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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第7章~ハンメルンの町~
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95.出国審査

 この国の関所というのはなんとも飾り気のない見た目をしていた。


 この関所には『瞳の魔女』セラ、『心操の魔女』クルラの二人の魔女が滞在している。はっきり言って無茶苦茶強い、らしい。


 だからもっと、荘厳な佇まいをしているとばかり思っていたのだが。


「関所って、こんな風になってるのね……」


 どうやらジャスミンも同じことを思ったようだ。


 だって目の前に立てられている物は誰がどう見てもただの小屋だ。味気のない、質素な見た目。


 趣味で農作業を営む老夫婦の家みたいな、そんなイメージだ。


「とりあえず、中に入ろうか。でないとこの国から出られないわけだし」


「それもそうね」


 言ってジャスミンはその小屋の取っ手に手をかけた。


「あの、ごめんください」


 おずおずとしながらその古臭い扉を開ける。そして、ジャスミンの緊張感をほぐす気が微塵もないかのようなキィッ、という耳障りな音。


 少し空いた扉から中の様子を窺う。


 中にいたのは、齢五十ぐらいの女性が二人。


 部屋の中央のテーブルで、どうやら茶を飲んでいたようだった。


 二人がこちらに目を向け、「あら」と声を漏らす。


「あの、出国したいんですけど……」


 隙間からその身をよじらせて中に入る。どうやら内装は外装とは打って変わってかなり綺麗に整えられていたものだった。


 家具はアンティーク調で統一され、ちょっとした豪邸の一室みたいな雰囲気だ。


「出国審査ですか?」


 手前側に座っていた女性にそう問われ、ジャスミンがこくこくと首を縦に振る。


「セラ、審査をお願い」


 すると、セラと呼ばれたもう一人の女性は小さく頷き、ジャスミンと、それから僕の方を交互に見た。


 もともと持っていた情報と照らし合わせると、彼女らがそれぞれ『心操の魔女』クルラ、『瞳の魔女』セラということなのだろう。


「とりあえず、どうぞお座りください。今お茶を淹れますから」


 そう言ってクルラは立ち上がると、室内の奥の炊事場に向かった。


「そちらの女の子は、魔女ですか?」


 炊事場でお茶を淹れるクルラがそんなことを聞く。


 その間もセラは僕とジャスミンを交互に見て、時々何かに納得したかのように頷いていた。


「いえ、魔術学校を卒業したばかりの、魔術師、です」


 魔術師というのは魔術学校を卒業したものが与えられる称号だ。魔女ではないが魔術全般を扱う場合、この称号をつけられる。


 軍の魔導部隊に入れば魔術師から魔導士という称号になるらしいが、そのあたりのことに関しては僕も詳しくは知らない。


 ただ、この国に住む魔術学校を卒業した女性の八割が魔術師らしい。残りの一割が魔導士、もう一割が魔女といったところか。


「ということは、年齢は十五歳ですね」


 クルラはティーポットに沸いたばかりのお湯を入れながら、首だけをこちらに振り向かせ、にっこりとした笑顔でそう口にする。


「そっ、そうですね」


――なぜそこで嘘をつくのか。


「ところであなたは、ヴァイヤーさんのところの?」


 視線をジャスミンから外したクルラは僕の方を見て、おそらくこの髪の色と顔立ちで判断したのだろうが、僕の出自を確認してきた。


 僕自身、有名になった覚えはないが、どうやら知っている人は知っているらしい。顔立ちが父親に似てしまったこともあってか、両親の旧知の者であれば大体同じようなことを尋ねられる。


「ええ、まあ」


 クルラは可愛らしいデザインのティーカップに淹れたての紅茶を淹れると、それを盆にのせてこちらに運んでくる。


「ご両親は元気にしているかしら?」


 ティーカップを僕とジャスミンの前に置くと、クルラはお盆を丁寧な動作でテーブルの上に置き、椅子に腰かけた。


 どうにも、自分の出自を含め、両親ことを一方的に知られているようで少々気味が悪い。


 おそらく、本人たちはクルラやセラとも面識があるとは思うのだが、僕自身、この人たちに会うのは初めてだ。


 そんな相手にこんな風に馴れ馴れしく話されるのは少し、緊張する。


「まあ、それなりに」


 可能な限り話が広がらない答え方をしておく。


 早いところ、出国審査とやらを済ませて、この国を後にしたいという気持ちが強かった。


 僕の言葉を聞いたクルラは、「そう」と短く答えてから、少しだけ息を吸って、それを吐き出すように口を開いた。


「出国の理由を尋ねてもよろしいですか?」


「それは……」


「母からお遣いを頼まれました。薬に使うローイラの花という植物が、この前の大雨で全部ダメになったそうで、隣のゼラティーゼ王国まで行けば質のいいものが自生しているそうなので、それを取りに行くだけです」


