005 結婚!
「ふ、ふひっ、うひいいぃぃいぃいっ!!」
バタンッ、と扉が開いて、顔を真っ赤にした私は飛び出した。
や、やっと逃げれた……。
これ以上はまずいよ、あんな場所にいたらもう、戻れなくなっちゃうから!
「なぜ逃げるんですか、リリー様!」
「そうだぞリリー様、まだ何もしてないじゃないか」
「これでもまだ何もしてないつもりなんですか!? 沸騰します! 蒸発して消えちゃいます! なので私は逃げますからっ! 全力で逃げますからーっ!」
廊下に出た私は、宿のフロントに向かって全力疾走した。
すると、ちょうどこちらに向かっていたフィニシアさんと激突する。
「きゃあっ!」
「あだぁっ! むぐっ」
私たちは絡み合って倒れ――唇に、何か柔らかいものが当たった。
「むぐ? ふぐっ、むふっ……むふううぅぅぅぅぅんっ!」
く、く、くちっ、唇だぁあぁぁーっ!
私は慌てて起き上がると、フィニシアさんに全力で頭を下げた。
「ご、ごめんなさいフィニシアさん! 私、大変なことをっ!」
彼女はほんのり頬を赤く染めると、人差し指で唇をなぞって、こういった。
「あなた、情熱的なのね。だったら私も姫様や団長の戯れに参加してもいい――」
「うわーっ! あーっ! 聞こえません聞こえませんごめんなさい私は帰りますぅーっ!」
妖艶な表情を見せるフィニシアさんを前に、寒気を感じた私は、さらに加速して宿を出た。
でも、相手は一国のお姫様。
その気になれば、街の兵士に命じて私を探すこともできるはず。
一体、どこに逃げたら……?
夜風が冷たく私の肌を撫でる。
冷や汗をかいているせいか、さらに寒く感じられた。
すると、見知った顔が通り掛かる。
「あら、リリーじゃない」
「ミーナさん! ちょうどよかった!」
ギルドの受付嬢、ミーナさん。
彼女なら、隠れられる場所を知ってるかも!
「実は色々あって、私、追われてまして!」
「大変ねぇ」
「兵士とかに見つかりにくい、隠れられる場所とか知りませんか!?」
「あー……それならぁ♥」
ミーナさんは、妖しく笑った。
ゾクッ――なぜか私の背筋に寒気が走る。
まるで、フィニシアさんに見られたときと同じような。
いやいや、そんなことないよっ! ミーナさんは優しい人なんだから、そんな悪いこと考えてないもんっ!
「こっちに来て、リリーちゃん♥」
「ありがとうございます!」
ミーナさんは私の手を取ると、追っ手を気にしながら走りだした。
昔からこの街に住んでるだけあって、道にはかなり詳しいみたいで、知らない路地を通りながら私をどこかに導いてくれる。
そしてたどり着いたのは、街の隅にあるアパートメントの一室の前だった。
「ここは……?」
「私の部屋よ。下手な宿よりずっと安全だわ」
「なるほど、確かにミーナさんの部屋なら! でも、私が泊まって狭くありませんか?」
「問題ないわよ。ベッドだって、二人で使えばいいんだから」
「一緒に寝るってことですか……?」
「そうよ、嫌?」
「嫌ではありません! ミーナさん、すっごく優しいですから。で、でも……恥ずかしいなって。えへへ……」
「……(ぷつん)」
友達の家に泊まることはあっても、一緒に寝ることはさすがになかったしなあ。
でもミーナさんだし、お姫様たちに何かされたりしないだろうし、安心して――
「リリーちゃんっ♥」
「んひっ!?」
すると急に、ミーナさんは私を抱きしめて、耳元でねっとりとした声で囁いた。
思わず変な声が出てしまう。
「はぁ、はぁ……リリーちゃぁん♥ 私、もう我慢できないわぁ♥」
「ミーナさん? な、なにを……?」
「わからないのぉ? 私、ずぅーっとリリーちゃんのこと、狙ってたのよぉ? いつ自分のものにしようかって♥」
「へっ? そ、そんなっ、何でみんな、私みたいなちんちんくりんのへちゃむくれのことをっ!?」
「自覚、ないのね。はっきり言ってリリーちゃん、ずば抜けて誰よりもかわいいわよ」
そんな訳あるかぁーっ!
こんなっ、どこにでもいそうなちっちゃい田舎娘がかわいいだなんて!
言われたらそりゃ嬉しいけど!
嬉しいけど素直に喜べない!
