001 追放!
全五話+おまけの中編です。
1時間ごとに投稿されます。
基本アホな話なので気軽にどうぞ。
「リリー、君はもう必要ない。パーティから出ていってくれ」
パーティリーダーのアーシャが声を荒らげた。
宿の裏通り――ただでさえ人通りの少ないこの道を、わざわざ夜に通る人は誰もいない。
声は虚しくひびく。
私はうつむくばかりで、何も言えなかった。
「僕たちはAランクパーティだ。そしてこの魔剣ティルフィングがあれば、近いうちにSランクになれると思う」
口調は男の子っぽく、声も少し低いが、アーシャは女の子である。
しかし彼女は、パーティの前衛として剣を振るう、立派な剣士であった。
「強いもんね、アーシャちゃん……」
「それに比べて、リリー、君は何ができるんだ?」
「うぅ……」
今日の冒険でも、私は必死でパーティの荷物持ちとしての役目を果たした。
けれど、どこからともなく飛んできた罠の矢が荷物袋を破ったり。
頭上から岩が落ちてきて押しつぶされたり。
魔物の放った魔法がなぜか私の方に曲がり、直撃したり。
なぜか、ミノタウルスが攻撃もしてない私を目の敵にして狙ってきたり。
まともに戦えないのに、私は数え切れないほどのダメージを受け、そのたびに仲間に治療してもらっていた。
足を引っ張っている自覚はある。
それだけに、反論の言葉が見つからなかったのだ。
「厳しい言葉に聞こえるかもしれないが――これは君のためでもある。これから先、上位のダンジョンに行けば、より危険な場面は増える。そうなれば、僕たちはリリーをかばいきれないだろう」
「うん……」
「ギルドには、それとなく冒険者を続けられるよう伝えておく。だけど……女一人じゃ大変だと思う。僕は、冒険者を諦めて田舎に帰ったほうがいいと思うな」
そう言って、去っていくアーシャ。
取り残された私は、思わずしゃがみこんだ。
「田舎に帰れって言われてもなぁ……」
人差し指で、地面をいじりながら、私はつぶやく。
「その田舎でも役立たずとして追い出されて、仕方なく冒険者になって二年……やっとパーティに入れたのに」
ずっと一人で薬草を集める毎日。
倒せるモンスターは、せいぜいスライムぐらい。
それでも、私が外に繰り出すと、なぜかすぐに大量のモンスターに囲まれるので、基本的に戦いはしない。
そんな私がパーティに入れたのは、アーシャたちが幼馴染だからだ。
私が村から追い出される少し前に、冒険者になると言って出ていった四人――立派になった彼女らとの、奇跡的な再会。
きっと私の人生の運は、そこで全部使い切ってしまったのだと思う。
「どうしよ……」
夜はふけていく。
寒くなって私は部屋に戻ったけれど、ベッドに転がって考えてもいい案は浮かばず。
そのまま私は気づけば寝ていて、起きた頃には――すでに仲間たちは、宿を出ていた。
餞別として、しばらく生きていけるだけのお金を残して。
◇◇◇
私は無駄にジャラジャラと音を鳴らす麻袋を持って、朝の街を歩いた。
足は自然とギルドに向かっていた。
受付のお姉さんの前に立つと、彼女はニコニコと笑った。
「おはよ、リリー」
「おはようございます、ミーナさん」
「聞いたわよ。あなた、パーティから追い出されたらしいわね」
「う、もう広まってるんですか……」
「アーシャたちはAランクだもの、この街じゃ有名人。活動してる冒険者は全員知ってると思っていいわ」
「うぅ……」
「んふ、もう……落ち込まないの。ね?」
ミーナさんは身を乗り出してまで、私の頭を撫でてくれた。
彼女は、こんな雑魚冒険者にも優しくしてくれる優しい受付嬢だ。
事あるごとに、こうして私の頭を撫でて慰めてくれる。
子供扱いされてるみたいでこそばゆい。
私、もう18歳なのにな。
でも……ミーナさんを見てると、確かにまだまだお子様だと思う。
私なんて、身長は小さいし、顔も童顔だし、おっぱいだけ無駄に育ってるくせに、色気の欠片もないちんちんくりんだし。
