1−1 しがない魔法
今、死の淵にいる。いや、死にはしないが、気分的にそうなのだ。
火の玉、光の玉、何なのかはわからないが弾幕というやつ。半径拳ふたつ分くらいの大きさ。それが俺に向かって、言葉通り無数に放たれている。まるで鬼畜系弾幕シューティングゲームを主人公目線でプレイしているかのような光景。絶望と同時に美しさすら感じる。
それでもゲームと違うところは、しっかり殺しに来ていること。熱を発して、ぼやぁっと光り輝くそれには圧巻だが、触れた瞬間にどうなるかは答えが決まっているのよ。
実際、いくつか受けてしまった部分の服は綺麗な円状に焼いて穴を開けてしまっている。高校の制服で来るんじゃなかったよ明日の登校どーしてくれるんだこれ。理不尽に虐げられる側としては、怒りが収まらない。
服だけ焼けて、傷はどうした? と言われれば、治ったとしか説明できない。つまりそういうことだ。治るんだよ。俺は、物理的な攻撃を受けて死ぬことはなかなかない。そういう身体なのである。そこに、理解できる現実的な理屈は存在しない。「魔法」に理屈を通そうとするのは浪漫ない馬鹿の特権だ。
「うらあああああああああああああああああああっ!!」
少し遠くから響く大声は、銅鑼を本気で打ち鳴らしたとしても押し負けないだろう。空気の揺らし方が地震のそれと大差ない。同時に、数え切れない弾幕がまた俺を殺しにかかる。
「マジふざけんなよ呆けのキチガイが……!」
愚痴は言うが、意外にも大半を躱せる。自分で言うのもあれだが、相手が鈍いわけではなくて俺が早いだけ。
それでも数発の被弾は避けられない。人間には限界があるんだ。まあ今の俺を人間の類に入れてくれるかは不安だが、とにかくその限界と熱源にぶつかるのは仕方ないんだ。
うっすら見えるくらいの遠くから超速度で身体を荒らしに来る弾幕の動きになら慣れた。眼前に現れようが、それ自体に恐怖はない。
ただ、超人的な、いや、超人とかのレベルではない俺でも、痛覚ってものはある。そう、被弾ってのは痛い。だから極力当たりたくない。漫画のキャラクターみたいに異常な“覚悟”を持ってるわけでもなけりゃあ、腕を吹き飛ばされても第二の手を打つ精神力だってない。爪が剥がれるだけでも耐えられないんだよ、普通。
ただ結局は避けきれないわけだから。残念なことにな。
ひとつ、左肩に被弾する。その部分の服は焼け、肉は熱と爆発力で吹っ飛ぶ。やっぱり熱い、痛い。いや痛いなんて話ではない。痛覚の神経が焼き切れることで本来痛みはないはずなのだが、その代わりに、脳の情報処理がなんたらかんたらでの思い込みによる不要な激痛が迸る。脳の誤情報によってもたらされる不愉快さは、当の本人でしか知り得ないものだろう。もしできることなら、誰かに共有してやるか押し付けてやりたい。
こんなもの、常人には理解できないシチュエーションで起きる、想像し得ないこんな痛み、どうだ。視界の果てから来る高熱の弾が身体を焼き、抉り、吹き飛ばす感覚というのは他人には絶ッッ対にわからないわけだ。その痛みを知った時には脳が壊れるか死ぬ。
そういえばさっき「痛覚の神経が焼き切れることで痛みはないはず」と言ったな、半分間違いだった。たしかにそれは事実なのだが、少し前に言った通り“治る”のだ。肉体の内側から損壊を修正され、十秒あれば吹っ飛んだ頭も元通りになる。おかげさまでこれくらいの傷なら一瞬で治る――――つまり結局、切れた痛覚も治るからどうしても痛い。傷が治っても痛みが引くってわけではないし。
さっきから危なっかしい弾と大声を飛ばす弾幕の主は、一昔前のアイドルのようでありながら魅力の色褪せないフリフリの衣装を荒ぶらせ、こっちに向かって走っている。
あの速度、数百メートルの距離なら着くのに一秒も必要としない。本気を出されたら新幹線も涙目になる俊足。
