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断罪の夜と魔法少女  作者: XsINs
第1部 除章  断罪の夜と魔法少女
5/18

1−5 居眠りオーヴァーフロー

 この島の端には、”隔離された土地“がある。鉄島(くろがねしま)から断絶されてしまった場所だ。チェルノブイリ原発事故をどう色付けしても比になれない放射能汚染が、リトルボーイやらを何発落としても超えられない放射能汚染が、そこに深く根付く。



 高く組まれた鉄柵にKEEP OUTと印された黄色のテープが貼り巻かれているが、規制の有無関係なく誰も入ろうとはしない。バリケードの裏には数メートルの人為的な崖がある、物理的にも隔離されているわけだ。それを飛び越えれば、俺たちだけの危険区域(居場所)



 不思議なことに、晴れた空はここだけが例外になる。太陽も月も星も雲も、誰もが危険区域を上から覗き込むことはない。ただ常に、夜より深い漆黒の虚ろが包み込んでいるだけで、それにはどんな理屈もない。「なぜかこうなってる」以外に適した表現もない。鉄島そのものが“科学の天井裏”なんだよな。



 本来は建物だった木屑山の頂点に、駄菓子っぽさ全開のキャラクターが印刷された段ボール箱が佇んでいる。そこに腰を据えるのは先輩だ。どうやら本を読んでいるらしい。




「猫はどうした。あいつに帰巣本能がないと考えたから居場所をお前にしたんだが」




 少し遠くの廃れた商店街、そこの天井が落ちて粉々に砕けた。老朽化を極めた建物は崩音が軽い。虚しきかな、これは特筆すべきことではない日常だ。秒針が一刻分動く度に、ここは価値のない更地へと近づく。



 茶紙に護られた冊子を(かたわ)らに(そな)え、先輩は煙のようにゆらりと立ち上がる。随分と生気のない動きだった。




「何かあったようだな。カーテンを巻くなんて被災したんじゃあるまいし、可哀想に」



「そんなどうでもいい上っ面より聞きたいことがある。俺を知ってるらしい魔法少女に襲われて喰われた、あれは何だ? カカナってのは? 裏切者ってのは先輩か? いや、魔法少女――――俺たちは何者だ? 漏れなく答えろ」



「質問を連呼するな、先天常識を持ち合わせない電波の住民か? 何もかもを理解できる時がすぐ(・・)来る、それまで待てばいい」



「俺は匂わせるだけして結果を先送りするのは嫌いなんだよ。んな伏線(かくしごと)が許されるのは創作だけだ……答えてくれ、今。今すぐに、だ」



「チッ……お前を知る魔法少女? 知らないな。喰われた? そのテの趣味嗜好があるのかもな。片神成(カカナ)? 何の変哲もない怪物だ。裏切者? 俺かは(・・・)わからん。魔法少女? そんなの所詮便宜上の種類名だ。これで腹は膨れたか?」



「なぜ教えなかった? 『聞かれなかったから』はナシだ」



「謎は自分で考えるものだが、まぁ理由は『関係がないから』でしかない。不要の怪物は魔法少女に任せればいい」



「現実に謎要素(ミステリー)はいらないんだよ! 『任せればいい』だと!? 相手は殺しに来る障碍物だろうが!! 一体何を隠してやがるっ!!」



「それは自己紹介か? それに聞きたいことがあるなら自分から開示しないとな」



「言葉のキャッチボールもできないのか! ふざけるな……この【のまほ狂信者共(クソ茶番)】は決裂だ…………!!」



「――――御二方、少々落ち着きませんか? 廻陸(かいろく)殿、何をそう焦るのでしょう。感情的な行為は大抵裏目に出ます。取り敢えずまともな衣服を用意しました。生憎これしかないですが、(しの)び下さい」



「――え、あぁ…………ありがとう、ございます」




 音もなく現れた優愉(ゆうゆ)さんにより、妙に通った熱は一瞬間で冷めてくる。なぜこんなに頭を回さず質問を撃ち続けたのか……本能が未来を予測した結果かもしれない。



 持ってきてくれたのは白の半袖カッターシャツと黒の長ズボンだった。埃臭い色焼けたカーテンより何千倍も良い、本当にありがたい。



 脳から伝播する感情を捏ねて掻き乱されたような気分はまだ神経に染み込んだまま。怒りを筆頭に言葉を歩かせたのも、そのストレスがあったからかもしれない。いや、それは責任転嫁だ。悪いのは俺、俺でしかない。ふぅー……少しマシになった気がする。