対するミーナさんは、目つきとか、舌なめずりとか、開いた胸元とか、すっごく色っぽい……から。
きっと素敵な彼氏さんとかいるんだろうなぁ。
「もし行く場所がないのなら、私の家に来てもいいわよ?」
「へっ? いえ、そこまではさすがに。大丈夫です、これでも冒険者歴はそこそこ長いんです。パーティから抜けても、一人で頑張ってみせますっ」
「そお? 気にしなくていいのに。私とあなたの仲じゃない……ね♥」
「あはは、気持ちだけもらっておきます。ところでミーナさん――」
「……なかなか落ちないわね」
「へ?」
「何でもないわ。で、どうしたの? 今日の依頼?」
「そうです。私でも受けられるもの、何かありますか?」
「雑多な依頼ならいくつもあるけど……リリーは確か、ソロだとEランクだったわね……」
普通の冒険者は、しばらく活動していれば自然とCランクぐらいまで上がるもの。
でも私は、初心者のFランクに毛が生えた程度の、Eランク。
しかも万年ときたもんだ。
それでもどうにか生活できるだけ、私としてはありがたいんだけど。
「あったあった、薬草採取。街近郊だから、手強いモンスターも出ないはずよ」
「ありがとうございます。じゃあ、これを受けますねっ」
「気をつけるのよ。あなた、すぐにモンスターを引き寄せて怪我しちゃうんだから」
「はい、薬草が台無しにならないように気をつけますっ」
「そうじゃなくて、あなた自身が」
「私は平気ですよ。役立たずですが、しぶとさには自信があるんでっ」
私の唯一の長所は、それだった。
無駄にしぶとい。
というのも、幼い頃から様々な不運に巻き込まれ、それを受けるうちに、自然とそうなっていったのだ。
落とし穴や崖に落ちた回数は数しれず。
鬼ごっこをしたのなら、五回以上は石につまずくし、ボール遊びをしたら十回は顔面に当たる。
そんな生活を送っていたら、ちょっとやそっとじゃへこたれなくなるというもの。
Dランク以下の冒険者の割合が少なく、Cランクが最も多いのは、それ以下のランクで”下積み”を長い期間続けるのが苦痛だからと言われる――それを続けられているのも、過去の経験があるからかもしれない。
「……せっかくあいつらと離れたのに、このチャンスを逃すわけには」
そのとき、またしてもミーナさんが何かぼやいた。
顔もちょっと恐い。
「ミーナさん?」
「うふふふ、なんでもないわぁ♥」
「は、はあ……」
私はよくわからないまま、依頼を引き受けて、ギルドをあとにした。
◇◇◇
街を出てすぐ、街道を離れた森で、私は薬草を探した。
「あれはサフォケ草、あっちはトキシ草に……お、あったルオナ草」
おかげさまで、植物を見分ける知識はばっちり身についている。
確かに私はEランクだし、その等級の仕事しかできないけど、スピードと正確さには結構自信があったりする。
依頼主からの評判も上々で、意外にもお得意様は多いのだ。
とはいえ……パーティに入ってる間はやってなかったから、久しぶりになっちゃうけど。
何ヶ月も経ってるし、私みたいな地味な女、忘れられちゃってるんだろうな。
「はっ……はっ……はっ……」
む……誰かの足音と息遣い。
モンスター?
いや、この感じは――
「逃げないと……まずは、街の中に……っ」
森の向こうから、必死の形相でドレスを着た女の子が走ってくる。
髪はキラキラの金色で、ぱっちりと開いたお目々に、小さなお鼻、ぷるんとした唇――こんな場所には不釣り合いの美少女だった。
しかも、着ている服は高級そうなドレス。
森を走ってきたせいか、破れてるし、汚れてるしでもったいないことになってるけど、良い物なのは私の目でもわかった。
彼女は私を見つけると、一瞬だけ喜びに目を輝かせた。
けれどすぐに表情が曇る。
「あの人は――いや、ダメよローザリア。他人を巻き込んではっ、私だけで何とかしないと!」
「あ、あのっ」
声をかけようとしたところで、彼女は向きを変えて、私から離れていこうとした。
すると別の足音が、複数近づいてくる。
今度は人じゃない――リザードだ!
