1−4 獄門とカニバリズムと片神成と
俺の使うこれは《赫の衝慟》。能力には名前を持たせたほうが良いという先輩の助言と黎守のセンスによりこうなった。使い方によって名前もいちいち使い分けるのだが、いわく『言霊』があるらしい。
ディプライブ、deprive。奪う、拒む、与えないなどの意味がある言葉だと聞くが、正しいかはよく知らん。そのまま言えば“色を奪う”的な文になるが、当たらずと言えども遠からずってやつだったりする。
簡潔に言えば『相手の能力を転用する』んだ。例えば魔法少女が相手としてこれを使えば、どれだけの防御力を誇ろうとも、その特性を奪って攻撃力に変換・転用する感じ。ゲームに置き換えると、防御貫通に強化効果打消・打消に応じて技の威力上昇となる。相手が強いほど強くなるってことね。
だがこれは俺の意思に反することがある。その時々の精神状態によって不発・暴走とか言うゴミみたいなリスクが付き纏っているわけだ。まあ当然それに見合うリターンを持つんだが、どちらにせよ乱発はできない。精神衛生上。
「こ……これはぁ、あまり頂けないかなぁー」
魔法少女から見ても、あまり受けたくない技らしい。いや、常人より優れた魔法少女だからこそと言うべきか。これはこれは、やってしまいたくなるじゃあないか。
「好き嫌いはいけねぇぞッ!」
肌を伝って喉骨を折る感触を知る。拳は確実に、完全に魔法少女の息を奪った――ら、どれだけ最高だったか。
触れる直前、指先から肩までの全面積から、まるで熱を奪われるように力が抜ける感覚があった。溜め込んでいたものが、ふっと蒸発する。なぜか? 大失敗を犯したから。ここぞって大事な時に効果が空振る失望感は、底のない穴に堕ちるかのよう。
それでも、カヒュッと掠れ逆剥けた呼吸音を鳴らさせる負担はかけれたようだな。妥協すれば、まあ良かった方、なのか?
「あ!」
「あ?」
「甘いっ! 詰めが!!」
謎の叱咤とともにありえない力で顎を蹴り上げられた。その衝撃は少なかったが、まーよくドレスの可動域を超えていらっしゃる素敵な攻撃だ。向こうには魔法少女属性からなる主人公補正をふんだんに盛られている気がする。またまた蓄積されるこのストレスを一体どこに向けろと?
ヒリヒリと無駄に風を感じながら指を頬に当てると、妙に生温い液体が塗られていた。
顎が、ない。衝撃がなかったのは、耐えられず消えたからか。嘘にしては趣味の悪ぃ怪我だ。
傷は自覚すると急に痛くなる。そんなことを思い出したが、その思考も忘れるくらい簡単に治る。遅れてくる痛みに浸る余韻もないのは嬉しい。
「いい生命力してるねぇー。ますます食べたくなってきたなぁ? あ、足元注意」
「足元」の「あ」の音が耳に届いた瞬間跳んだが、戦場で敵の声を聞くのが愚かだった。
首に冷たい鎖が引っ掛かる。いや、形造られる。裏切者が遺したなんとやらと言っていた物だろう、それが鎖となって、気道を絞める。
息が、できない。息を止めていたり、溺れているのとはまた違う苦しさだ。自身ではなく他者により呼吸を止められる恐怖、焦り。それらが、正常な思考と判断を阻害する。
死ぬ、死ぬ。死ぬ? そうか。
嘘だろ。後付けでもこんな恵まれた肉体を持ったのに、こんなありきたりなしょーもない首吊で、ありきたりでしょーもない三途の川を通るってのか? 常人の半分も普通に生きれてないのになあ。あー、最悪、だ。ほんっと、最悪――――
※ ※ ※
「まさに活継離! これは気持ちいねぇー!」
センスの汚れた、ふざけたドレス少女の声が聞こえる。あと髪の毛が何かに引っかかっている感覚がある。気が付くと、俺の生首はベッドの上に置かれていた。そう言えばここ保健室なのか、忘れていた。
「これってどーゆーのだっけ、確か獄門ってやつ。旧き善き死刑よ。江戸時代だねぇ?」
胴体はカーテンレールに提げられていた。例の鎖が手に巻き付いていて、それで無様に宙を浮いているらしい。んでそれを、知らない魔法少女が様斬に使っている。この状態でも見惚れてしまうほど綺麗な波紋の入った刀で、ズバッと容赦なく「斬ッ!」している。勝手にそう観ているわけじゃなく、本当に言ってるんだわ。
その魔法少女、容姿は風情ある浴衣を着て硝子の下駄を履いた、金髪ショートに青色寄りの蒼眼の外国人。帯に煌びやかな装飾の入った鞘を差し、頭には弾丸を花型に貼っ付けた髪飾り……うむ、よくわからん。知らない人がイメージした和洋折衷コーデと言われたとて、それより酷いと思わざるを得ない。むしろこれでよく和洋を騙れるな、とも。
