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断罪の夜と魔法少女  作者: XsINs
第1部 除章  断罪の夜と魔法少女
2/18

1−2 日常は完結に

 降りしきる水と、車が飛沫を撥ねる音で目が覚める。



 ベッドに寝転んだ体勢でカーテンから外を覗くと、大荒れの天気が窺えた。台風の時期はまだ少し先のはずなんだが、気象変動とやらは恐ろしい。突風はビュービュー吹いて、雨粒はバチバチ屋根に当たる。




「ロクや、そろそろ時間だよ」



「あい……」




 一階から柔らかな声で俺を呼ぶのは祖母だ。あの日(・・・)目覚めてからずっと俺の面倒を見てくれている。少し長く寝てただけで俺を放って、どこかへ消えた両親よりずっと優しい人だ。感謝してもしきれない。



 ぼんやりした意識のまま置き時計に目をやると、そこには午前八時と出てある。遅刻判定を受けるのは同三十五分で、家から学校までは自転車で一時間。そして寝起きで動きにくい。常人ならオワタと白旗を挙げていた。



 歯を磨いて、形を保っていない制服に着替えて、とりあえず蜜柑食って食後の歯磨き、それで十分程度を費やす。寝癖を直すのは放棄した。まあ普通に行けば間に合わん時間だし、勘弁してくれ。この天候で走るのは少しでも避けたい。



 手摺のついた階段を飛び降りて、祖母に一瞥もなく扉の前に立つ。結露付いたドアノブに手をかけたところで、声が聞こえた。




「気をつけて行きなさい」




 祖母はそんな事を言っていた気がするが、雨の音に邪魔されてうまく聞き取れなかった。どちらにせよ返事くらいするべきだったな。なんだか申し訳ない。



 普通に行けば間に合わんと言ったな、だが俺は普通じゃない。魔法少女みたいに「変身」とかもなく(一度、魔法少女が変身するのを見たことがある。実はちっと羨ましかっただなんて口が裂けても言えない)、常にこの超人的身体だ。力を抑えなければ、高速道路でスピード違反する車に並行して走ることなんてのも余裕でできる。本気出せば摩擦だかなんだかで持ち物とかがやられる程度まで出せる。



 人通りの少ない道を選び、時には屋根を走り、時には壁を跨ぎ、ぶつかったりしない程度に速度を上げる。弾けた水が視界を邪魔するが、ここは目を瞑っていても事故を起こさないくらいに使っている道。コンディションが悪い程度では何も変わらん。



 初めの頃みたいに壁を吹っ飛ばしてしまったり足を挫いたりすることはなくなったが、目まぐるしく動く景色にはまだ慣れない。乗り物酔いしやすい体質も相まって、朝から気分が悪くなるのが唯一で最大の難点だ。



 数分で学校に着いた。が、心なしか制服がボロボロに見える。急いでて気にしなかったが、先週切り裂かれまくったのに、空気摩擦による追加の負荷に興じた結果がこれ。雨のせいで中途半端に身体に張り付いて気持ち悪い。一丁前に体温も奪う。これはあれか、負担(デスマーチ)をかけられまくる服が俺に反抗(ストライキ)しているのか。つらいね。



 それ以前に別戦のせいで替えも利かないし……ああ、魔法少女のせいでまた金が…………財布が軽くなるぜ、ははははっ。はぁーーーあ。




「おーい危ないぞー」



「はあ…………はあ?」




 うつつを抜かしている状態で、どこからか聞こえる男の声に意識を向けたのが悪かった。



 巨大な水溜まりを車が撥ね、その水が俺に――――もう嫌だ。おかげさまで角々しい寝癖もなくなった。こりゃ風邪引くぞ。身体能力高いんだから免疫力も上がってて良いと思うんだが、年始にインフルエンザにやられた経験を考えるとそうでもないらしいし。ざっけんな、抗体の馬鹿野郎が。




「あーあー言わんこっちゃあない」




 その男は学校の前にいた。近くには赤いランプを灯した白黒の車…………警察? なぜ? そしてなんだあの傘は。デフォルメされていない野生的な熊が描かれたセンスのない傘が大粒に打たれている。よく見たら車内にも、後部座席右側に等身大の木彫りの熊が座っている。あんなのどこで買ったんだ。万が一にも国庫からの排泄物なら、有り余ったその汚い金で制服を恵んでくれ。




「なんだその目は。傘をダサいと思っているのか、カッコ悪いと思っているのか。ま、今の君ほどではないさ。どうしたらそうなるんだ?