非常識な高速で飛んでくる拳になすすべなく、顔面が陥没するほどの一撃を受けた。その瞬間、時が飛んだかのように記憶が抜け落ちたが、脳をやられた影響だろう。捉えられなかった記憶の補填はどうもできんのがむず痒い。
数秒ぶりの視覚が魅せたのは、生理的嫌悪感の塊に相対したような表情で立つ童顔の少女だ。ロリコンなら感極まるくらいには通用する顔立ちだが……俺の胴体を跨いで、目が会ったら慣れてないドヤ顔しやがった…………その憎い顔は覚えたぞ、いつか蹴り飛ばしてやる。
「ってか、どーやったら死ぬのこれ…………まさか不死身? んなわけ」
「知ぃらね」
反応してあげたというのに、表情を歪める弾幕の主。あーイラつく、ここまで殴りたい顔をする女は初めてだ。
それにしても、返事できたのは良い。すごく良い。以前は脳だけは回復しても一定時間の麻痺があったのだが、同じ状態で今口を利けたのは素晴らしい進化を感じる。進化しているが、だが何度も言うように、やはり限界というものがあるわけで。同じメニューをあと三桁回受けたら多分気力尽き果てて死ぬ。その程度が俺だ。不死なんて都合の良い魔法はないんだよ、メスガキ。
いやまあ…………うん。“魔法少女”に説いても無駄だな。はっはっは! はぁー。
魔法少女、そいつは厄介な存在だ。人間離れした超人的身体能力と、魔法といって差し支えない固有能力をなにかひとつ、漏れなく持つ。女性の面した、ただの化物だ。
そして俺たち【のまほ狂信者共】が殺すべき敵でもある。と言うか、向こうが理由も言わず聞かずで攻めてくるから反撃し続けている。いつか、納得できる答えは提示されるのか。ん、名前がダサい? ああ、俺もそう思う。考えた阿呆に言ってくれ。
低めのブロック塀を隔てた反対側では、“先輩”が別の魔法少女と戯れている。
先輩。名前は知らないが、本人も覚えてないというので仕方ない。というのも先輩は記憶喪失紛いの状態であり、断片的に記憶があったりなかったりするらしい。謎の突然変異が起きた時の、悪い副作用だろうか? ああ、俺だって元からこんな怪物じみた身体してねえからな。
彼は皆が思う理想の二十歳、そんな感じの印象。一部の髪をひっそり赤く染めて、それでいて破綻せず顔立ちも程良くイケメン、スーツを運動用に魔改造したような謎の奇怪な服装を含んでもビシッと決まっている。ただ「皆が思う」と言うと少し違うのは、左の黒目が白というところだろうか。例えるなら白眼的な白だ、わかる人にはわかるはず。目は見えてるらしいが……漫画の失明表現に近い雰囲気だからか、時々気にしてしまう。
その先輩が相手にしてるのは、純粋な真っ白のスーツ姿の魔法少女だ。左は黒の手袋を着けているが、右手は赤い手袋を――――いや、あれは違う。周りの景色が熱で揺らめいている。あれは手を高熱化させているのか。灼けた金属みたいに赤い。あんなのに触られたら火傷どころではなく、骨の髄までしっかり火が通りそうだ。どちらかと言えば溶けちまうのか? まあどうでもいいや。
近距離での殴り合いになっている。先輩は怯まずに近づき、確実に一撃一撃を入れていて、それでも相手に効いている様子はない。だが、相手はそもそも殴ることすらできていない。すべてが空振りかいなされているかだ。実力の差というやつだろう。これじゃ殴り合いと言うには一方的すぎる。向こうに非がなければ、応援していたろう。
視線を上、俺の胴体の向きで考えると正面に向ける。と、気に食わなさそうな弾幕魔法少女と目が合った。さっさと離れろよこいつ、鬱陶しい。
俺の思考を読み取ったのか、のろのろと離れる。そしてさっきまでなかった兵器がその背中越しに見えた。縦三メートル横一メートルは余裕である巨大な弾薬箱と、それに繋がる大砲のような鉄塊の筒…………どこぞの機動戦士が扱う兵器にしか見えない。
んー、いやいやいやいやいや。あれはまずいだろ。こんなもの受けたら一帯が消し飛ぶし、至近距離の俺は細胞未満レベルで粉砕だな。さて、周りには何がある?
