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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第7章~ハンメルンの町~
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97.正しい道具の使い方

 ネーヴェ王国とゼラティーゼ王国との間には、古い時代には国交があった。今ではほとんど鎖国状態のネーヴェ王国だが、女王ツルカがまだ幼かった頃、今も十分幼い見た目をしているが、その頃にはゼラティーゼ王国との繋がりも強く、随分と親密な間柄だったらしい。


 その名残として、この道が残っているわけだ。


「この道を真っ直ぐ進んでくれているんだな、この絨毯」


「地図が編み込んであるらしいわ。それに従って進むから道に沿って進んでくれているのよ」


 さしずめ、絨毯が地図を片手に飛んでいるようなものか。


 ほとんど人が通ることがなくなった道で草が生い茂り、道も砂やら砂利やらで凸凹している。


 それでもまだ「道」とかろうじて呼べる程度にはその姿を残していた。


「さて、と」


 突然、座っているジャスミンがその腰に付けられたポーチを開けて、手を突っ込んだ。


「何か探しているのか?」


「うーん、ちょっとね」


 そう言ってごそごそと音を立てながらポーチの中を漁っている。


 一体、何を探しているのだろうか。そもそも、あんなポーチを持っていただろうか。大きさからして小物しか入っていないように思うのだが。


「そうね、まずはこれからね」


 ぼそりと呟くジャスミンを横目に見ながら、彼女が取り出した物のほうに目を落とす。


 ジャスミンが掴む指の先には、小指を丸めたぐらいの大きさの赤い玉。


「なんだ、それ」


 尋ねるが返答はない。


 僕の言葉など意にも介さずにポーチの中から今度は青色の同じような玉を取り出した。


 続いて茶色、緑色の玉を取り出すと、ジャスミンはこちらを見てニヤリと笑った。


「エルって戦えないでしょ?」


「まあ、そうだけど」


 小さい頃に父にどこで覚えてきたのかは知らないが、剣術を教えてもらったことがある。


 残念ながら、僕の手は剣を握ることが好きではなかったようで長続きはしなかった。それがたしか、十歳とかの時だ。


 あの時の感覚なんてものはとうの昔に忘れているし、戦えない人間という扱いになることに変わりはない。


「そんな君にはこれの使い方を教えてあげるわ」


 言って、先ほど取り出した四つの玉を見せびらかしてきた。


 彼女が自慢げに言うという事は何らかの魔法道具なのだろう。まあ、今この状況で何を見せびらかしたところで足元の絨毯には遠く及ばないが。


「それで、結局何なんだ、それ」


 尋ねると、依然としてニヤニヤした顔はこう言った。


「ちょっと見てて」


 実演するという事だろうか。たしかに、その方が言葉で説明されるより早くて簡単だ。


 ジャスミンは波打つ絨毯の上に立ち上がり、四つの玉のうちの茶色い玉だけを残し、残りの三つをポーチの中にしまった。


「何をする気だ?」


 するとジャスミンは小さく振り返り、ニヤニヤとしていた表情を一変させ、小さく微笑んでもう一度前を向いた。


 そして玉を握る右手を大きく振りかぶり。



 思いっきり遠くへ投げた。



 投げられた玉は遥か後方の地面にぶつかったように見えた。それだけならなんて事のない、ただの玉を全力で投げただけなのだが、やはり魔法道具というものは普通では起こりえない現象を引き起こす。


「なんだ、あれ……」


 そんな声を漏らしてしまった。いや、漏らさざるを得なかった。


 だってその光景は誰がどう見ても普通ではないのだから。


「土が……」


 盛り上がっていた。正確に言うと土の壁が出来上がって、道を塞いでいた。


「私が作った魔法道具よ。それぞれの色の玉が四素因に対応していて、投げて地面にぶつかると壁ができる。ただそれだけの魔法道具よ。誰か、何かに追われている時に役立つもの。炎の壁でも、水の壁でも、風の壁でも何でも出来るわ」


