003 挟撃!
私が騎士団長さんやお姫様と出会って、一時間ほどが過ぎた。
結局、私はとんでも豪華メンバーで薬草採取をすることになり――
「そっちはナブネ草ですね。ルオナ草と似てる上に、触るとしびれるので気をつけてください」
「あら……ありがとうございます。ではこっちがルオナ草?」
「はい、ただまだ若いみたいですね。葉がもう少し緑にならないと、回復効果が薄いんです」
「えっと……では、こちらならどうでしょう?」
「素晴らしいです姫様。それなら依頼主も喜んでくれます」
「ふふ、ありがとうございます。リリーさんはお詳しいんですね」
「いえ、それほどでも……」
「いや、素晴らしい知識量だ。我々騎士団も戦地で薬草を採取するが、見極めは非常に難しい」
「質より量ですもんね。にしても、聞いたところランクEの依頼なのに、ルオナ草の質まで指定するなんて面倒な依頼主ね」
「それは私が勝手にやってることです。やっぱり、品質のいいものを納入したほうが、喜んでもらえますからね」
「ふふ……優しい方なんですね」
「いっ、いえいえ、そんな! 私はただっ、冒険者としての評判を気にしてやってるだけの小心者で……」
「謙遜なさらなくていいんですよ。わたくしも助けてもらいましたから」
何か知らないけどいつのまにか騎士さんとお姫様は仲直りしていた。
私にはよくわからない心の動きがあったんだろう。
結婚が嫌すぎて姫を暗殺しようとしていたという部分に闇を感じたので突っ込まないけど。
こんな感じで、無事にルオナ草をギルドに納入した私。
ギルドの建物から出ると、ローブを被った三人が私を待っていた。
「ありがとうございました」
私はぺこりと頭を下げる。
「そんな、謝らなくてはならないのは私たちのほうです」
「ああ、巻き込んでしまって申し訳ないと思っている」
いやはや、まったくとんだとばっちりだった。
……まあ、口では言わないけど。
「とんだとばっちりだったって思ってるんでしょう? 私たちが悪いんだから、もっとはっきり言っていいのよ」
「い、いえ断じてそんなことはっ」
何で黙ってたことをわざわざ言うかなぁ、この人は!
けれどこれで私への用事は終わったはず。
騎士団長がお姫様の命を狙ってるなんて、絶対にこの国の闇だし、近づかないほうがいい。
「では、私はこれで」
私はいそいそと、三人から離れようとした。
すると、お姫様が私の腕をがっしりと掴む。
「お待ち下さい、話したいことがあるのです」
「ひえっ!?」
「怯えないでくれ、取って食おうというわけではない」
取って食べられたほうがまだマシな気がします。
「わ、私なんて、ほんと、しがない冒険者ですので。こんな、お姫様や騎士団長様に目をつけられるような者では……」
「そうもいかない事情ができたのよ。悪いようにはしないわ、付いてきなさい」
きなさい! 今きなさいって言った!
やっぱり私に逆らう権利なんてないんじゃーん!