ここはボロっちい陳列棚ががらんどうな駄菓子屋の前だ。ここらは前の戦いのせいで元からほぼ更地だが、数キロ行けば一般の家々があるエリア。――――よし、この一軒は死守するかあ。味気ないが、この廃屋が拠点なもんで。
仲間への合図はひとつ、手を挙げること。たとえ魔法少女がどれほど警戒して周りを見渡そうが、関係ない。この腕は目印ではなく、発動条件。
「……なんの真似? 今更どう足掻こうと私の弾からは逃れられないけど?」
「いや、逃れるも何も俺は動かねえよ」
「ええ、動くのは我々です」
また脳が死んだのか、記憶が一瞬途切れる。無音で現れる存在に驚いたのか、としてもノーモーション殺戮は流石に酷いと思う。
無意識に身体を起こし、短いタイムラグを過ぎて復活した視界に映った光景は、わざとらしいポーズで腹部を殴る猫コスロリと、腹部を殴られ嗚咽する魔法少女。周辺が無事ってことは、兵器を正しく使わずに鈍器として、俺はそれで頭を潰されたってことか?
横に視線をやると、小太りの青年がキャンプ用の折り畳み椅子に座っている。小さくて、安定感に欠けるあれだ。
猫ロリの方は黎守 寝頃。【のまほ狂信者共】の名前だったり俺たちの“能力”の名前を考えた自由系アホの申し子だ。足の速さだけは俺たちの中で一番、五百メートル以内なら瞬間移動の如く動ける。露出が少ない黒猫のコスプレが私服の、どこかイカれた中学一年生。だが生徒として学校に行ってる様子はない。服装も思考も色々変だが、友達にこーゆーのいると面白い人生になりそうだなと思える気がする、そんな奴。気がするだけよ。
青年の方は優愉 響太さん。小太り、メガネ、プリティかつキュアっキュア的イラストの印刷された服などから、周囲からは「キモヲタ」と嘲笑われているらしい。上からジャケットを着ているから大々的に見せているわけではないのに、いちいち詮索して笑うほうが気持ち悪いと時々感じる。俺のひとつ上である高校二年生だが、テストは常に上位に食い込み、体育以外の成績は最高、ちゃんと常識もある好人格者だと聞く。学校自体は違うから、この情報はどこからか流れてきた噂のひとつに過ぎない。
「大丈夫ですか、廻陸殿」
「大丈夫ですよ、優愉さん」
「むぅ〜、あの魔法少女強いにゃ〜…………うぉぅっ!?」
黎守に向けられた弾幕群がこっちに飛んでくる。そりゃあもう馬鹿みたいに。巻き込まれる側を考えて行動してもらいたい。
だが、誰も被弾することはなかった。優愉さんの“能力”、《運命☓☓》によって。命名は勿論、黎守である…………。
「嘘……軽く千発は撃ったのに…………」
「貴女様は“能力”がこちらにもあることを存じないのでしょうか。我々の能力は《運命☓☓》。
手に持っているこの本がわかりますか? 開いたページに書かれた言葉に対応し、全五種の効果が発現するのです。効果はそれぞれ…………まあ、そこまで言う必要はないでしょう。開くまで中身がわからないので効果は完全ランダムだったり制限があったり使い勝手は悪いですが。ちなみに今発動したのは《後舞》、前後の後に舞踊の舞です。内容は想像にお任せします」
「隙ありぃ!」
必要以上に喋ってしまうのは優愉さんの癖だが、相手が敵の話をしっかり聞く馬鹿で良かった。隙を見て黎守の蹴りが直撃するが、まあこれでは倒せない。そろそろ疲れが見えてきても良い頃だと思うんだが、まだ長くなりそうだ。
魔法少女の方から、悪寒に震えてしまう勢いの圧が届く。注意してよく見ると、何やらヤバそうな砲口がこっちを向いている。ああ、あれだ。レールガン。スタイリッシュなアニメみたいなのじゃなく、実在兵器の無骨なアレ。磁力で鉄屑を飛ばす、長くてデカい兵器。半端じゃない電力が必要になるとかあるはずなんだが……魔法で補えるのか。どーすりゃいいんだ、あの火力お化けは。
