2−−3 熱・世界・弾
魔法少女は『誰も認識していない一瞬間に』『“祈城”の裏で』『将来目覚める能力に対応した現象と同時に』『存命の魔法少女数が百で揃うように』、これらの条件に基づいて自然的に生まれる。赤子じゃなく、大体は人間で言うところの中学生前後の肉体で、最低限の言語知識もある脳で。
私の場合、黒にも近い重厚な銀が輝く、特別な三発の銃弾を左手に握って生まれた。モクバの場合、樹木一本を完全燃焼させ、積もった灰の中から生まれた。
前例がある現象を起こした者には、初めから備えられた名前とは別の“能名”を与えられる。前例の名を引き継ぐのだ。私にはなかったけど、モクバには『ハーレッヂ』が与えられた。
私たちは生まれたタイミングが近いからか、何かあってもなくても一緒にいる。
「ライズちゃんがいなかったらなんて考えられないよ」
モクバはよく噛む子だった。食事も、文言も、当たり前の時間も、解れ搾り枯れるまで咀嚼する。そこから排泄される感想は、小っ恥ずかしくて気持ち悪く、なのに悪い気にならない魔法の言葉だ。こう言葉にすると矛盾しているのに、その場では矛盾が共存する。
「最初の魔法少女は『火から生まれた』とされるらしいけどさ。そのせいか炎に関する能力が大半だったのに、今となってはそんなことないって意味わからんわ。継ぎ足しが過ぎて元要素が薄くなったってことかしら」
昼は子供の勉強机、夜はお姫様の寝床、それが祈城。『この世界』の中央ちょっと北辺りに位置する。
「能力に名付けてはいけないのは、力を扱えなくなるからさ。まだ発現してない君らには関係ないけど」
いつも知識を与えてくれるのはドェルタンさん。細身な身体にアンバランスな豊胸の違和感が最たる特徴。奇形。
「ここ“マニリュト”と別にある人間の世界、そこには魔法少女の力を得る者が生まれることがあるのよ。その分みんなみたいな、純粋な魔法少女が生まれる席数を潰される……それによる衰退を避けるために、人間を間引く。昔から『断罪の夜』と称されて続いてるってわけだけど、あなたたちもやることになるんだろうね。私の順番が回ってくるのももう数年後なのかしら。めんでー」
根本の「なぜ」を教えてくれない教育でも、それ以外の事実がある可能性を知らない未成年のガキには充分だった。でも試してやりたくなるのが、理性の下の卑劣な本能。抑えられないそれは、必ず後悔の種となる。
「ドェルタンさん、聞きたいことがあるのですが……」
「モクバクンは真面目が過ぎるからさ、ライズクンと遊んでおきな? 気の儘にいれる間は。楽しいこと消化できてからまた聞きに来なよ」
ドェルタンさんはそれらしい訳を並べてすぐ帰る。話は後日聞いてくれるが、その日の内に受け付けてくれることは滅多にない。代わりに、私たちへ強力な、ある免罪符をくれる。
それは、人間の世界へ出ることに対する罪への免罪符。お姫様の指示なしで出ることは許されないが、ドェルタンさんに頼み込めば秘密裏に連れて行ってくれるのだ。短い時間ではあるが、毎度確実な新体験を得られる。
「この道で……だいじょぶか。一時間だけだぞ? 終わったら私の下にすぐ帰ってくるんだよぉー?」
行き方は目隠しされて見えることがない。しかし、ほぼ例外なく騒音と味噌汁の良い香りがする。視界が開放された時には、中で水が流れる白い椅子? のある個室にいるのもまた共通。
ここは学校。日中の祈城と同じような、教育の役割を果たす場、そこのトイレと呼ばれる部屋。不便なことに、というか不便って言葉とはむしろ逆だと言うが、人間はこの空間が定期的に必要となる。吸収しきれないエネルギーのカスと微細生物の死骸を出す、魔法少女にはない奇天烈な生態だ。
そこから出て大人たちの部屋を挟んで、生徒がいる教室に行く。いつも通り、ヒノコが中心となって歓迎してくれた。身体を人間用に変化させたドェルタンさんも、それを引っ張ってくれる。