「うぅ、わかりましたぁ……」
涙目になりながら、私は自分が使っているのとは違う、この街で一番高い宿に連れ込まれた。
◇◇◇
私は無駄に柔らかいソファに座る。
広い部屋、豪華な内装、私みたいな冒険者じゃ絶対に泊まれないスイートルーム。
ぽんと金貨を出して軽く借りちゃうんだから、さすがお姫様だよね。
でも、そんな広々とした部屋を楽しむ心の余裕などはない。
目の前にはローザリア姫と、騎士団長のヴァニラさんが座り、その後ろには騎士のフィニシアさんが険しい表情で立っている。
あぁ……私、この人たちのオーラに押しつぶされて消滅してしまいそう……。
「それで、リリーさんにお願いしたいことなのですが」
「わ、わた、私のような矮小でしょーもないホコリにも劣る存在がお姫様に頼み事なんてそんな……」
「大したことではありません。わたくしと婚約していただきたいのです」
「はあ、婚約――」
一瞬、受け入れそうになる私。
しかしすぐに脳が言葉の意味を理解する。
「って婚約うぅうっ!? な、なにをっ、にゃにをおっしゃっておられるのですかお姫様っ! 私のようなゴミ以下のクソザコウジ虫にっ!」
「いや謙遜しすぎでしょ」
「リリー……いや、リリー様。あなたは自分の価値に気づいていない」
「や、やめてくださいっ、様なんて付けられたら私、身の丈に合わない自己肯定感を身につけてしまってアレルギーで死んじゃいますぅ!」
「めんどくさいやつ……」
「あなたと姫様が触れ合ったとき、王家の紋章が光り輝いた。これは勇者に触れたときのみ光を放つ」
「勇者……? 私が、ですか? 何かの間違いでは?」
「いいえ、間違いではありません。確かに輝きました」
「では、私にそんな力を与えた神様のほうが間違っていたのでは?」
「あなたそれ、一周回って神様に失礼よ」
フィニシアさんに怒られた。
確かにそうかもしれない……。
いやでも、急にそんなこと言われたって、私だって受け入れられない。
「先ほど、ここに来るまでの間にあなたに触れて、あながもつ勇者の力――いわゆるユニークスキルというものについて調べました」
「はあ……」
「あなたが持つユニークスキルは……」
お姫様は私を真っ直ぐに見て、すごく真剣な表情で口を開いた。
「『総受け』です」
私は首をかしげる。
「そー……うけ?」
きっとすごい力なんだろうけど、言葉だけを聞いてもピンとこない。
「どうやら、あなたが誰かを“守りたい”と思ったとき、その人に降りかかる災難を肩代わりできるようなんです」
「なるほど……」
「私たちが乗っていたリザードが向きを変えたり、ファイアボールの軌道が曲がったのは、リリー様がローザリア様を守りたいと思ったからだ」
「言われてみれば……」
危ない、どうにかできないか、とは思った。
でもあれだけで能力が発動するなら、今まで何度も発動してるはずで――ん?
「今までも似たような経験があったのではないですか?」
「そういえば、あった気がする……」
「やはり。見ず知らずの私を助けてくださったのです、身近な人を助けないはずがない。リリーさんはとても心優しい人なのですよ」
「はあ……ふぇっ!? あ、あの、お姫様っ、手、手っ!」
気づけば、私の手は立ち上がったローザリア姫の両手に包まれていた。
彼女は頬を赤く染めて、私に言う。
「温かい手……よかった、わたくしの結婚相手が、こんなに素敵な人で……」
「その話まだ続いてたんですか!?」
「何をおっしゃってるんですか、あなた」
「あなた!?」
いかん、この姫様気が早いぞ!
いくらなんでも、私がお姫様と結婚だなんて、そんな無理無理!
「まず私、女ですし!」
「いいですよね、女同士」
「いいの!?」
助けを求めるように騎士二人のほうを見ると、彼女たちは腕を組んで「うんうん」とうなずいていた。
騎士団って百合の園ですかー!?
「それに、ただの平民でっ、他に取り柄なんて何もないですし! このような血が王家に混じってしまうと、清水に落とされた一滴の毒のような存在になってしまうのではないかと!」
「騎士団の魔法を受けてほぼ無傷だったというのに、よく言う」
「ええ、その耐久性は紛れもなく、勇者の力に由来するものです」
「小さい頃から運が悪かったので、それに慣れただけで……」
「そうですか、リリー様は小さい頃から人の不幸を肩代わりしていたのですね。立派な方ですね」
「不覚にもさらに好感度を稼いでしまう私ー!」
「きっと本人が気づかないうちに、何人もの人を救ってきたんです。悲しいかな、これまで誰もあなたの価値に気づく人は居なかったようですが……」
姫様は立ち上がって、私の隣に半ば強引に座ると、体をぴとっとくっつけて抱きついてきた。
「安心してください、私たちはあなたの価値を知っています」
か、顔がっ……顔が近いし、顔がよすぎるっ!
本当に私と同じ生物なの!?