「行――ッけえええええええ!!」
咆哮やら熱やらプラズマやら轟音とともに発射されるそれは今までの弾幕以上に早い。魔法の科学技術に感心する暇もなく、大気を巻きながらそれは着弾した。
だが、着いた先は先輩の掌の上だ。物理的に、な。
拳銃とかの弾より小さな鉄屑が、勢いを使い切って力なく、重力に則って地面に落ちる。距離があるここからでもわかる、あの魔法少女は軽く放心してるな。俺が止めようとしたならば筋骨残らず粒々だぜ、先輩の桁違いなステータスが成せる力技には血の気が引く。
「なんだお前ら、まだ終わってなかったってのか」
「先輩殿、そちらは?」
「奴は寝た。所詮出オチだな」
先輩の「それ」は、例の白服が片付いたってことだ。先輩の能力《寓意檻》は対象を眠らせ夢の中に閉じ込める能力らしい。実際にその瞬間を見たことはないが、そんな感じだと言っていた。本人曰く「眠らせるっていうか、消失させるって方が感覚的には近い。正確には『今で止まり続ける仕組み』」とのこと。さっぱりわからん。
さて、あの魔法少女は――――――
「…………モクバを……私の仲間をどこにやった?」
「あの熱娘は白昼夢に負けて消えた。お別れの挨拶くらいはしたかったか?」
「お前……っ!!」
「弾娘もおやすみするか。怖いなら別の仲間にモーニングコールでも頼めばいい、その耳に繋がることはないだろうが…………」
「…………最悪ね、あんた」
そう言い残し、魔法少女はどこかへ消えようとする。ようやく撤退か。が、それを一瞬止めるのは優愉さんだ。
文字が書かれただけの紙の札を二枚、とんでもない正確さで魔法少女に向けて投げ飛ばす。綺麗に直線を描き、魔法少女の衣装に引っかかった。首でも飛ばせそうだったが、魔法の服なのか傷ひとつない。いいな魔法少女は。俺の制服はボロボロだ。
「なにこれ……呪いの札?」
「さあ、知りません。貴女を助ける護神の札か、貶める呪札か、性質上我々は把握できませんので。ただ、取るも燃やすも貴女次第です。他は知りませんが、少なくとも我々は魔法少女と戦う必要なんてないと思っています」
「我々、ねえ。その複数形気持ち悪いわ」
札を一枚、魔法少女は弾幕を使って焼き払う。もう一枚を右手で強く握って、持ったまま魔法少女は消えた。ワープでもしたのか。理屈はわからんが、これまた便利な能力だこと。
優愉さんが燃えカスを拾う。そこには《予》と書いていた。何だったっけ、あるタイミングで未来を見るとかのはず。勿体なさそう、上手くいかなかった時のような表情で叩くと、ボロボロのそれは粉微塵となり散った。
この人の行動は、よくわからない。
だが、無駄になる行動はしない気がする。独自の考えがあるんだろう。優愉さんは、時々まるで未来を見て動いているような…………とにかく意味のないことはしない人だ。うん。
「にゃあ、こらやばい」
「は?」
唐突に気まずそうな声を上げる黎守の顎差しを追った先には、駄菓子屋がある。はずだったが。
そこにあるのは、木屑の山だ。
「ああ………………最悪、というやつですかね。哀愁すら見えます」
無意識に落胆の溜め息が出た。しかしまあうまく行かないもんだ。弾幕で服が酷く焼けるわ活躍できないわ、先輩が受け止めた際の余波かなんかで拠点は壊れるわ。完全な八つ当たりだと理解している、してはいるのだが…………魔法少女、許さん。許してはならない。
今夜は……ふて寝だ。残る考え事は、明日へ繰り越そうじゃないか。