「さあ入りましょう、私とリリーちゃんの愛の園へ! ゴートゥーヘブンよぉ!」
「ひいぃぃぃっ! 待ってくださいっ、そういうのはっ、私も心の準備というやつがぁ!」
「心の準備ができたらいいってことは、リリーちゃんも私のことが好きってことね!」
「解釈があまりにポジティブ! 好きは好きですけどぉ、そういうのでは――」
そこまで言って、私の目の前の景色が変わった。
「スティールってやつだ」
「ミリィちゃん!」
私はいつの間にかミリィちゃんに抱きかかえられていた。
「ミリィ、他人の獲物を奪うのは冒険者のルール違反よ!」
「リリーはうちのパーティのメンバーだ、勝手な引き抜きも違反だっての」
「ぐぬううぅ……」
「前から狙ってるとは思ってたが、まさかこうも直接的な手段に出るとはな」
「え、私、前から狙われてたの?」
「そりゃそうだろ。お前、ギルドの女ほぼ全員に狙われてるし」
「衝撃の事実ーっ!?」
何で私なの? 総受けとかいうスキルのせいなの!?
困惑する私。
するとミリィに続いて、他のみんなも勢揃いする。
「リリー……ごめん、追い出したりして。僕は愚かだった、本当はリリーに助けられていたのに」
「アーシャちゃん!」
「まったくよ、リリーを勝手に追い出すなんてありえないわ。今度は絶対に離さないんだからね!」
「ナナちゃん!」
「ええ、どんな手段を使ってでも離さないようにしましょう。リリーさんは私たちの所有物なんですから」
「フローラちゃん……?」
何だかちらほら、お姫様と同じオーラを放ってる人がいるぞぉ?
「つーわけだ。ミーナ、リリーはアタシらに返してもらうぞ」
「私だって……私だってね、何年もリリーちゃんを狙ってたの! 悪者みたいに扱うなんてひどいじゃない!」
「ミーナさん……つまり、私のこと、好きってことですか?」
「そうよ! 恋愛的な意味で好きなの! 一緒になりたいの!」
「あ……あぅ……」
そのつもりはないけど、面と向かって言われると恥ずかしいなぁ……顔、熱くなってきちゃった。
「数年が何よ。私なんて故郷にいたころからずっとリリーのことが好きなのよ!」
「ナナちゃん?」
なんで張り合ったの?
というか、そうだったの?
「それを言ったら、私はリリーさんが母親のお腹にいたころから好きでしたよ。何ならリリーさんの母親すら愛しています」
「フローラちゃん!?」
なんでさらに上を行こうとするの!?
あとほぼ同い年のはずだけど、すでにそのころから恋愛感情自覚してたの!?
「リリーちゃん、選んでくれないかしら」
「そうよ、誰の気持ちを受け取るのか」
「はっきり誰かを選ぶのなら、私も諦めがつくかもしれませんねぇ」
「え、えぇ……そんな……」
急にそんなことを言われても、選べるわけがない。
ミーナさんも、ナナちゃんも、フローラちゃんも、私にとっては大事な人だから。
「……今までは僕が守ってるつもりだった。けれど本当は守られていた……そう思うと、僕の中にあるリリーへの感情も大きくなっていく」
「奇遇だなアーシャ、アタシもだ」
「三人とも、そこに僕も参加させてもらっていいかな。追い出した僕が言うのも変な話だけど――辛い思いをさせた償いに、それ以上の幸せを与えたいんだ」
「同い年だが、アタシにとってもリリーは妹みたいなもんだ。今さら、離れ離れなんて考えられねえよ。できることなら、アタシの手で幸せにしてやりてえ」
「アーシャちゃんにミリィちゃんまで!?」
こ、これはいよいよわけわかんなくなってきたぞぉ――と、私がテンパる中、混乱の渦の巨大化は、なおも止まることはなく、さらに加速する。
「お待ち下さい、リリー様っ!」
「話は聞かせてもらった。リリー様は姫の伴侶となり、私の主となるべきお方だ。ただの冒険者や受付嬢に渡すわけにはいかん!」
「団長、私も忘れてもらっては困るわ。唇を奪った以上、責任は取ってもらうわよ、リリー様!」
「そんな……どうしてローザリア姫や、騎士団長のヴァニラが僕たちの戦いに参加するんだ!?」
驚くアーシャと他四名。
うあー……もうしらなーい。
私、なんにもわかんなーい。
「リリー様は『総受け』ユニークスキルを持つ勇者。わたくしの結婚相手にふさわしいお方なのです!」
「それだけではない。リリー様と姫様の結婚は、この国に平和をもたらす! なんとしても実現させねばならないのだ!」
「はっ、知るかよそんな都合。リリーはアタシらの幼馴染なんだよ!」
「姫だろうと幼馴染だろうと関係ないわぁ。愛はお互いの――リリーちゃんの気持ちが大事なんだからぁ」
「生意気な平民どもね……何なら、戦いで決着をつけてもいいのよ?」
フィニシアさんが剣に手をかける。
するとミリィちゃんは望むところと言わんばかりに、短剣の鞘に手を当てた。
「待ちなさいよミリィ。傷つけあったって誰も得しないわ、むしろ優しいリリーが心を痛めるだけよ」
「彼女の言うとおりだ、フィニシア。剣を収めろ。大切なのはリリー様が誰を選ぶかだ」
結局……何で私、こんなことになってるの?