「実を言うと、私は別の勇者に嫁ぐ予定でした。その途中で、騎士団の襲撃を受けて、一人で逃げることになったんです」
「そ、そうなん、でしゅかっ」
噛んだし。
うぅ、お姫様ってこんなに柔らかくていい匂いするんだ。
私みたいなちんちくりんとは大違いだよぉ。
「姫と勇者の結婚は、とある大臣が決めたことでな。いわば、権力闘争の一部だったんだ」
「大変ですね……」
「姫様がそいつの妻になると、騎士団は力を失うところだったのよ。何としても阻止しないといけなかった」
「はぁ……でも、そこに私が入って、何か意味ありますか?」
「実は私、その勇者さんが苦手でして。お父様も『相手が勇者なら』と望まれていたのでお受けしたのですが……」
「騎士団――いや、姫様の幼馴染である私は、あんな男の物になるのなら、いっそこの手で壊してしまったほうがいいと思っていた」
「おおう、バイオレンス……」
「そこにリリー様、あなたが現れたのよ。勇者なら国王だって納得する。その上、権力闘争に関係のない立場のあなたが結婚相手なら、騎士団も存続できる――しかも、姫様も団長もあなたが相手なら納得できるみたいだし」
こじれた人間関係と政治闘争が、私の頭をぐるぐる混乱させる。
えっと、要するに、騎士団長のヴァニラさんは、私的な理由と公的な理由、両方でお姫様を狙っていたと。
そしてお姫様は、結婚したくないけど、相手が勇者だから結婚するしかなかった。
そこに新たな勇者である私が現れたことで、全てが丸く収まる解決案が見つかった、と。
うーん……確かに、何だか綺麗に収まった気はする。
「それに……リリー様はわたくしを守ってくれる優しい人。内面も、外見も、とても好みで……あなたが結婚してくれるのなら、こんなに幸せなことはありません」
「う、ふひゃっ、顔がっ、体も近いです姫様ぁっ」
割と大きな胸を押し付けながら、耳に吐息がかかるほど顔を近づける姫様。
でも、なにか大事なことを忘れてない?
「あの……そこに、私の意思ってあります?」
そう、肝心の私に、選択権が示されていない。
「急なことで申し訳ないとは思っています」
「だがな、こちらも急を要する状況なんだ。どうか飲んでくれないか」
「わたくし、あなたに尽くしますから。出来得る限り全てのことを、リリー様のためだけに捧げますわ。身も心も、何もかも」
「いやぁ、お姫様も相手を選びたいでしょうしぃっ」
「あなたのためなら、私――それも、まったく苦ではないんです。いいえ、むしろ嬉しいぐらいで。ちゅっ」
「うひょおぉううっ! ふにって! お姫様の唇がふにってぇ!」
耳に姫様の唇が触れる。
すると何を思ったか、ヴァニラさんまでこちらに近づいてきた。
姫様と二人で私を挟むように抱きつくと、彼女も耳元で囁く。
「姫様だけで足りないのなら、私もリリー様に尽くそう。言っておくが、身を挺して姫様を守った君に、私は心から尊敬の念を抱いているぞ。だから嫌々でも、仕方なしでもない」
「ふふふ、ヴァニラはお城にとっても沢山のファンがいるんですから」
「自分で言うのも何だが、両手に花だ。金もあるし、甲斐性だってあるつもりだ。幸せは保証しよう」
「あ、はひっ……そ、そんにゃっ、二人なんてっ、私、私ぃっ!」
頭がオーバーヒートしそうだ。
バクバクと心臓が高鳴って――けれど腕ごしに、二人の心音も伝わってくる。
緊張してる。
高揚している。
頬は赤らみ、吐息は荒くなり、姫様とヴァニラさんも、二人なりに緊張していて、その感情の共有が相乗効果で、私の思考をシェイクする。
「邪魔なようだから、私は部屋を出てるわね」
「待って、唯一のまともっぽい人ぉっ!」
一番冷静そうなフィニシアさんが、気を利かせて部屋を出ていってしまう。
すると私はヴァニラさんにひょいっと抱えられてしまった。
「ほひぃっ!?」
「ソファでは狭すぎる」
「そうですね、あちらに移動しましょう」
私――一体、どうなっちゃうのおぉおっ!?
百合に挟まる男は許されないが。
百合に挟まる女は許される。
そういう時代が来ています。
某先生が某文庫から出す小説もそう言っている。
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