「Did you wake up? How are you feeling? Are you happy?」
流暢過ぎたのと唐突だったのでよく聞き取れなかったが、かろうじてフィーリングとハッピーだけ理解した。いつかの時代の晒し首そのものだぞ、これの何がハッピーじゃい。てめぇのフィーリングは消費期限切れか? 機会があればその節穴以下の青い目を真っ赤に充血させてやるからな。
そんなことを思っていると、後頭部に気持ち悪い感覚が再度迸った。誰かに舐められてるような感じだ。気持ち悪い、怖い、あと気持ち悪い。それにすごく気持ち悪い。ナメクジに這われる葉っぱの気分ってのはこんな感じなのだろう。
「He is in trouble.It's nice to be immersed in an emotional reunion,but your particular proclivities will be frowned upon」
「ナコの言う通り! ボクの『食べる』は比喩表現だってのに、本当に食べる阿呆がいるか! いやいるわここに。あーもぉ採用前に特殊性癖の確認くらいすればよかったぁー!!」
「No……that's not right……You don't know what's going on,so let me show you」
ナコ、と呼ばれる英語の魔法少女が刀の面をこっちに向ける。それには無惨にも斬首された俺が映っていて、その後ろに、また知らない魔法少女がいた。茶髪と赤眼とセーラー服の、異質な女子高生って雰囲気だ。そいつが髪の毛を噛み、グリグリと頭皮を舐め回している。やばいなこいつやばいわタスケテケスタ。
しかし飽きたのか、言う前に奇行を止めてくれた。ついでに離してくれと言いたいが、そうはいかないらしい。世界が上下反転した。首が上、脳が下だ。
「廻陸……廻陸ぅ…………♡」
俺の名前を呼びながら、両断された部分の肉を喰らう魔法少女。甘噛気味ではあるが、着実に食べ進んでやがる。なぜ俺の名前を知ってて、発情した声で呟きながら、食人行為に勤しんでいるのか。なんと言うか、多様性の社会からすら弾かれそうな絵面である。魔法少女二人も「うわぁ」ってなってるし、満場一致で異常だ。『我が子を喰らうサトゥルヌス』にでも憧れているのか。
血液以外綺麗な刀の反射を通して、そいつは手から謎の電気のようなものを発しているのが見える。傷の再生ができず、感覚が妙に狂ってるのもそのせいだろうか。面倒そうな能力。
「あぁあ! 廻陸廻陸廻陸!! あぁぁぁぁあっ!!!」
「I am afraid of her……“Sadireto”,I want to go home now!」
「ほら。リンド、帰るよぉ? それ持ったままでいいからさぁ?」
「ああああ! あああ、ああ…………サディレト、助けて、あいつを殺し、殺して! クロカミネコロ!!」
情緒不安定な視線の先には、元気そうな黎守がいる。お前がどっか行ったからこうなったんだぞてめぇこの野郎。
「えへー遅れてごめんにゃあー♪ いやぁそれにしても……見ないうちに、その……趣味の悪いインテリアになって…………殴り殺そうと思ってたけど、さすがに同情するよ……だから叩き殺すよ…………」
やはりこいつはよくわからん。できるだけの思考回路を俺側に歩み寄らせてから生きてくれよ。
とにかくどうにかしてくれ、と目で訴える。だが何を思ったのか、カメラに映りたがる陽キャのような動きでダブルピースしてる。地上波で流せない存在が写ろうとするな。
この溜まった殺意が漏れ出てたのか、ようやく動いてくれるらしい。歯車を好転させてくれることを祈る。
「オイオイオイ殺すぞオマエ。女子高生がカニバリズムしちゃいかんぞー? 食人文化は病気に罹るぞー? 死ねぞー? ん? 死ねぞ? 何言ってんのキミ馬鹿かよ」
「黎守 寝頃……頭の狂ったお前には理解できないの……ねぇ、廻陸…………? 廻陸が起きるなんて思ってなかった、すごく嬉しいよ」
「無視するにゃ? また刺すぞー? 死ねぞー!」
「ひっ……!」
「刺す」に反応し、俺を抱いたまま後退りする。降りたベッドを蹴り上げ、空中で数回転。俺は、それに踏み潰された馬鹿の「ぎゃぷんっ」と情けない断末魔を聞くことしかできなかった。