よりどりみどりな綺麗な女の人に囲まれて、迫られてるの?
「私は姫でもなければ、冒険者でもないけど、一人で頑張ってきたリリーちゃんの姿は、誰よりも近くで見てきたつもりよ。ありのままのあなたに惹かれたの。だから……一緒に、普通の幸せ、掴んでみないかしら? きっと、満足してくれると思うから♥」
「リリー様。わたくしの全てを捧げます。全てを賭して尽くします。なんでしたら、この国そのものを捧げても構いません! ですから、わたくしを選んではいただけませんか?」
「私は姫に従っているだけではない。個人的に、リリー様のことを魅力的だと感じている。その魅力にふさわしい、満たされた人生を送る手伝いをさせてくれないか」
「団長や姫みたいに特別な人間じゃないけど……私だって、愛情じゃ負けてないわ。それに、唇だって、奪ったんだから……責任を取ってもらわないと。さあ、剣を交わすような情熱的な恋をしましょう?」
「お願いだリリー、どうか僕に償う機会をくれないか。きっと僕の罪は、君を愛し、君を幸せにすることでしか、消えることはないから」
「アタシは、難しいことは言わねえよ。今まで通りに支え合って、今まで通りに楽しく生きようじゃねえか。アタシとリリーならそれができる」
「あたし、あんま素直じゃないから、伝わらないかもしれないけど……本当は、かなりあんたのこと好きなのよ。今日だって、夢でずっとリリーのこと見てた。きっと付き合えば、素直なあたしが見れるわよ。それって、お得だと思わない?」
「うふふふ……リリーさんなら、誰の近くが一番幸せかわかりますよね? 今までみたいに……いえ、今まで以上に優しく包み込んであげます。ですから、私のところに来てください」
八人の美女が、瞳を潤ませながら、私に愛を囁く異常事態。
四方八方から飛んでくる濃密で、温度の高すぎる感情に、私の頭はくらくらしっぱなしだ。
こんな状態で、まともな思考なんてできるはずもない。
「さあ」
「選んで」
「リリーちゃん」
「わたくしたちに」
「答えを教えて――」
くらくらと、ゆらゆらと、何もかもが定まらない中で――たぶん私は、このとき、何らかの答えを出したんだと思う。
わからない。
過去のことで、私は覚えてなくて、誰も教えてくれないから。
◇◇◇
けれどその結果として――今がある。
目を覚ます。
だだっ広いベッドの上、視界が開けると、こちらを覗き込むミーナさんの顔があった。
彼女は髪をかき上げ、幸せそうに笑うと、私にキスをした。
「おはよう、リリーちゃん♥」
「おはようございます、ミーナ……さん」
「寝ぼけ顔もかわいいわねぇ」
そう言うと彼女は後ろに下がり――続けて、ローザリア姫が現れた。
そしてキスをする。
「ん、ふ……おはようございます、あなた。今日も幸せな一日にしましょうね」
続けてアーシャが。
「ふはっ……朝起きて、すぐにリリーの顔が見られるんだ。こんな幸せは他にないよ」
続けてヴァニラが。
「ふぅ。今日は私の番だからな。デートに付き合ってもらうつもりだ、最高に楽しませてみせるから覚悟するんだぞ」
ミリィが、
「む、ちゅっ。帰ってくる頃には、この前リリーが欲しがってた宝石、手に入れてきてやるよ」
フィニシアが、
「はむっ。私も団長の付き添いで同伴するわ。少しぐらいは……私に構ってくれてもいいわよ」
ナナが、
「んー……ぷはっ。今日は騎士団連中の日なのよね。帰ってきたらハグとキス、忘れないでよね!」
フローラが――
「んふー……ふぅ。うふふふ、今日は隣で眠れる日だから、夜はいっぱいぎゅーってしてあげます。楽しみにしておいてくださいね」
あの日いた全員が、順番に私にキスをしていく。
(何でこうなったの? あの日の私、いったい何を言ったのぉーっ!?)
結局、全員が私の恋人になって、数カ月後に全員同時に結婚式をあげて、今はお城で九人で暮らしている。
王様とかどうやって説得したの? と思ったんだけど、『英雄色を好む』と言う一言で解決したらしい。
そんなやつ王様なんてやめちまえーっ!
そして私は、八人の嫁に常にべっとりと抱きつかれて、甘やかされながら――何だかんだで、幸せな日々を送ったのだった。
……釈然としないなぁ。
百合解脱できた! 私は百合仏陀! と思っていただけたら、↓から☆評価や、↑からブックマークとか入れてもらえると嬉しいです。
次話は短いおまけです。