002 困惑!
アーシャたちのパーティは、彼女を先頭にダンジョンを進む。
剣士のアーシャ、盗賊のミリィ、魔法使いのナナに、回復術師のフローラ。
前衛二人、後衛二人、回復役も罠解除役も完備という、実にバランスのよいパーティ。
しかも全員が幼馴染だ、チームワークは抜群だった。
だが、洞窟を進む後衛二人の表情には、不満がにじみ出ていた。
「聞いてませんわ」
「聞いてないよね」
さっきから、ナナとフローラは、後ろからアーシャにチクチクとお小言を繰り返している。
「私に黙ってリリーを追い出すとかありえないんですけど」
「今夜の私の抱き枕はどうしたらいいんですか? アーシャさんの貧相な体で代わりが務まると思っているんですか?」
「あー、やる気でなーい。リリーがいないとかほんとだるーん」
「あまりに心の闇が膨らみすぎて、回復魔法が反転してアーシャさんにダメージを与えてしまいそうです」
精神的フレンドリーファイアであった。
「仕方ないじゃないか! ああでもしないと、リリーを危険に晒すだけだったんだ!」
「そうそう。ナナとフローラだって、守りきれなかったこと悔やんでたじゃねえか」
ミリィはぶっきらぼうに言った。
彼女は盗賊らしく――というと語弊があるが、非常に目つきの悪い女性であった。
口調も荒く、何かと怖がられがちだが、情には厚い。
一方でナナとフローラは、それぞれタイプこそ違うものの上品な出で立ちである。
「そ、それはそうだけど……あたしに相談ぐらいしてくれていいじゃないっ!」
ナナは、ダンジョンには不釣り合いなミニスカートを履いた、ピンク髪の魔法少女だ。
ちょっとわがままで、ちょっとプライドが高くて、けれど相応に努力家――そんな女の子だった。
「確かにカバーしきれていない部分はありましたが、涙目のリリーさんを治療するのも旅の醍醐味でしたのに……」
フローラは、白いローブを纏った、柔和そうなお姉さんである。
と言っても、他の幼馴染たちや、リリーとも同い年なのだが。
見た目通り、口調も性格も柔らかで優しく、パーティのお姉さん的ポジションである。
「気持ちを切り替えよう。彼女には村に戻るよう勧めた、余裕が出来たときに戻ればいいだろう」
「なあアーシャ、その件なんだが。リリーがあの村を出たのって――」
ミリィがアーシャに声をかけた瞬間、
「ミリィ、危ないッ!」
前方から矢が迫る。
アーシャはミリィを押し倒して庇う。
ナナとフローラは戦闘態勢を取った。
「いきなり矢が飛んできた……罠なの!?」
「ミリィさん、罠探知はどうなっていますか?」
「いや、気配はなかった!」
「弓を持ったモンスターが僕らを狙っているのかもしれない」
「だったらあたしの魔法で! ファイアボール!」
ナナの炎魔法が通路の奥に向かって放たれる。
暗闇に包まれた通路が、一瞬だけ明るくなるが、そこに敵の姿はなかった。
「いないみたいですね……」
しかしその直後、彼女たちの足元がズシンと揺れた。
「おい、何かやべーもんが来てるぞ」
「あれは……岩? アーシャ、こっちに転がってきてるわ!」
「破壊しますか、アーシャさん!」
「いや――みんな走るんだ!」
背後から巨大な岩が転がる中、四人の少女たちは必死で走った。
先をゆくナナとフローラが角を曲がった。
ミリィとアーシャもギリギリで滑り込み――アーシャの鎧を岩がかすめた。
巨岩はそのまま通路を直進し続け、遠くの壁に衝突したようだ。
「ふぅ……危なかったなおい」
「ミリィさん、アーシャさん、傷はありませんか?」
「アタシらは平気だ。それより敵の気配が近いぞ、警戒を緩めんじゃねえ!」
「ナナ、フローラ、僕たちの後ろへ!」
前方から「グギャッ、グギャッ」とゴブリン特有の鳴き声がしたかと思うと、ボワッと通路が紫色に光る。
闇属性の魔法を使ったようだ。
そのまま人魂のような紫の炎は、放射線を描きながらこちらに迫る。
ゴブリンは雑魚モンスター――Aランクパーティの敵ではない。
先日リリーを魔法で攻撃したゴブリンソーサラーもその一種だった。
アーシャは魔剣ティルフィングを握り、気を研ぎ澄ます。
(不意打ちか……あれは確か追尾性能のある魔法だったはず。つまり避けても無駄。相手の狙いはナナとフローラだ。けれど威力はリリーが耐えられる程度、二人の防壁なら防げる――!)
落ち着いた判断。
敵の排除を優先。
アーシャはあえて、通路の奥にいるゴブリンソーサラーに接近した。
「はあぁぁぁぁああッ!」
「グギャアァァァウ!」
斬撃――両断。
ゴブリンは断末魔の叫びとともに、ただの肉片となった。
同時に、ボフンッと後方で魔法が爆ぜる。
「きゃあぁぁあああっ!」
――ナナの悲鳴が響いた。
魔法の直撃を受けた彼女は、障壁で防ぎきれずに、傷を負って吹き飛ばされていたのだ。
「そんな……ナナ!?」
「おいナナ、大丈夫か!」
「う……ぐうぅ……やっぱりリリーがいないせいで調子が出ないのよぉ……」
「傷はそれなりに深いようです……治療に専念します、二人は周囲の警戒をお願いします!」
「わかった!」
「了解だ!」
負傷したナナと、治療するフローラを、挟むようにして守るアーシャとミリィ。
アーシャの剣を握る柄は、焦りに汗ばむ。
(どうして……ナナの障壁であの魔法を止められなかったんだ? 威力はあの時と同じだったはず)
ナナがあれだけのダメージを受けた以上、普通の人間なら即死する威力である。
(それに、罠も明らかに不自然だ。リリーのドジで発動したものはともかく、矢も岩も、ミリィの探知スキルで見逃すなんて……)
不安と疑問がアーシャの胸中に膨らんでいく。
結局、その日は探索を早めに斬り上げて、彼女たちは街に戻ったのだった。
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