 てっきり、戦う道具か何かだと思い込んでいた。いや、使い方によっては武器にもなるだろうが、彼女の説明を受ける限り、「逃げるために使う」というのがこの道具の目的であるように思えた。


「で? これを持っておけと?」


「うん。それぞれ一つずつ、持っておくといいわ。護身用よ、護身用。人に向かって投げちゃダメだからね」


 まるで、母親が子供に危険なおもちゃを買い与えた時のような台詞をジャスミンが口にする。


 近づき握りこぶしを突き出してくるジャスミンのその手の下で、片手で受け皿を作り、落ちてきた玉を四つ受け取る。


 触った感じ、ガラス玉のようだった。よく見てみると中は空洞らしく、その中にある霧のようなものが色を持っていた。


「その色がついているのが精霊。もっと厳密に言うとその集合体ね」


「精霊ってのは目に見えないんじゃないのか?」


 精霊についてそこまで詳しいわけではないのだが、「万物に宿る精霊は、存在は在れど、姿が見えることは決してない」、みたいなことをツルカが言っていた気がする。


「これに関しては私の持論でしかないんだけど、“精霊の息吹”みたいなものかしらね。彼らも生きているわけだから呼吸はするんだもの。単体では目に見えない呼吸でも、集まったらこれぐらいには可視化されるんだと思う」