 ジャスミンが何かをしゃべろうとしたところを急いで僕が塞いだ。


 ジャスミンが嘘をつくのが下手なのは僕も知っている。だからもし、彼女が何か口を滑らせたらこの旅が早々に失敗に終わることになる。


「クルラ、終わった」


 突然、ずっと黙っていたセラがクルラの方を指先でつつき、それだけ口にするとクルラに何かを耳打ちした。


「……事情は分かりました。あなたたち二人の出国を認めます。最後にお二人のお名前を教えてください」


「ジャスミン・カチェルアです」


「……エル・ヴァイヤー」


 名前だけを機械的に発する。


「出国審査はこれで終わりです。どうぞ、良き旅になりますよう、私たちも祈っています」


 クルラはにこやかに笑うと立ち上がって小屋の出入り口の扉まで向かうと、その古びた取っ手をひねって扉をあけ放った。


「それでは、いってらっしゃい」


 そんな決まりきった送り出す言葉を口にした。


 その様子を見て、僕もジャスミンも立ち上がった。


「それじゃあ、えと、行ってきます」


 依然としてたじたじとした様子でジャスミンは外に出る。


「……行ってきます」


 同じように、その言葉を言ってからその古びた関所の扉をくぐった。


 振り返ると、奥の方ではセラがひらひらと小さく手を挙げて左右に振っていた。怖いことにその表情は無表情だったが。


 クルラの方は相変わらずにっこりと笑っていた。


 この国の実力派の魔女と聞いて、勝手に威圧感のある人だとばかり思っていたが、実際にはごく普通の女性にしか見えなかった。


 当たり前だろうと言われれば、そうですねと返さざるを得ないが、如何せん普段会うこの国一番の魔女が人間離れしているとなれば、人の身を捨てているのではとか考えてしまうのだ。


「綺麗な人だったわね」


 隣を歩くジャスミンはそんな感想を抱いたようだった。


 確かに男の僕から見てもクルラとセラはなかなかに目鼻立ちが整った顔をしていた。


 彼女らの白に少しだけ金を足したような、絹のような髪色もなかなか印象的だった。


「まあ、そうだな」


 それだけ返しておいた。


「私も、あんな風になりたいなあ」


 ジャスミンがぼそりとそんなことを呟いた。


――無理だろう。


 そう思ったが、口に出すのはやめておいた。


 こう言ってはあれだが、ジャスミンには女性らしい体の起伏、要するに色気みたいなものが足りていない。


 背も低く幼さがにじみ出ている。十四歳だからまだ間に合わなくもないと思うが、現段階では何も言えることはない。


「だといいな」


 適当に言葉を紡ぐ。


「さっきからそっけないわね」


 別にそんなことはない。いつも通りだ。そもそも、興味関心がそこまでないことに対して何か言葉を残したところで、大して意味がない。誰の役にも立たないただの戯言だ。


「平常運転だよ。興味がないことに口を開いても意味がないからな」


 僕の言葉を聞いて納得したのか知らないが、


「ふうん」


 鼻で適当に返事をする、冷たい反応を見せた。


「で、そろそろ本格的に移動を始めるんだろ。出さないのか、空飛ぶ絨毯」


 別に、魔術に興味があるわけではないが、ジャスミンが「移動には空飛ぶ絨毯を使う」と言ったときから気になっていた。


 自分自身、そんなことを気にしていること自体が恥ずかしくて仕方がなかったが、珍しく、僕の興味関心を引いた物事だった。


 なんせ小さい頃に読んだ東洋のおとぎ話に出てきた代物だ。実在するのであれば見てみたいし乗ってみたい。


「君、そんなに絨毯に乗りたかったのね」


「別にいいだろ。好奇心なんてものは簡単に止められるもんじゃないんだ」


「まあ、君がそこまで言うなら……」


 そう言うとジャスミンはその背中に背負った大きな鞄を下ろすと、その鞄を開けて中から赤い小さな布を取り出した。


「それは?」


「絨毯よ」


 ちょっと何を言っているのか分からない。この小さなハンカチのようなものが絨毯なわけないだろう。


 仮に絨毯だとして、こんな小さなものの上にどうやって乗るというんだ。


「小さすぎないか?」


「小さくしてるだけよ。今大きくするから」


――ああ、そういう事か。


 おそらくだが、魔術で大きさを小さくしたのだろう。まったく本当に便利なものだ。たしかに、絨毯というと大きさが大きいし持ち運ぼうと思うとかなり嵩張る。小さくできるのであればそれに越したことはないだろう。


大きくなって(アヴァクセン)


