2−1 “断罪”
過去を、走馬灯を見ていた。太陽が夜に傾いている、時間はどれくらい経ったのか。少しだが、状況の変化が起きているらしい。
怪我の再生は進んでいるのに、未だ完治していないのはなぜだ。鉄球女、こいつか、こいつの仕業か。知らない奴だ、おそらく純正ではない後付の魔法少女。そしてトゥルゥ、お前はなぜ寝ている? まだ役目があるのに。
あの繁る苗床は誰だ。烏舞、廻陸か。“ヴァルハタ”様――ハタの子がグラの能力であれとは、恥知らずの間抜けめ。
ヒュー・レゲノーツ、奴が睨む先にあいつがいる。優愉 響太。そいつが死体に話しかけたことから、変化が再開した。
「寝頃殿、借りさせていただきます」
「や〜、やーやーだにゃ〜あ」
「……生きて、いたのですか?」
「黙りなッ裏切りヤローが」
黎守が爪で、優愉の足首を裂いた。ここに来て仲間割れをしているようだが、裂かれた側は澄んだ表情を濁らせない。傷を気に留める様子もない。
「おや、いつから?」
「テメーの能力初耳した時からよね、嘘はわかりゃすいんですヨーだ。あと、否定、忘れてんぜ」
「いらないんですよ、別に。最低限の環境は整いました…………もう良いでしょうか? アーティ殿、スティット殿。良いなら始めましょう」
あの時の烏舞 廻陸のように手を挙げ、あの時のこいつらのように魔法少女が現れる。
知っている、知っているぞ。立体的過ぎるドレスを纏うのは強化能力のアーティと、痩せ細ってて殴りたくなる顔してるのは瞬間移動能力のスティット、揃ってティナドィナの信奉者。独断行動からの行方知れず共が今更、何を考えてここにいる? ここでもまだ、あの時の『後悔の種』が芽吹くと言うのか?
「ミスマシ殿も、そろそろ」
「ン゙あ? ようやッッとかァ? 待ちに待ち待ったからな、毒も抜け切ったぜェ〜……」
「頭も能力で鈍いのか? それとアーティ、予定より早いけど良いのか?」
「良いの。ティナドィナ様はまだ出せない、予定通りC.O_Dから捌鬼に、始めるよ」
半透明のジェル状の物質から変化した触手が、小さいながらもアーティの掌で蠢く。幼女体型が相対的にそう見えるよう錯覚させているのか、触手が出された時より膨れ上がっている気がする。気がするじゃない、膨れ上がっている。指くらいから、もうサッカーボール大のサイズまで。
「人の頭上で実験すんのやめてくんナパぽよッ!」
黎守を蹴り飛ばしながら、十頭身近くある気色悪いスティットがゆったり歩み始めた。時間を稼ぐように進むあの野郎より早く、ヒュー・レゲノーツが私の前に立つ。
「くっそ! やらかした! 希望失くした!! まさかアーティとか最悪だ!」
「……うるさい」
「よく聞いてライズ、君たちはアーティを見誤っている……強化能力? 馬鹿言わないでよ、あれは『魔法少女の力を貸し与える能力』なんだ! 断罪なんて言う前にまず殺すべきはあいつで、一部の人間はあの能力で魔法少女の力を得ている…………優愉 響と、あと廻陸がそうだ! でもまさか、廻陸のはハタ譲りか魔女回機で成ったかと思い込んでた、人生最大の読み違いだよ……! うあ〜……もぉおおおああっ!!!」
「うっるさいし速いし長い! ちょっと落ち着け!」
リアルタイムで事が進展している。把握ができなければそれはつまり敗けだ。確実ではない推測でも、相手の動きの前提となる判断材料があるとないとでは大違いなのだ。冷静さと聡明さを失った奴からリタイアしていく。私はもう、そうはならない。
信奉者どもの狙いはやはりティナドィナの復活だとして、なぜ今。何を目論んでいる。
