1−11−後 被害者A³
ピンポンがなった。たのんでたにもつが来るってばあちゃんが言ってたし、それかな。だとしたら出ないと。
くつばこの上のハンコをとって、ドアをあけた。おんなの人が、紙ぶくろをもってる。はいたつの人じゃないっぽい。
「廻陸……!」
むかし聞いたことのあるこえ。
「おかあ……さん…………?」
「廻陸、今すぐ来るのよ」
「どうしたの? なんでそんなにいそいでるの? おとうさんは?」
「あまり質問を畳みかけないで……それどころじゃない、時間がないの。ほら」
なにもわからないまま、手をひかれた。ねむ気にまけたころ、きれいなびょういんみたいなところでとまった。
※ ※ ※
「ばあちゃん、ばあちゃん。あのんちゃんきょうもおやすみだったよ」
「國代…………亜音ちゃんは、事故で亡くなったの、ロク」
「なくなった……?」
にんげんはなくなるものなんだ。だとしたら、どこにいったんだろう?
さがせば、みつけられるんだからね。
※ ※ ※
どうろのしろいぼうがまがってる。おもいものがのってたのかな。
「あれはね、てんしさまがすわってるんだよ」
「てんしさま?」
「そう、てんしさま。あのでんちゅーをこわしたひとにおこってるよ」
だけど、だれもいないし、でんちゅうはぜんぜんきずついてない。
※ ※ ※
「カイロク、なんだか口に馴染まないね……カイロク、カイロク、ロク……ロク、そうロク、これがいい。
ロクや、お家へ帰ろう。ばあちゃんと一緒に」
「おかあさんは? おとうさんは? いないの?」
「そう、いないの。だからばあちゃんと暮らすのよ。お母さんのお母さんと」
※ ※ ※
「陽陰! 何をやってるんだお前は!!」
おとおさんが、こえお、だしてます。いっぱいおおきく。
「ハタくん、今だけは許してほしいの。これは私達、みんなのためなのよ」
おかあさんも、こえおだしてます。めせんわ、ずらしています。
「これ……? これだと? 廻陸は人間だぞ、俺達の息子だぞ!? ふざけるくらいならその口を閉じろ! 縫ってでも癒着させてでも喋るな!」
「違うわ、ハタくん。私は廻陸を大事に思ってる」
「なら今すぐ計画を中止しろ! この計画は廻陸を殺すものだ! そもそもお前の思う器までにすら成長していないんだぞ、泥の皿に妄想を盛り付けるな! 影響を考えろ……!」
「逆よ、逆。生かすものなの。レゲノーツのように」
「お前はヒューを知らない、だからそんな馬鹿を吐ける。未来から、生物から、世界から……! 全てから廻陸を引き剥がすのが! それが! 一体誰のためになる!?」
「ハタくん……」
おとおさん、おかあさん、だめだよ、けんかしちゃ。
「クソ……こんなことになるならもう少し先を見ておくべきだった。そうしたら、愛着が湧く前にお前を殺せてたかもしれないのにな、陽陰」
「そんなことされたら廻陸の存在が消えちゃうじゃないの」
「陽陰は何が目的で……いや、烏舞――八能の人間は何を考えてやがる?」
「…………」
※ ※ ※
「ママの望むこと……叶えてくれるかしら? 廻陸。廻り続けて、陸の上を、レゲノーツみたいにね。彼は凄いのよ? 魔法少女の始まりと言っても過言じゃないわ。
土の中に埋まっちゃ駄目よ? そんなことは、あなたに終わりは許さないわ。生きるの、もっとずっと生きるの。そして魔法少女をやり直すの。
ハタくんは、わかってくれるかしら? わかってくれたらいいな……ねぇ、廻陸はどう? わかってくれる? 応えてね、ママに」
※ ◇ ※
雰囲気が変わった。想い出旅行から現実に、頭を打ち付けられたような。強制的に記憶を呼び起こされたせいで、脳が揺れたような。後者は苦しみに見合う結果が付いて回るからまだ良いけど。