 ジャスミンが呪文を唱えるとその赤い布切れは少しずつ大きくなり、大きくなり……。


「ちょっと待て。一体どれくらい大きくするんだ?」


 すでにその大きさは絨毯一枚分を優に超えていた。二倍ぐらいの大きさがあるように見える。


「こんなもんでいいかしら?」


 むしろ十分すぎるほどだ。一体何を乗せるつもりなのか知らないが、少し大きめの部屋の床を丸々浮かせたかのようだ。


「大きくないか?」


「大は小を兼ねるって言うじゃない。小さいよりはいいでしょ?」


 それもそうだが。


 まあ、この大きさで問題が生じることはないだろうからここは引き下がっておこう。


「実は私も初めて乗るのよ。さ、乗って乗って。長い旅の始まりよ」


 そう言うジャスミンの顔にはにっこりとした笑顔が浮かんでいた。


 どうやら、ジャスミンもこの絨毯に乗ることを楽しみにしていたのだろう。まあこれならいつぞや見せられた天気予報玉よりは魅力的だ。


 ジャスミンに促され、足を少し手前で浮いている魔法の絨毯に乗せる。


 少しだけ沈み込むような感覚に少しだけドキッとしながらも、その絨毯は僕の足をしっかりと支えてくれていた。


「おお……」


 思わず、感嘆の声を漏らす。


 実に不思議な気分だ。乗っているはずなのに浮いている。何を言っているんだと言われそうだが本当にそうなのだ。


「よいしょ、っと」


 僕に続いてジャスミンも絨毯に乗る。


 少しだけ絨毯が波打って、僕の体ごと揺らす。普通だったら体勢を崩しそうなものだが、どうやらこの絨毯、そのあたりも考えて作られているようで、足元だけが波をよけているかのように揺れることはなかった。


「えっと、あとは行先を指定するだけ……」


 ジャスミンは使い方を確認するように呟くと、絨毯の中央に取り付けられた黄色い宝石まで移動するとそこにしゃがみ込んで手を当てた。


「ハンメルンまで、私たちを連れて行ってちょうだい?」


 ジャスミンがそう口にすると、僕たちを乗せた絨毯はまた少し上に上昇し、少しずつ前進を始めた。


「これは、すごいな……」


 この絨毯、乗り心地がいい上に馬車よりも少し早い。


 こんな便利なものが存在すると思うと、馬車なんてものが必要ないのではと感じてしまう。


「でもこれ、私のお母さんしか作れる人いないのよ」


「お前は作れないのか?」


 ふと疑問に思ったことを聞いてみた。『創出の魔女』たるシエラの娘であるならば、作り方を知っていてもおかしくないのだが。


「うーん、ここまでの物は作れないわ。中央に取り付けてあるこの宝石が私じゃとてもじゃないけど作れないの」


 となると量産が難しいという事なのだろう。


「シエラさんは本当にすごい人だな」


 当たり前かもしれないが、実際にこうして彼女の作った魔法道具を使ってみて改めて実感した。


 本当に、風を切るようにして進んでいる。


 これなら思ったよりも早くハンメルンに到着しそうだ。予定より早くローイラの花を確保できるかもしれない。


 そんなことを思う僕と、絨毯の下を覗いて未だに感動しているジャスミンを乗せた絨毯は、風に乗っているかのようにハンメルンの方角に向かって行った。




§




 バタリと音を立てて入口の扉が閉まるのを確認すると、クルラは振り返り、


「お茶の続きをしましょうか」


 セラにそう告げ、自分が座っていた席に戻り、熱を捨てたティーカップに手を伸ばす。


 しかしセラはその進言などものともせずに、思っていた言葉をその口から吐き出した。


「あの二人、本当に行かせて良かったの?」


「仮に引き留めたとして、あの少女が止まるなんて思えないわ。あの意思は本物よ」


「……クルラがそう言うなら」


 このことに関して自分の中で納得したのか、セラも同じように席に着いた。


 『心操の魔女』クルラは人の心を読み取れる。彼女の前ではどんな隠し事も、嘘も、虚言も、薄氷のように薄いものでしかない。簡単に破れる。


 だからこそエルとジャスミンの旅がローイラの花を取りに行くことだけではないのは分かっていた。


 『瞳の魔女』セラは、全てを見通す「魔眼」を持っていた。


 彼女らが行う入国、出国審査なるものはこの魔眼を介してのものだ。危険なものを持っていないかだとか、持ち込み禁止物品、持ち出し禁止物品を持っていないかなど、そういったものを全て見通していた。


 だから二人とも、エルとジャスミンの旅の目的を理解していた。理解していたうえで送り出していた。


 彼ら彼女らの行動は、誰もが分かっていながらも誰もとらなかった行動だ。


 女王でさえこの国の在り方を守るために、「ウィケヴントの毒事件」の追求を諦めた。


 それを解明しようとする者がいる。それを止める権利など、セラもクルラも持ち合わせてなどいなかった。


「とりあえず、このことはツルカ様に報告しましょうかね。もし何かあったらいけないもの」


 クルラはそう言うと立ち上がり、


「紅茶のおかわりはいるかしら?」


 空っぽになったティーカップに目を落とすセラにそう尋ねた。


 その言葉に、セラもいつもと同じようにコクリと首を縦に振った。


 こうやってまた、クルラとセラの日常は、ティーカップに紅茶が注がれる音と共に再開された。



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