 それはそれとして、話を聞きたいんだがいいか?」




 そう言った男は、ドラマでしか見たことのない閉じた手帳を見せてくれた。やはり警察だ。だが、校内に黄色のテープは貼っていないところを見ると、事件が起きたとかそういうわけではなさそうだ。



 別に拒否する必要はないし、何があったのかも気になる。半ば好奇心に押されて、事情聴取に承諾した。承諾したのだが、アクシデントというものは芋蔓式に起きるものらしくて。




「あっカイちん! 今日はちょっと遅かったねえー。あーっ! ノッコの顔見て憂鬱そうな表情してるー! ひどくなぁい!?」




 断言しよう、最っっっ悪だ。戦い明けの一週間、最初に会うクラスメイトが一番苦手なこいつか。これほど不愉快な最初からクライマックスはない。



 “ウザ絡みの無自覚怪物(モンスター)”(二つ名の命名は当然黎守(くろかみ))こと星川(ほしかわ) 火狐(ひのこ)。妙に馴れ馴れしい女だ。『吸い込まれそうな綺麗な黒髪に茶色けのある瞳、頭は良くないけど馬鹿じゃない。身長は低い方だが胸は平均以上。大好物は餅、おしるこは人類の叡智の結晶。あと美少女! ここ大事!!』、これらは本人の台詞から引用させていただいた。本人の。そう、本人。正真正銘、自意識過剰も兼ね備えた馬鹿である。




「カイちん? あーそうか、君が問題児とやらの烏舞(からすま) 廻陸(かいろく)か」



「それがなにか。ってかニックネームだけでそこまで読んで納得すんのか? テキトーな仕事だ」



「警察っちゅーのは偏見的な疑いと勝手な判断とクソ老害のしょーもない勘で成り立ってたりすんだよな。ほら、俺こーゆーのなんだわ」




 渡された名刺には、『日本片神成対策特別庁鉄島(くろがねしま)本部最高責任者 赤坂(あかさか) 啓示(けいし)』と書かれていた。漢字だらけで読みにくいことこの上ない。しかも警察手帳と別で必要だとは思えない質素なもの。



 クロガネシマ、それはここの名称。産まれる前のことはよくわからんが、どうやら突然現れた島だったらしく、本土は大混乱だったらしい。太平洋方面、日本領海のギリギリ範囲内。国同士でいざこざがあるかと思われたが、一瞬で(・・・)日本の土地とされた。噂では「島が確認できた時には既に街があった」とか「その島が介入する国々を黙らせた」とかよくわからない面白話があったが、すべて著者記録のない一冊の文献内の話。どうでもいい都市伝説さ。



 日本なんたら対策特別庁は知らない。聞いたこともない、読み方もわからない。たいそうな名前にしては大したことやってなさそうな、そんな感じがする。そもそも存在が疑わしい。詐欺に遭っている気分だ。



 そしてなんだ、俺の名前を知った後の反応は。まるで探してた人を見つけたみたいな反応だ。俺を探す? いやまさか。




「君に聞きたいことがあったんだよ」



「……俺はあなたに話すことはないすね。警察なら、と思いはしたが、聞いたこともない組織を出されても信用ならない」



「噂では君、まんがチックなことをしているらしいね」




 小声で囁くのを聞いた途端、とにかくこの男から遠ざかりたい気持ちが沸点を急速に超えた。その一心で、名刺を破り投げる。うまくそれを捉えた星川(ほしかわ)は嬉々として食べていた。…………え? 食べたの? まあいいか。こいつの場合よくあることだ。



