004 真相!
ダンジョンから戻ったアーシャは、負傷したナナと、念のため一緒に待機するフローラを置いて、街に出た。
どこを目指すでもない。
日が落ちかけ、次第に冷たくなる風を浴びながら、気持ちを落ち着けたかったのだ。
ふらふらとさまよう彼女は、気づけば人のいない路地に迷い込んでいた。
通り過ぎる冒険者の顔つきも、並ぶ怪しげな露店も、揃いも揃って治安の悪さを証明しているよう。
急いで通り過ぎようと歩幅を広げるアーシャだったが、
「そこのお嬢ちゃん」
老婆の声に引き止められた。
「僕に何の用でしょうか」
人のいいアーシャは反応してしまう。
老婆は顔も見えないほど深くローブをかぶり、机の上に水晶を置いた、いかにも胡散臭い出で立ちであった。
「あんた、よくないねぇ……とってもよくないものに取り憑かれてる」
「占いでしたら結構です」
「これは占いじゃないよぉ。あたしゃねえ、こう見えても昔は教会で働いてたんだ。色々あって追い出されたけど……見えるんだよ、そういうものが」
「僕が何に取り憑かれていると?」
「その、腰に下げた剣――魔剣だねぇ。それも、とびっきり沢山の人の血と恨みを吸った」
「ティルフィングのことを言ってるんですか?」
アーシャは、自らの腰にぶらさがる魔剣に視線を向けた。
この剣は、以前ダンジョンの奥で見つけたものだ。
最奥にこうして武器が貯蔵してあるのは、ダンジョンとしてはそう珍しくないことだが――見つけた部屋が普通ではなかった。
壁中が古い血で汚れており、その中央に、骸骨を貫くようにして突き刺さっていたのだ。
(見つけたときから、不吉な剣だとは思っていたけど……でも、呪いは無いって教会で確認してもらったはずなのに)
何も考えずに、そんな危険物を振るうほどアーシャも命知らずではない。
しかし老婆は不気味に「ふぇっふぇっふぇっ」と笑った。
「教会の連中は上品すぎるからねぇ。そういう真に悪どい呪いは防げないのさ。お嬢ちゃん、悪いことは言わないから、いますぐにそれを手放すんだねぇ」
「そんなに悪いものなんですか?」
「そのナリ、冒険者だろう? 今まで生きてるのが不思議なぐらいさ。仲間の一人か二人ぐらいは死んでるんじゃないのかい?」
「いえ、今のところは誰も……」
だが、死んでもおかしくない目に合った人のことは知っている。
「そりゃあ幸運だ。けどもったいないねぇ、その運を、不運を打ち消すのに使っちまうだなんて。よかったら、私がその剣を処分してやっても――」
「そんなに危険な剣なら、然るべき機関に持ち込んで管理してもらいます。助言ありがとうございます、おばあさん」
「チッ、つまんない子だねぇ」
悪意むき出しの顔で、「しっしっ」とアーシャを追い払う老婆。
(事情を説明すれば、教会がさらに詳しく調べてくれるはず)
彼女は路地を抜けると、そのままその足で教会へと向かった。
◇◇◇
宿に戻ると、ミリィが外で空を見上げながら黄昏れていた。
空は夕暮れと夜の境目。
魔を思わせる桔梗色。
アーシャも空を見上げると、何となくノスタルジックな気分になった。
「ずいぶん身軽になって帰ってきたじゃねえか」
剣を手放したアーシャは、ふっと笑った。
「まあね。どうもあの剣、よくない呪いがかかってたみたいだ」
「名前からして不吉だったもんなあ。でも、アーシャが前衛で活躍してたから、あたしらはここまでこれた。明日からどうすんだ?」
「まずは武器を探さないとね。大丈夫、僕の剣の腕もAランクを維持できる程度には成長してるさ」
「ま、自信があるんならいいんだけどな」
「それでミリィ、僕に何か話があったから待ってたんじゃないの?」
そう言って、彼女はミリィの横に並び、同じように壁にもたれた。
「まーな。リリーのことなんだが」
「呪いを肩代わりしてくれてたって話?」
「何だそりゃ」
「あの剣にかかってた呪いは、とっくに何人か仲間が死んでてもおかしくない――いや、むしろ死んでないとおかしいぐらいのものだったんだって」
教会でティルフィングを詳しく調べて貰った際、神父はかなり驚いていた。
そこに秘められた呪いの強烈さに。
そして老婆と同じように、今まで使い手も誰も死ななかったのは、本当の意味で奇跡だと断言していたのだ。
「アタシらは誰も死んでないぞ?」
「でも、リリーはやけに罠にかかってたよね。ミリィでも探知できない罠に」
「まさか、あれが呪いのせいだっていうのか? じゃあやっぱ、あいつが村を追い出された理由もそうなのか?」
「村を? 出ていったわけじゃなくて?」
「故郷にいる母親と手紙で何度かあいつの名前が出てきてさ、おかしいと思ったんだよ。妙に言葉をぼかしてたんだが、『あのまま村に残ったらリリーが危険だから』みたいなこと書いててさ。ぜんぜん、アタシはわけわかんなかったんだが」
「つまり、故郷に降り掛かった呪いや不幸を、全部リリーが肩代わりしてたってこと?」
「かも、しれねえ……」
「だとしたら、リリーは役立たずなどころか、僕たちのことを助けてくれてたことに……」
その時、ガチャリと宿の入口が開いた。
姿を現したのは、ナナとフローラである。
「聞かせてもらったわよ、アーシャ」
「ナナ……フローラまで」
「アーシャさん、ミリィさん、今すぐにリリーを連れ戻しにいきましょう! やっぱり私たちには、彼女がいないといけないんです!」
「今までの感謝だってしなきゃならないもの」
「そうですそうです! 連れ戻して、たっぷり甘やかしましょう! でろんでろんになるぐらい、徹底的に!」
「……何か目的がズレてねえか?」
「フローラが何を想像してるかはともかく、僕もリリーに頭を下げないと。役立たずどころか、僕らは彼女がいなければ、生きることすらできなかったんだから」
アーシャの言葉にうなずく三人。
そして彼女たちは、早速リリーを探して、夜に包まれる街の探索をはじめた。
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