何を言ってるのかわからない」。そう言う前に、彼女の顔が俺の顔に近づく。少し前と同じ記憶がまた蘇る……だが悪夢のフラッシュバックは、唇の重なる感覚により上書きされた。



 突然の行為に耳まで紅潮させ焦るよりも前に、他人の記憶が更に感情の上書きをする。さも当然のように脳内で居座る、亜音(あのん)が祖母と会った過去の記憶――






 ――丸椅子に座った“私”の前で、中学生くらいの“俺”が眠っている。この病室(・・)は鉄と消毒液の匂いが強い。はっきり言って不快だ。



 純白のベッドで生命活動を止める“俺”には、病院らしからず一本の管すら繋がれていない。何もないからこそ、左手に包帯が巻かれているのが妙に目立つ。小指があったはずの部分からは赤みを帯びていた。



 これは、亜音(あのん)の視点で俺を見ているのか。目線がまあまあ低いから多分最近ではない。いつの記憶なんだ?




『おや、まだいたのかい?』




 廊下から聞こえる祖母の声と同時に視界が後ろに動き、月の出た夜空を映す。地平線から離れていないのを見るに、反対側から日も昇る頃だろう。どこに集中しても違和感のある、謎のシチュエーション。




『顔を反らしてもわかるわよ、あのんちゃん』




 次に映ったのは、大切そうに包帯を抱え持つ祖母。血が滲んでない新品に替えに来たのか。それにしては既に別物を包んでそうな形なんだが、気のせいか?



 いや、全く気のせいではない。それは正しかった。なぜなら、特に溜めもせず中身を見せてくれるから。出てきたのは白い何かの欠片。この艶のない質感は、物心付くよりも前に見たことがある。大層な扉から出てきた、台の上に残る祖父の燃えカスと一緒だ。今となっちゃあ老け具合すらも思い出せない……祖父は記憶に残る前に死んだ。その最終的な姿、つまり骨、燃え残った骨。




『それは……?』




 目を細めた“私”が問う。




『見ておきよ、この症状(ちから)を』




 祖母はおもむろに“俺”の包帯を解く。小指の付け根は強引にやったようで、治りかけ程度の断面は酷く荒れていた。そこに骨を寄せると、前触れもなくたった一瞬だけ発火する。それが煙と遂げた後には、()()()()()()()、改め()()()()()




『これをもっと安定させることができれば、ロクの人生も取り戻せる。あのんちゃんはどう? ロクを助ける魔法少女(・・・・・・・・・・)()()()()()()()()




 再生した“俺”の指を、祖母は蛙を釣る針のように“私”の前まで引いた。心臓の鼓動が高鳴り、廻る血液で体温が高くなる。妙な想いが全身を刺激し、正常な思考も断つ。今鏡を覗き込めば、恍惚な顔をした少女が見えるんだろう。



 乗せられた“私”は、餌を口に挿れた。






 ――雰囲気はあった。それらしい雰囲気は。



 ただ人は都合良いことばかり盲信して、悪いことは物証を喉に突き込まれようが信じない。俺も人だ、そういうこともある。記憶のない者にとって抜け落ちた記憶を説明されても事実と思えないでいるように、今までが曖昧な俺には響かない。キスで失ったものが戻るのは、作家(ファンタジスタ)が裏で操り糸を引いている場合だけだ。



 それに、詳細のわからない断片ひとつ見せられて、増えるばかりの謎を前にして……振り回されてんのに簡単に信用しちまうような奴は騙されて死ぬ。俺は死にたいとは思わない、信用はできない。




「ちょっとでいいから、わかってくれる?」



「記憶操作ができる魔法少女に理解を促される筋合いは…………」




 ……魔法、少女? 彼女はずっと人間だぞ? まさか能力を使えるのか、変身せずとも。いや、まさか、まさかな。




「亜――とにかくお前は知ってることだけ吐けばいい」




 そうだ。俺がするべきことは考えることじゃなく、どんな情報でも頭に刷り込むこと。そして優愉(ゆうゆ)さんらと共有することだ。




「…………魔女は政府規模の陰謀的な何かで、その実験場所がここ。テレビで見たことある上流の人が啓示(けいし)さんと話してるのを見たことあるけど、その人は随分と空回った妄言を(くさ)い口で吐いてた……から、親だけの四流には通ってない計画なんだと思う」