 謎の男、赤坂(あかさか)が彼女の肩を掴み、焦った顔で揺さぶっている。所詮彼も常識人の端くれ、イカレ女に耐性がない。その間に、逃げるように校舎へ走った。これで、今から最後の学校を吟味することになるかもしれない。




  ※  ※  ※




 湿ったい空気の廊下を駆け教室に入ると、既に先客がいる。時間的にも、驚くことではない。




「カラスクンどうしたその服」



「…………コケただけです」



「コケるくらいじゃ、と言うか普通に生活してたらそうはならんよ」




 瀬織津(せおりつ) 彼姫(かのめ)先生。赤茶色の髪を腰まで伸ばし、少しカールさせているのが特徴。長身で無駄のない細い体型だが、悪く言えば魅力のない肉付き。横から見れば壁そのものの身体と、神様(瀬織津姫)っぽい名前から、生徒からは『カベ様』とか呼ばれているとかいないとか。その性癖(みち)のクラスメイトが言うには、顔は二次元から出たのかってくらい理想の色っぽさらしい。その基準を教えてほしいが、まあわからんでもない。




「はあ、とりあえず着替えなさい」



「学校サボる手は」



「ない」



「警察が来てもですか?」



「そそ。それに警察なんて来るわけないじゃん? ここらでなにか事件でもあったけ?」




 どうやらさっきの男は把握されてないようだ。片、神、成、カタカミナリ、ヘンシンセイ、読み方がさっぱりわからん。あれは一体なんだったのだろうか。



 いや、それよりまず着替えよう…………ああ、着替えの用意なくねえか?




「サボるしかない」



「心の声漏れてんだけど?」



「ってことで保健室行ってきます」



「まったく! 授業始まる前には帰ってくるのよぉ!」




 そそくさと教室を出る。舌打ちが聞こえた気がしたが、瀬織津(せおりつ)先生はそんな人ではない。だが先生以外は誰もいなかったな。空耳だったか? とにかくこんなガバガバな対応に関しては感謝を示したい。




  ※  ※  ※




 さて、なぜ保健室なのか。俺が保健室登校だからってわけではない。ここに仲間がいるからだ。




「いらっしゃ~い♪」




 妙にテンションの高い声で歓迎される。声の主は大人っぽい女性だ。素材の軽いらしい白服をふわふわと(なび)かせ、無意味に指示棒をカチャカチャと振って伸縮させている。これまたその性癖(みち)の人が見れば勘違いしそうな雰囲気だ。



 こいつはまさかの、黎守(くろかみ)だ。見たことあるものに変身する能力《空振偶像(アイドリング)》により、保健室の先生を演じている。何を見てこれになったのか、自分の学校はどうしているのか、やはり何考えてるかわかりにくい奴だと感じてしまう。




「なにかあったのかにゃあ♪」



「いつもその対応なのか? やめたほうがいいぞ」



「そんなわけないじゃにゃいか〜♪ 生徒だけにゃ♡」



「……………………」



「すいません冗談です申し訳ありませんでしたほんとにごめんなさいだからそんな目で見るのは、あっ、いらっしゃ~い♪」




 さっきの謝罪を忘れたかのような変わり身。ここまできたらプロのそれだ、後で殴ってやろう。負の感情を察知したのかへこへこと何度も頭を下げる黎守(くろかみ)を無視して扉に目をやると、なぜか星川(ほしかわ)がいて、気持ち悪くニヤニヤしている。




「カイちんの趣味は年上のエロい保健室の先生、と。メモメモ」



「おい待て何だその誤解を招く発言は」




 勘違いが猛威を振るうている気がする。こいつはどうやら、ネットニュースをチラチラ見てるだけで知った気になってるタイプ。簡単に騙される単純な奴ってわけ。個人的には当然のように納得できる。その感想は、こいつのキャラクターに対する「馬鹿っぽい」って事実に基づいた偏見から成る。