 ジャスミンにとってもこれは不確かな事物らしい。


 魔術自体、僕は全く分からないわけだが、きっとそういうものなのだろう。もしかしたら魔術を行使する際の光の正体もこれなのだろうか。


「あとは、これの使い方を教えておくわ」


 そう言ってジャスミンが取り出したのは、ただの木片だった。いや、木札と言った方が正しいだろうか。


 握るのにちょうど良い大きさで、それでいて薄い木の板だ。


「それは?」


「これは実際に見せられないから口で説明するけど、この木札を折ると、折った人の縁のある場所に無作為に飛ばされるっていう魔法道具よ」


「縁のある場所?」


「もっと言うと一度訪れたことのある場所。一度訪れた場所とは糸で繋がるの。運命とかそういう奴ね。それを手繰り寄せるのがこの魔法道具の本当の意味」


 そう言って一本木札を手渡してくる。


 その木札には何やら文字のようなものが書いてあった。残念ながら知らない文字だ。母が時々口にする「古代語」というヤツだろう。


 使い方を教えてきたという事は、これも僕が戦えないから逃げる時に使えという事だろう。


「この魔法道具は全部で三本しかないから、ここぞという時に使うわ。それに、結構折れやすいからこれは私が管理しておく」


 ジャスミンは僕の持つ木札を片手でつまみ上げると、もとあったポーチの中に丁寧にしまい込んだ。


「他にもたくさん魔法道具はあるけど、とりあえずエルに知っておいてもらわなくちゃいけないのはこれだけよ」


 そう言ってジャスミンはポーチの蓋を閉める。


 この教えは、彼女なりの配慮なのだろう。


 犯人探しなんてものが決して安全ではないことを、ジャスミンも分かっているようだった。


 それはそうだ。下手をすれば国が滅んでいたかもしれない「ウィケヴントの毒事件」の犯人が危険人物でないはずがないのだ。


 だからもし、僕らの身に危険が及んだ場合の逃走手段を知っておくべきだとジャスミンは考えたのだ。


「それで、君は私に何を与えてくれるの?」


 前言を撤回しよう。彼女なりの配慮など欠片もなかった。ただただ何らかの見返りが欲しかっただけだった。


「そうだな……」


 知識では駄目だ。薬草に関してはその植物の名前、効能、調合した際の効果を知っておかなくてはならないが、とてもではないが一教えで覚えきれるものではないだろう。


 僕が、彼女に与えられるもの。


「これを渡しておくよ」


 僕は傍らに置いておいた小さな肩掛け鞄から親指大の瓶を三つ取り出した。


「何? それ」


「ただの傷薬だ。怪我したら怪我したところに塗るだけの、ただの傷薬だ」


 言って瓶をジャスミンに手渡す。


 するとジャスミンは何やら不満げな表情を見せて、


「それだけ?」


 短く一言だけ文句を言った。


「それだけとは何だ。貰えるだけでもありがたいと思え」


 そもそもの話、僕が彼女に与えられるものなんて大したものがない。これでも最大限有用なものを渡したつもりなのだが。


 薬だって安いものじゃないし、それをタダで貰えただけでかなりありがたいことだろうに。


 ジャスミンは未だに眉間にしわを寄せて、うーんと唸りながらも瓶を見つめている。


「まあ、いいわ。これで妥協してあげる」


 まったくもってこの傷薬の価値を理解していないようだった。一瓶銀貨三枚だぞ。


 銀貨九枚分にも及ぶその瓶三本を、ジャスミンは自分のポーチに入れた。



「ねえ、エル」


「なんだ」


「ハンメルンってどんな町?」


 どんな町と聞かれても、僕自身ハンメルンに訪れたことはおろか、ネーヴェ王国以外の土すら踏んだことがないのだ。聞かれたって何も答えられない。


「知らない」


「ちょっとくらいは下調べしてるんでしょ? おいしいご飯屋さんとか、宿とか」


 確かに、必要になるであろうことは多少は調べてある。おいしいかどうかは分からないが、食事処と宿泊施設は大体頭に入っている。


 鎖国をしている国で一体どうやって情報を仕入れたかだが、ごく稀に、ネーヴェ王国にも俗にいう「旅人」が訪れる。本当に、年に一人来るか来ないかぐらいだが。


 そういった人物が国内で国外の文化的な様子を情報という形で売っているそうだ。


「確かに調べているが、ハンメルンに関しては快適な宿屋も、うまい飯屋もないぞ」


「じゃあ、どこに泊まるの? まさか野宿?」


「快適な宿屋がないだけで、宿泊施設なら一応ある。結構ひどい場所らしいが」


 なんでも、ハンメルン自体がそれほど活気のある町ではないのだ。ここ十年ぐらいで町民は急激に減少し、暮らしている人々の年齢層も高いと聞いた。


 とてもではないが若い女の子が喜ぶような町ではない。


「治安もあまり良くはないらしい」


 良くない、というのは僕の主観かもしれない。ネーヴェ王国自体が治安のいい国なのだ。犯罪が起きること自体が少ないし、起きたとしても軍、もしくは警吏隊がすぐに解決する。


 だから国外ではハンメルンぐらいが普通なのかもしれないが。


「ゼラティーゼ王国って今は国政があんまり良くないんだっけ?」


 ジャスミンが小首を傾げる。


「らしいな」


 ゼラティーゼ王国の現在の女王、テレーズ・ゼラティーゼは尋常じゃないほどの独裁的な政治を続けているらしい。


 歯向かう者は殺す、思い通りにならない者も殺す、とにかく自分の気に入らない者は殺す。


 ここ半年近く、そういったことを続けているという話だ。もちろん、異を唱える者もいたそうだが、歯向かえば殺されて終わりというのが分かっている以上、誰一人として逆らうことができない状況となっている。


 政治が行き届いているのも王都だけで、周辺のハンメルンのような小さな町は手つかず状態の荒れ放題といった感じだと、ツルカからも話を聞いていた。


「大丈夫かな……」


「まあ、何とかなるだろ」


 というより、何とかしてもらわねば困る。こんなところで息詰まってなどいられないのだ。


 さっさとこの旅を終わらせてネーヴェ王国に帰る、それを達成するために厄介ごとを抱えるわけにはいかない。


 ただ、どう自分に言い聞かせても“不安”の二文字を拭いきれなかった。


 仕方がないことではある。僕もジャスミンも、初めて訪れる場所なのだ。不安に思って当然なのだ。


 そのとき妙に強い風が吹き、足元の絨毯をはためかせた。


 それはなんだか、僕の不安感を煽っているかのようだった。


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