話では、ティナドィナは代々引き継がれる能力のひとつに選ばれたはいいものの、その力に振り回された末に魔法少女としての能力を破棄することを選んだ、と聞く。少し前、去年頃か、なぜか人間界で烏舞 廻陸らと共に発見されたから回収しろとの命令だった。姫様は、ティナドィナに思うところがあったらしい。
そう、そうだ。能力を棄てて人間に成り下がった奴が、なぜ未だに能力を持っている。それが、ヒュー・レゲノーツの言う、アーティの能力なのか。
貸し与える……つまり所詮は一時的なもので、いずれ返される時が来る。目的を果たすには本来の力を取り戻させるための別用、手段が必要なわけだ。わかってきた、段々と頭が回ってきた。
捌鬼、そいつは片神成だ。魔法少女の能力に反応して生まれることがある、その根源の怪物。
大して脅威ではないが、稀に対処できないレベルのが発生し、時間をかけて培われたであろう特例は災古と分類される。古くにある呆けが神格化したらしく、それらしい類名もある。生誕の象徴・参鬼、存続の象徴・陸鬼、滅亡の象徴・玖鬼、実際に見たことはないが災古とされるのはこの三種。それに加え、意図的に製造を計画されたとされる黒歴史、捌鬼が入る。
捌鬼、私がその存在を教えられるよりも前に居場所を晦ませたこいつの幼生の名はコード、おそらくあの触手だ。変化前のジェルは片神成特有の“核”だったか。
コードは生物に寄生し、養分を溜め、成熟の時が来れば自ら這い出るらしい。中でも生物が乗っ取られたまま完成した場合を捌鬼として、対処は宿主ごと殺すしかない……前例がずっと昔に一度、記録されている。
繰り返すが片神成は、変換されなかった『能力の根源』の残り滓だ。それが多く出るのは能力を使った戦闘・行動時、コードの健やかな成長を望むなら特に大規模掃討『断罪の夜』最中が狙い目だとして、スティットの発言「予定より早い」はそれで説明がつく。
……だがティナドィナの復活と結び付かない。コードの拠としても復活とは違うし「ティナドィナ様はまだ出せない」と言うのに矛盾する。もっと考えればコードの拠は? なぜか都合良く停止し続けている烏舞 廻陸でも使うのか? そもそも復活って前提が違う?
それか、それか……もし、「予定より早い」が考えのない衝動的な計画変更への言葉であれば、思慮深く重ね重ねて組み立てた計画でなければ、ダブル盲信者と人間と酒呑で構成されたアンバランスなあのメンバーならば…………まさか、まさか!
「これはティナドィナ様を惑わせた能力への、同時にティナドィナ様を認めないヴァルリア派へのサバキ。この夜は人間に対する攻撃じゃない。馬鹿な魔法少女たちに対する…………断罪の、夜!」
「まだ夜じゃないんじゃないか? あと魔法少女はこっちもそうじゃないか?」
「大層な文言なんだから言わせとけ。なァ? ヒビキィ」
「どうでも良いですね」
そこまで頭を回していない…………!?
「聞くの忘れてたけど、ヒビキ、あれらは食べさせた?」
「既に摂り込ませました。ところでミスマシ殿、鉄球が縮んでおりますが」
「ぉ゙ァ゙あ゙? あ゙、あー……あァ、すまね、気もヌけてたみてェだ」
「ついに捌鬼ができるのか? 計画は大丈夫そうか?」
「知らない」
無駄に頭を回転させたことへ後悔してる間も、伸び、束ね、絡み、触手が見慣れた人型になっていく。分裂して、片方は身体より先に刀が形作られた。和装の、当国人ではなさ気な容姿。“弾丸”を組ませた髪飾りが、過去のトラウマを刺激する。
もう片方は輪郭から質感まで、まるで、な、なんで――――――