 さっさと着替えさせてくれと強く念じると、別の方法で叶うこととなった。悪い意味で、願ってもない。



 そろそろかったるい朝の挨拶の時間を知らせる鐘の音が鳴ると言う時に、特有の気配が背骨を沿って流れた。人ではない、鋭く研ぎ澄まされた敵意だ。



 少しずつ近づいてくる…………俺を探しているような、そんな気がする。



「これはあ! このハジメテの感覚はぜったい魔法少女だ! ほんとにいるんだ! 行くぞカイちん!! うほおぉぉおっ!!」



 突然叫びを上げてどこかへ走り去る奇人が一人。これは非常にまずいかもしれない。冷静になればわかっていたかもしれないのに、俺は最悪の判断をしてしまっている。なぜ星川(ほしかわ)を、勝手な動きをする前に最短で遠ざけなかった。これは先輩に殺されるかもしれん…………俺の顔には死相が出てるかも。






 それらしい前兆もなく、背中側の壁が吹き飛んだ。それに巻き込まれたのか、背骨が逝った感覚がしちまった。



 冗談抜きでまずい。学校では本当に勘弁してくれ。



 反戦の意思とは逆に、傷が急速に治り埋まっていく。万全の状態で立ち向かう以外の手はない、か。この既存の言葉にはできない、ズズズッとなる独特の感覚には今更何も言うまい。



 壁だった空間の先から、静かな笑い声が聞こえる。



 ――待て、待てよ。なぜ星川(ほしかわ)が“魔法少女”を知っているんだ? あの警察を名乗る男が入れ知恵を? なぜ、なぜ、なぜ? 駄目だ。考えることが多すぎる。先の戦いで数度頭を潰されたせいで、微弱ながら未だに異常が残ってるのだが、それもあって冷静になりきれない。勝てる未来が見えない。ん、黎守(くろかみ)はどこ行った? 勝手に消えたぞ。




「あれぇ? 君、魔法少女じゃん! ごめーん近くにカカナの気配がいるから君かと思ったよ! だけどまたまたごめんねぇ? 怪しそうだし、ちょーっと食べさせてもらうよーん」




 薄桃色の長髪と金眼、完全な偏見だが悪戯好きそうな顔をしている。ありえないほど雰囲気の浮いてる純白のウェディングドレスを着ていた。外は大雨のはずだが、なぜか一切濡れていない。



 右手にグッと掴まれた鉄球は、粘り気のある液体が沸騰するのに似た音を出しながら形を変えて、右腕を覆う美麗な装甲になった。背中まで伸び、右方向にだけ小さな小さな翼を形成している。質量保存の法則を無視するな。




「ん、これ気になる? “裏切者”が遺したアイテムなのよー。詳しいことは知らないけどぉ? たしかイレギュラーだったのよね、人間が人間のまま魔法を得たとか。じゃ、そろそろいいかな? いただきまーす♡」




 色気と舌を出しながら、こちらに武装した手を伸ばす。なんか嫌な予感がした。個人的には、あの右手に触れられれば、あの武装が俺を飲み込む感じがする。そんなことないと思うが、やはり今の俺は思考回路がバグっている。



 そしてなぜ、俺のことを魔法少女と呼んだ? わからない。俺が何なんだ?



 それより、あれは触れられたらいけない。能力を隠しておきたいとか言ってる暇はない。やるしかない。一撃だ! 一撃で殺ってやれ、俺ッ!




「上手くいけよ……! 《赫の衝慟(カラーディプライブ)》!」




 全身を、特殊なエネルギーが纏う。そのオーラを通した風景は、色の付いた細かい線で描かれる世界に見えた。原画をそのままアニメにして動かしたような、そんな雰囲気。二人称以上の視点から俺を見れば、少しずつ最外殻の輪郭線が崩壊してるようにも見える、らしい。



 それをすべて拳に押し込み、停滞させる。腕を動かせば、肌で感じられる強大なエネルギーが、光の残像のように映る。



 人間にとって、聞いてもわからない魔法の理屈なんてものは必要ない。後は殴り飛ばす、それだけの簡単なことだ!




「『いただきまぁす』だ? なら俺の“魔法”でも喰らえッ!!」

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