緑の大きなトカゲ二匹が並んでこちらに走ってくる。
背中には黒いローブに身を包んだ怪しげな人たちが乗っていた。
腰には剣が下がっていて――状況はわかんないけど、危険な空気。
「まずは姫の足を止める、このまま突っ込むぞ!」
先頭の男が剣を抜くと、逃げる少女――ん? 今、姫っていった? お姫様なんだ――の背中に切っ先を向ける。
するとリザードは「クエェェェッ」と鳴いて、ターゲットを姫から私に変えると、加速した。
……ん?
「あれ、何でこっち? 何で私のほうに来てるの!?」
「おいリザード、違うぞ! 狙うのは姫だ!」
「待って待って待って私じゃない!」
「だからあいつじゃないんだ、言うことを聞けぇっ!」
「ワタシ、ヒメジャナーーーーーーイ!!」
渾身のリザード語(っぽい喋り方)も虚しく、二匹のリザードは私に正面から衝突した。
「ぐえー」
宙を舞い、きりもみ回転する私。
「しまった――!」
視界はぐるんぐるんと周り、阿鼻叫喚の天地無用。
そのままわけもわからぬまま、ドサッと地面に、顔面から叩きつけられた。
「お、おいっ、大丈夫か!?」
「隊長、姫が逃げます!」
「くっ……息はあるようだ。一般人を巻き込んだのは忍びないが、彼女を追うぞ!」
「はっ!」
二人はリザードから降りると、逃げる姫の追跡を始めた。
「う、うぅ……何なのさぁ……私が何したっていうのさぁ……!」
たまには私だって愚痴りたくなる日もある。
起き上がり、涙目をこすった私は、離れていく姫と追手の姿を目で追った。
「逃がすものか! 姫、あなたにはここで死んでもらうっ!」
「どうしてなの! 私は……私はあなたのことを信じていたのにっ!」
「だからこそだ! 信じていたからこそ――くっ、魔法のタイミングを合わせて確実にしとめるぞ、いいな!?」
「了解です、団長!」
状況は緊迫してる。
あの姫って人、私、どこかで見たことある気がする。
ってことは、本当の本当に、この国のお姫様?
それがあんな追手に追われて、殺されそうなんて……大事件だよ!
私より年下の女の子が殺されるなんて、そんな残酷な……でも、私には何もできないし……。
せめて、逃げる手伝いぐらいできたらいいんだけど――
「いけぇっ、ファイアボールッ!」
追っ手が魔法を放つ。
ダメだ、あの距離、しかも二人同時だと当たっちゃう!
放たれた火球は、姫の背中に向かって真っ直ぐに飛んで、直撃――するかと思いきや、直前でぐにゃりと向きを変えた。
ん? この軌道、どこかで見たことあるような……そう、確かあれは、昨日パーティで向かったダンジョンの中で――
「何だこれは、さっきから何が起きている!?」
「団長、魔法が例の一般人に向かってます!」
「何だとぉっ!? いかん、あの威力では死んでしまうぞ! 避けろ、一般人ーッ!」
慌てて立ち上がって、逃げようとする私。
けど、むしろ火球は、私が走ったほうに付いてくる。
「逃げられませえぇぇんっ! うひゃあぁぁああーっ!」
ズドオォォオンッ! ドゴオオォォオッ!
必死の回避も虚しく、火の玉は私を巻き込んで、盛大に爆発した。
「な、なんてことだ……一般人を手にかけてしまった……」
「団長、姫が足を止めています、今なら!」
「騎士としてやってはいけないことを……」
「団長!」
がっくりと膝をつく団長さん。
足を止めて、その様子を見つめる姫。
そして煙の中、立ち上がる私。
「うぅ……熱いし痛いよぉ……何で私が狙われるのぉー! もおーっ!」
文句の一つだって言いたくなる。
まさか姫を狙うフリをして、私を攻撃するなんて!