しかし妙に馴れ馴れしい。だがリンドとやらには逢ったことない──いや、もしかしたら魔法少女化で顔が変わってるだけで、知人なのかもしれない。だがそうなら名前を言ってくれても良いと思うが……ただわかるのは、相手は俺を知っていることだ。
だがどうするか……優愉さんに合図を送ろうにも、挙げる手が外れてしまっている。
そもそもその仕組みは、袖内に貼られた優愉さんの札、《望賽》が意思と行動に反応することによって引き起こされる事象。その効果は、「望みを軽く叶える」。だから合図を送ったら、都合良く奇跡的に感受してくれるわけだ。
まあ、結局今使えないなら意味がない。万策尽きたか……そんな万の策を思いついたわけでもないんだが。いつもそんな時だ、ややこしい事態を招くことになる出逢いがあるのは。
「おいおーいなんだよこれさぁ? 部屋めちゃくちゃじゃねえか。カカナはどーしッてぅぉい! なんだよこれ! 知らん奴ベッドの下敷きになってるし! しかも死人出てる死人! こいつ烏舞かよォ! 一般人に手出すなよボケェ! うわぁーいつの時代の殺し方だよ……最高ーか?」
あーあーまた面倒になるうー。入ってきたあの男は赤坂 啓示、だったか。なぜあの男が魔法少女と動いている? カカナ、漢字の読み方は片神成ってこと? それが関係あるのか。名刺を残しておけば良かった。あ、星川はどうしたんだ? 戻ってくる前に撤退しなければ。いや、どこに行った?
考えないといけないことを消化できず残らせるのは最悪な気分だ。最近ずっと最悪だよ、全く。
「とりあえず廻陸の頭部返してクレメンス〜それがないと帰れにゃあ〜い返さにゃ〜い生かさにゃ〜い逝かしてやるぜキサマラぁ〜ん」
「廻陸は私とひとつになるの……誰にも渡さない!」
「悪い食人鬼は調教しないとねぇ? オラさっさとその身体差し出しなァ!!」
「ひぃっ…………」
「死体で遊ぶなよ……それは俺が埋葬する。君たちはさっさと帰りな」
「What happened to “Kakna”?」
「片神成は俺が殺ったよ……ったく、何のための存在だよお前らはァ……! …………はぁ…………背負い過ぎるとギックリいくおっさんを全力で労り給えや」
そう言って、リンドから俺を強引に奪う。奴の手から離れた瞬間、ようやく肉体が再生した。強制的に回復能力を封じ込まれてた反動か、いつもより高速で再生した。完全に固まった赤坂はギャグマンガばりの開いた口が塞がらないリアクション。ふはは、その間抜け面で死に晒せ。
生えたての足で腹部を一蹴。本気でやったからか、扉をぶっ壊して数十メートル飛んだ。打ち所が悪ければ死ぬな、あれは。ついに俺も人殺しか…………悲しいね。
落ちたカーテンを身体に巻く。布表面が粗く、擦れる感覚が強い。ガサガサして埃臭くて、ついでに皮膚が削げそうだ。だが服も再生される魔法少女とは違うし、骨肉ごと袈裟斬りされた制服を回収しようがもう役に立たない。元からボロボロだってのに、こいつは虐めか?
「出るぞ黎守!」
「そんな! 出すならコンドー」
「もう置いていくから魔法少女でも喰い散らかしとけ」
阿呆を置いて、窓を砕いて外に出る。天気は晴れ、虹がかかっているが、今の心情は曇り空だ。後頭部と首には未だ違和感が残っていて、「魔法少女に惨敗した」結果になったのも、気分が良くない要因。
「廻陸、私のこと想い出してね」
そんな言葉が聞こえた気がして、反射的に屋上まで跳んだ。剥ぎ取りたくなる悪寒が走ったから逃げたとかじゃなく、考える時間が欲しい。あの魔法少女には、避けて通れないだろう大きな違和感がある。
中庭を見下ろすと、噴水前で突っ立ってる赤坂がいた。予想以上にダメージがなかったらしい。おかしいだろそれは。何者だ? 全身が濡れて、怠そうに頭を掻いている。そこに星川が戻って来て、腹を抱えて笑っているような動きが見える。人としてどうかと思う。
このままじゃ目が合うような気がしたんで、逃げるように去った。目指すは先日壊れた、元拠点の駄菓子屋。この島の端、しばらく走り続けていないと到着しないが、まあそれくらいはよくあることだ。
よくあること……はぁー…………なんでこうなるんだか。好転どころか擦り減ってはいないか? 人生の歯車。丸くなるなよ、滑ったら噛み合わないし。手遅れだったりしないよな……?