 だが先輩は変わらず凛とした精神を見せる。身体はフラフラ動いてるが…………心身が比例していない。



 それより、だ。



 片神成(カカナ)と名付けられた怪物を筆頭に、俺の問いに答えた内容が意外と大事になっている。先輩──奴にはまだ、俺の知らない多くの知識が詰まっていると見た。記憶喪失を騙るにしても、元から違和感はあった。これは(きた)るべき事態だったんだ。




「先輩。とにかく教えてくれ、全てを」



「その台詞を吐くには早い。まだ序盤も序盤、いや、【断罪の夜】が始まってすらいない。(カタ)リを締める煽りってのは尾先に彫るから面白味があるんだろう」




 そうウダウダ言って、脈絡なく本を投げてきた。感覚が狂うほど真っ黒なカバーの中心には、椅子に座る人型の背中が赤く塗られている。「断罪の夜」って言葉も引っかかるが、この本は妄言以上に意識を引いた。



 先輩が読んでいた物。それのはずなんだが、さっきと見た目が違う。確かにさっきまではカバーは茶紙であり、こんな呪詛を吐き溜めたような異質なものではなかった。『生命と運命の畏怖が此処に(やどりき)り在る』的な気分だ。うむ、我ながら何言ってるかわからんなこれは。



 とりあえず本を開くが、最初の目次除く四(ページ)半以降は白紙になっている。あとは頁を空けて『魔砲』と謎の文句が書かれているだけ。しかし、魔砲、マホウ? 魔法じゃないのか? 魔法の類なら魔導書的なあれか? 関係ない紙の束ってだけなのか? ふと先日の弾幕が視界に甦ったが、フラッシュバックを起こす脳はまた別の用途に向けられた。




「雨か」



「でしょうか。珍しいですね」



「珍しいなんてもんじゃない。()()以降初めて見る」




 優愉さんらの話が聞こえる。



 雨粒は落ちてこない。だが上を見上げると、それらしいものが見えた。降る前に気づくなんて、気圧の知識を頭に叩き込んだとしてもできかねるだろう。だが生憎俺たちは常人じゃないのでね。



 この孤空間とそれ以外の空は、グラデーションがかからず、完全に迷いなく分け隔てられている。青空と闇の間は混じることない、意志すら感じ取れそうな拒絶反応がある。まあ不思議なのは実はそれじゃない。「雨が降る」ってのは、ここでは無茶苦茶な夢よりも度し難い景色だ。




「超常現象ってのは発生するもンだから存在するのか? イレギュラーを眈々と仕組まれるのは困るな」



「上の空ですねえ? なぜかな、俺はかなしいことに先輩を信用できない」



「もう(いが)み合う必要はないでしょう……今現在は前述の享受らを無碍にしてでも、遙か上空に座す者を潰さねばならぬ状況なのです。なぜ皆こうも争いますか…………細胞核に闘志を刻まれたとて時と場合がありましょう。ましてや特異なる夢想内の存在である魔法少女ともなれば、丁重かつ最高に(もてな)すべきであるはずだと言うのに…………」




 一番呆けて危なっかしいのは優愉(ゆうゆ)さんだと言いたいが一旦流し、雨が着弾(・・)するのを待つ。特性がわからないと対処のしようがないからな。一撃は地に打たせ、応えを見極めなくては。先輩は一切動かないのに当たらないのが不思議だが、先輩を考えるのはやめよう。どうせ何もわかりはしない。



 簡単に察せられる通り、これは確実に魔法少女の気配。当然、降る粒がただの水滴とも思えない。俺たちの思考は既に、摩訶摩訶しい魔法能力の謎に毒されている。天候操作? マホーショージョサマは格別で羨ましいなぁおい。