「な――馬鹿な、生きている、だと?」
「生きてるけど痛かったんですけどぉ!」
「す、すまない……いや待て、痛いで済むわけがないだろう! この私が放った魔法だぞ? いくら下級魔法とはいえ、生身の人間が受けて無事なはずがない! まさかあの女――公爵が姫を守るために放った刺客か?」
「違います! ただの冒険者のリリーっています! よろしくおねがいします!」
「あ、ああ……よろしく」
「団長、勢いに乗せられないで! 信用できないわね、その頑丈さでただの冒険者なんて」
「そう言われてもぉ……って、あ。ああっ、あああぁぁあああっ!」
「どうした!?」
「薬草ーっ! 私の薬草がーっ! 依頼の品なんですよ!? 待ってる人がいるんですよ! なんてことしてくれるんですかーっ!」
「……フィニシア、どうやら本当に刺客じゃないみたいだぞ」
「みたい、ですね」
「どうしよう……もうあんまり時間もないし、今から集めるには……って服もボロボロ! もーっ、さんざんだよぉー!」
パーティからは追い出されちゃうし、いきなり知らない人から攻撃されるし、何なんだろう、私の人生って。
私がうなだれて打ちひしがれていると、肩にぽん、と手が置かれた。
「私たちでよければ手伝おう」
「団長!?」
「本来なら死んでいたところだ、これぐらいしたって構わないだろう」
「ですが姫が!」
部下の人は納得してない様子。
というか、二人とも女の人なんだ。
団長さん、凛々しい声してるからてっきり男の人かと。
すると、逃げていたお姫様も、私の前にやってきた。
「姫――」
「団長っ、今がチャンスです!」
「私も一緒に手伝います。巻き込んでしまいましたから」
「姫……そうですか。では、お願いします」
「何言ってるんですか団長ッ!」
「フィニシア、剣を仕舞え。これは私たちの失態だ、これ以上、騎士の誇りを汚してはならない」
「団長ぉ……わかりました」
何だかシリアスな雰囲気で話は進んでくけど……いや、全然わけわかんないんですけど。
手伝ってくれるの? 私の、薬草採取を?
何で? というか手伝える? 特にお姫様、素手で大丈夫?
私の頭の上に、ぐるぐるとはてなマークが回る中、黒ずくめ二人がフードを外した。
声の通り、凛々しい女性と、もう一人――ちょっとキツめの、ツリ目気味な赤髪の女性が姿をあらわした。
「王国騎士団団長、ヴァニラだ。この度は無礼な真似をして申し訳ない」
「王国騎士団って……あ、あのっ、王国軍最強って言われる? しかも、その団長さん!?」
「私は団長補佐のフィニシアよ」
「団長補佐! 私、知ってます! 二人揃って世界最強の魔法剣士ですよねっ! じゃあ、やっぱりあっちのお姫様は……」
「わたくしは王国の第二王女、ローザリアと申します。巻き込んでしまい申し訳ありません」
ひ、姫様が……私に頭を下げてるっ。
いや、姫様だけじゃない、騎士団長とその補佐さんまでっ!
パーティを追放された私みたいなポンコツに――!
そして私は、よくわからないまま、豪華メンバーで薬草取りをすることになった。
さっきまで殺し合おうとしていたくせに、姫様と騎士団長さんは、何となく親しい間柄のようにも見えて。
そこに複雑な人間関係と、厄介事に巻き込まれた空気をビシバシと私は感じていた。
「……ヴァニラ、これを見てください」
「王家の紋章が光って――では、まさか」
「はい。彼女は……ユニークスキルを持つ、選ばれしもののようです」
「何と……」
ああ、すごい視線を感じる。
私、どうなっちゃうんだろう……。
百合面白いなー! と思っていただけたら、↓から☆評価や、↑からブックマークとか入れてもらえると嬉しいです。