「よく来たねえ〜お米ちゃんたち。よく連れて来るねえ〜カベ様」
「カッ……っ! ね〜え〜もうその呼び方で定着させようとするのやめてくれなぁ〜い?」
「まーそんなパリポリしなさんな、給食の余り食べる?」
「漬物でも食ってんの? 私じゃなくこの二人にやりな」
ライズからライスになってお米ちゃん、この渾名付けのセンスは「保健室の先生譲り」らしい。モクバは毒素ちゃんと付けられた。真面目は毒、と言っていた。わからなくもない。
「しっかし今日もタイミング悪くカイちんは休み、このままだとほんとに一度も会わないかも? じゃ、てことで賭けよーぜっへぇい! 学校にテロリスト来るのが先か、二人がカイちんに会うのが先か! ノッコは後者にポッキー片袋を」
「賭博は駄目だバカ」
「極細のやつだぞ」
「聞けや話を」
「僕は参加しあす」
「良いねぇミナモン! カイちん以外の有象無象にも光があるとは!」
「いつも首突っ込むなぁ水面空クン!! モノ好きめ!」
カイチンについては知らないから特に言うことはない。「主食」と「大おかず」があるのならば、人間ひとり足らずとも不足ない。最低でも十五年生きたはずの高校生にしては幼稚な語感の食事だが、高校における給食が一般的ではないことを示しているのか、それとも人間そのものが幼稚なだけか。当時の同じく幼稚な私では答えまでに及ばず、単なる疑問だけに留まった。
「げっひぃへへへ……賭けに弱いノッコにも勝利の処女膜から透ける光が見えてきたぜ〜!」
「うぅ〜わっキモ……こいつなら死んでもいいかって思える生徒なんて初めて見た…………モクバクンもライズクンもこんな奴みたいになるなよ? ……そう考えたらカラスクンもカウンセ連れてくべきね」
「ノッコが汚染物質だとでも言うのかね」
「そう言ってんよ汚染物質」
「漢字が怪しい……つーか特別にしてくれるのは嬉しいけど呼び捨ては求めてないんだよなあ! 先生のクセに!!」
※ ※ ※
あの関係も面白いとは思うが、それ以上の面白い新発見を探しに校舎を出る。一時間の内三割は校内で消費し、残りはそう長くない。所為か御蔭か、毎回がそれなので散策はし切れず、この世界には未知が多く残されている。
少し歩いて、遊具も味気もない噴水だけの公園に暇そうな集団を見つけた。金属をぶつけ合ったり張った革や糸を叩き弾いたり、多彩な電子音を流す鍵盤を弾いたりでリズムを刻む野郎の集。烏の合以上に揃った手捌きで、音の調和を統制する。
所詮は小綺麗な音を重ねただけの文化、それを音楽と呼んでいるものだと思っていたが、実際は全く違った。誰かが無様に逸脱することもなく、心地良く鼓膜に吸い付く揺れの秩序。更に中央の男が声を浮かべ、音だけのBGMを生命感ある歌へ変える。角を削ぎ落とし鑢って呑み込み易くなったような声は、程々に高く、別の男の重低声をバックに強く永く栄える。
音、曲、歌。この世界では溢れ返るほど聞こえるそれらも、ひとつ意識して聴けば、今まで見て取れなかった価値が見える。音楽ばかりを好んで雑に汚く口ずさむ奇妙な魔法少女がいたが、こうして耳を傾けたことで彼女の気持ちも理解できた。
「ライズ……やっぱりすごいね、人間の出す波は。辛いわけでもないのに、なんだか涙が出てくるよ」
モクバは歌詞まで噛み締めるタイプで、帰ったらその意味に再度涙するのだろう。正直、羨ましい。私にはない力だ。
「モクバクン……! ライズクン!!」
「ふぇいっ!?」
間抜けた声を出すモクバに少し遅れ、自我が戻る。聴いているようで、むしろ私たちの方が音に吸われていた。
「帰るぞ」
喜んでいるのか悲しんでいるのかわからないドェルタンさんの珍妙な歪んだ顔は、今でも鮮明に想い出せる。この先に起こることたちも、全て。