 常に泥のように愚図った放射汚染土壌に触れた(くだん)のは、()ける直前の距離で停止した。漏れなく止まるそれは、絨毯のように地面の一角を覆う。




「時止め、ではないですね。安心しました」



「そんなの出されたら大敗もいいとこだな」




 落ち着いている二方は上空のみに神経を研ぎ澄ましていたが、第一撃は意識外からだった。



 この時代にフィクションでも見る機会が少ない武器が襲いかかる。ありゃあ苦無(クナイ)か。どうやら普通の金属製、大した痛手にはならない。いや痛いっちゃ痛いんだけども。あと俺にしか命中しないことに、あの人らの主人公補正を感じる。あー今日は徹底的に最低最悪な気分になりそうだ。




「The site of a war that no one knows about……I didn't know there was such a place」



「どちら様でしょうか? 強引に縫い付けたカラフル外人様が来ても気分が(ほど)けるだけですが」



()敵切(てきせつ)な奴は無視だ。それに先客を()て成すのが礼儀なんだろう?」



「…………『Don'T(棄却)』」




 俺を()けてきた不審魔法少女――たしかナコか、そいつの唐突な言葉で俺は動けなくなった。脳は回る、それが限界。自分の意志で眼球は動かせないし、風が吹いても髪一本靡かない。ってかこいつ今思いっ切り日本語吐いたな。「棄却」を使えるなら日常生活送れるくらいの日本語は余裕だろうに、ナメてるのか? 郷に従え。




「Do not ignore it.I'm here to bring Kairoku back,And by the way,pseudo magical girls will perish here.」




 俺の前で英語を扱うとはなんとも嫌な奴だ。もしかしたら悪口言ってんじゃねえかと勘繰ると殺意が湧く。しばらく敗戦続きなんだ、とにかく一度殴らせてくれ。



 しかし互いに動かない、動けない。だからどうしようもない。クソ。ホーリーシット。



 音から察するに、恐らく止まっているのは俺とナコだけだ。向こうは戦闘に入ったような雰囲気があるが、見ている画角を逸らすことができん。いったいどんな仕組みなんだろうか――――いや、魔法に理屈を求めるのは野暮か。




「両者行動不可の影真似って感じか。サポートに徹するべき能力になったか……それでナコ、来たのはお前だけか? 完全に馬鹿だな」




 気付かないうちに、先輩が視線の先に移動していた。ナコに話している様子だが、急展開に理解が追いつかん。なせそうなるんだ。




Teina(ティナ)-Doina(ドィナ)…………!」



「あの居眠り姫は元気か? いや、それよりC.O_D(コード)を返してもらおう」




 逃げようとはしているように見えるが、それ以上の何かが奴を踏み留めている。



 ティナドィナ――先輩の名前だろうか。それに敵であるナコに面識があるどころか(ふる)い味方のような素振りだ。やはり、先輩は信用に値しないのか?



 先輩が簡単な構えを取る。ナコとその延長線上にいる俺が入るように両手親指・人差指で長方形を作る構え。これは、やばいかもしれない。いやこの予備動作は絶対やばい展開だわこいつふざけんな知らねえ初見技を味方巻き込んで撃つんじゃねえこのやろ




「《寓意檻(ヴァニタス)》――――最後のオヤスミだ、どっぷり沈め」




  ※  ※  ※




 ナマモノの太陽が腐る。最近距離の銀河が星屑に堕ち降る。雲が不可視のプラズマを発し、膿が鯨の吐瀉物に拡がる。草が乾き、土が砕け、石が融ける。小さな蛙の子が近付いてくる。灼けた配線が舌を波打つ。翼尽きた鳥が髄液に溺れる。証明が爆死する。梁が空調が賭刑が不老が大義が撲殺壊死絞殺圧死銃殺する。



 何も見えない、懐かしい輪郭が見える。何も聞こえない、過去の泣声が聞こえる。何も感じない、死の体温を感じる。何も思わない、忘れた記憶に触れる。



 幻想の目を開けば、光も闇も白も黒もない世界。そんなものはない、捉えることはできない。



 美しい鋳薔薇(いばら)が爪の隙間を這うそれは夢肉を突き進まない紙が関節に沈み部位を断つその妄言指を感じながら噛み千切る心臓にスプーンが癒着し腺を押し拡げるそいつは空想鉄アレルゲンが中で暴れる理由はない生殖器官の核に埋められた種が数える暇なく大樹となるそんな過去はない血を糧にして肉を裂けられれば死は免れない振り子が亜音速で迎え入れ頸を飛ばすそのような幻直立する胴体は認識しない。