 言葉に毒が滲んでいる。感情的になる地雷を踏んだか? 埋められてちゃあ避けれるわけないんだわ。




「計画ってのは?」



「なんかいっぱいあるけど、一番大きいのは“黎明(夜明け)”って計画だと思う。黎明(れいめい)期とかの黎明って書いて、夜が明けるって意味の夜明け。中身は断罪? とかがどうこう言ってたけど、詳しいことは伝わってないんだよね。伝えられてるのは、廻陸(かいろく)とその仲間を『生け捕り』しろって命令だけ」



「上流ってのは誰だ?」



八能(やの)首相の息子だったかな……」




 総理大臣八能(やの) 陽鉈(ひなた)、黒い噂の絶えなかった女。就任までのこいつが関わる全記録消失の件から巨大犯罪組織と繋がりがあるなんて都市伝説まで、幅広く臭い話はあった。なぜか一瞬で国民の記憶から風化したのも含め、超常現象ばかり前にした今じゃあ魔法で化かされたのかって考えに着いてしまうな。



 その息子、矛誇(ほこり)だったか。そんな名前だった気がする。良くも悪くも話にならん男で、政界に出ても何ひとつ変えられないタイプの人間と囁かれている。名前と違って叩いても出るものがないのは、何もしてないから。蛙の子は蛙なんて言葉もあるが、親が高く跳ねれても子ができるとは限らず……年上相手に言うことではないが、少し不憫に思う。



 まあ、よくあることだ。国とか政府絡みの話なんざ、本当にありふれたもんだ。じゃあどうするかと考えれば、「引き抜き」辺りか? 向こうの仲間を裏切らせて、こっちに入ってもらう。これもまたありふれてる。問題事はいつも内側から亀裂が入るからなあ。



 情報はある程度搾り出した。さて、そろそろ都合良く助けが来る。



 物体が高速で落下する音、壁の中からそれが響く。止まったかと思えば、背中に平手を沿わせられる感触で悪寒に震えた。




「へいへェ〜イ! ヤることヤッたかいマセガキどもォ」




 ほら来た。もはや全部黒幕の予定通りだったりなんて妙な思考回路を組んじまう。ああ、うん、助けに来てくれてありがとう。



 思ったことと違うのは、壁か床か天井かを派手ッ派手に壊してくると思ってたのに、透けて来たみたいに現れたところか。理由から理屈まで微ミリたりともわからん。わからんでいいや、もう。




「フゥー……茶番劇作家は今、ふたつの依頼を受けている」



「はあ」



「ひとつは、敵対位置にいる怪レい企業。ひとつは、国お抱えの()っちゃい企業。どっちとの協力を取るかね? 廻陸(かいろく)クン♡」




 これはなぞなぞか? 暗号か? それとも陰謀論か?



 どうでもいいね、そんなこと。進むなら直進か垂直落下だけ。寄り道も後退もしてやんねえさ。




「両方蹴る、俺の知ってる茶番組ならそうするだろう。()()()()()()()()()()



「むふふ…………いいねェ……! 最高にいいヨォー!! 非模範的解答に脳汁から股座(またぐら)までラヴがイキワタルッ! おっひょぉぉぉおお!!! 障害物は爆撃ダァァァァァ!!! 粉☆微☆塵〜ッ!! あひひひひひひひひひひひひひ!!! グへへへへぇェエッ!!!」




 発狂するキチガイに手を引かれる俺もまた同じ。最後に見た亜音(あのん)の顔に浮いていたのは、困惑だった。



 床も天井も構造上の隙間も全部透き通り、あっと言う間もなく空中へ跳び出た。いやあ、なかなか悪くない気分だ。



 久しい太陽光の歓迎に身体を伸ばすなんてこともできない生憎の曇り空だが、下を向けば優愉(ゆうゆ)さんが墓地の中から手を振って歓迎してくれている。彼はお天道様よりあたたかい。しっかし汚い墓場だなー、清掃する人どころか回忌で花とビール缶供えに来る人すらいなさそうだこと。



 いや待てよ、つまりさっきまでこんな墓々の下にいたのか? なんて縁起の悪ィ位置なんだ。ってかここ秘密基地と真逆の方向だな、生活区域を基準として見たら。



 とりあえず、奴らはこのままスムーズに逃げ帰らせてはくれないだろう。おかしくならない程度に頭を回転させないとな。準備運動も済ませておかねば。






 数秒先、この景色は二度と見れなくなる。

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