頭痛の次に流れ込む情報は、口内に住まう繊維と甘酸っぱさが抱き合った異物の味。正体は紙。指が唇に触れた瞬間、嫌な想像をしてしまった。まあ事実ってのは良くも悪くも考えた通りに行ったりしてくれないものだ、そうしておこう。
情報の供給網を拡げようか。まず、家や店どころか立体物のひとつも建っていない。地平線が見える、いや地平線じゃない。地に平行だから地平線ではあるんだが、そうじゃない、言いたいのはそうじゃあない。
地平線が全く平らに見えない、ただの円弧。地球平面説論者が恥辱を塗り潰すために首を吊る程度の曲線を描いている。地球のサイズを考えたら明らかに曲がり過ぎで、まさに異星百景のひとつを切り取ったって感じ。
地面もだ、地面もおかしい。蹴れば大量に舞い上がる超極小の砂粒が表面を覆ってて、その下は凝り固まった泥っぽい色の物質で構成されている。サラサラの砂を纏わせた泥団子の星にでもワープさせられたのか? そうじゃなくても狂ってる。
「起きたか。少し早いな」
元からずっといたかのように、三十前後の歳はありそうな男が出てきた。初対面、のはずだが、知り合いの家族をそうと知らない状態で見かけた時に近い違和感がある。
「あと六秒……最後だろうし、これくらい過ごさずに過ごすか」
地平線から、四人近付いて、来る。それなりに歳を重ねた女と…………ヒュー……星川……亜音、に似てる。幻? 違う。現実だと? それはありえない、違うべきだ、絶対に違うべきなんだ。知り合いが危ない橋を渡る姿は、夢に魘されている間だけでいい。そうでなければ。
「えー名前は、別にいいな。名前の認知は互いに大事なことではない。俺は『お前の力を使わせてもらう』って事実を、教えるだけだ。お前に向かって話すのは、それだけなんだよ」
話が一切見えない。状況が合切わからない。また俺だけ置いて、時間が流れたってのか? ヒューは何をした? どうなった? どうなっている? どうしたんだ? どこから間違った? どこまで正しかった? なんで…………?
「過去を掻き消す最高の終わりを手にする……時を待ち伏せる力は、今この時のための力だった。あの女が、アーティが遺した力は、今この時のための力だった!
この瞬間をどれほど待ったか……! 前戯はようやく終わったぞ! 見ておけ御火様……お前のせいで世界が終わる今この時をッ!!」
男の右腕がオーラを纏って、それを通した光景は全部アナログとか下描き線画のあれに近い白黒の崩れ方をしているように見える。まるで俺の《赫の衝慟》だ。まただ。またおかしい。「まるで」じゃない、事実そうなんだ。
誰か教えてくれ、どうもできない俺はどうしたらいい。まさか、ここで何もわからないまま放置されて、野垂れ死んで、終わるのか。
死なない、死んでやるものか。無視されてたまるか。どうして俺が被害者面して、不安定な動悸と、吸って吐けない過呼吸に苦しむ必要がある。よくわからんが、俺こそがこいつを背中から刺し殺してやる。この手で、怨み節全部をお前の命に宛てて。
クソ、クソが。俺の全てを擲ってでも殺さなくてはこいつだけは、こいつは生かしちゃ駄目だ、駄目なんだ絶対に。頭がおかしくなってる内に心中を演じてやる、大義の下の犠牲になってやる。冷静さを待つな、狂ってないと萎縮してしまう今すぐだ。まだだ。油断を待て。能力が奪われて出せなくとも殺せる機会があるはずなんだ。
殺せ、殺せ殺せ。みんなが生きてる間に殺せ。
仇討ちだと手遅れだ。これ以上の遅れは何事だろうが許されない、許さない。
名前も知らないお前が終わる為に死んでやる。だから死ね。
薄い俺の過去、どうか勇気を頂戴。
序章・義題【主人公の鍵】完。
次章へ続く