 下を向けば、骨格の後ろ姿が奈落の果てまで並んでいるのが見える。右を向けば、筋肉の左姿が地平線の果てまで並んでいるのが見える。左を向けば、臓器の右姿が地平線の果てまで並んでいるのが見える。後ろを向けば、神経血管等の正面姿が地平線の果てまで並んでいるのが見える。上を向けば、俺を下から見上げる形が空の果てまで並んでいるのが見える。




廻陸(かいろく)廻陸(かいろく)……!』




 前を向けば、物心付いた時から離さず身にしていた首飾りが大きく揺れる。一度も断たれたことのない紐と限りなく透明に近いだけの石ひとつだけの簡素なもの。誰が外そうとしても抜けることない以外は特別でないファッション、のはずだ。これは何だ? わからない理由がない、大事なものだ。 いつから着けていた? いつまで着けていなかった? 点が繋がらない。




廻陸(かいろく)、お願いだから目を覚まして』




 閉ざされた感情を再度想い出そうとしている。眠りこける以前の話、昨夜のようで昔の話。




『こっちに来て、ここを出よう』




 血の通う生者の体温を感じようとしている。眠りこけた時の感覚、もう二度と体験しないと思っていた熱。




『絶対に廻陸(かいろく)だけは、二度と死なせたくない』




 今を呼ぶ愛に満ちた声を聞こうとしている。ずっと耳にこびり付いていた、本来なら忘れもしない色。




『ねえ、また私を見て』



「――――亜音(あのん)?」




 希望を背負った唯一の姿が見えた。




  ※  ※  ※




「だあああああああああっ!?!?」



「――は? 帰ってきたのか? 何がどうなってこれ(・・)を破った? 人とは恐ろしい、今になって初めて想定外の事態を見ることになるとはな」




 怖い夢から目が覚めた、そんな気分だ。目が潤っている。寝てしまって飛び起きたと思ったらそもそも眠ってすらいなかったって感覚もする。最良の再会に潜っていたような記憶が捏造されていた気がするが、それもまた思い込みか。夢の中の出来事は滅茶苦茶で思い出せねえ。絶対、絶対に必要な俺の記憶なのに。



 先輩――いや、ティナドィナが能力を構えてから…………ナコが倒れているのか。少し離れて、隣で顔合わせのない幼女が髪を引っ張られ、一糸纏わぬ身体を吊られている。よく見ると左腹が裂かれ、そこから黒い触手のようなものが露出している。言い方が酷いけどきもちわりーわ。ちっと待てよ、こいつどこから出てきた?



 とにかくそこに向けて走る。頭がパンクしそうだが、既に動ける状態にはなっていた。



 だが横槍が入る。そう、雨とともに降った先客だ。土の塊を散弾の如く撃ち込みやがる。まじで能力がわからんのだが、何なの?



 優愉さんは防戦一方で、相手は楽々とした顔付き。はぁー苛つく。そうだ、折角だし八つ当たりでもしてやろう。今日までの鬱憤を晴らすぜー。あはは。




「二対一ぃっ!? くっそぅ!」




 上から降ってきた魔法少女が喚く。ワンピース系の雨合羽(かっぱ)を頭まで羽織っているから容姿はよくわからないが、そんなのは一切合切ヒャクニジュッパーセント関係ねぇ! サイテーでハイなキブンだ! 投げるボールはねェが一球入魂でブッ飛ばァーッ!!




「来ォォオい! 撃ち抜き殺ォォス! 《赫の衝慟《カラーディプライブ》》ッッ!!!」




 …………拳は完全に胸骨部を捉え、以上を粉々に粉砕した。



 嗚呼、嗚呼。魔法少女、お前にはほんのちょっぴり感謝しよう。その犠牲を踏みしめて、今日は気持ち良く入眠できるかもしれない。

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