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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第6章~魔女嫌いな少年~
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90.古い時計のネジを巻いて

 退役した元兵士というのは何かと重宝されがちだ。今となっては元兵士でよかったと言わざるを得ない。おかげで今はこうして職には困っていないのだから。


 ジークハルトは書類の整理をしながら、昔のことを思い出していた。


 このネーヴェ王国に来てからすでに二十年近くが経った。若かったあの頃とは違い、加齢臭漂うおじさんになってしまった。


 職には困っていないと言ったが、別に今の職に就かずとも暇を持て余す残念な大人になっていたわけではない。


 元々は魔女であり妹でもあるダイナが開いた店を手伝おうと思っていたのだ。


 そんなときにたまたま偶然この国の女王に会う機会があって、この仕事に就けと言われたのだ。


 初めは断ろうとした。


 だがなんというか、この国の女王は、出で立ちは十代のそれなのだが、どこか威圧感のある目をしていた。


 話によると随分と長く生きているらしい。


 それはそうとして、その威圧感に押されて今の身分に押し込まれたのだ。


 この仕事、一言で言うと悪いやつを捕まえるのが仕事だ。俗にいう警吏だ。


 ネーヴェ王国にはしっかりとした兵士が所属する軍があるし、なんなら少数精鋭の騎士団なんてものもある。


 ジークハルトが所属している警吏団体、通称ネーヴェ警吏隊はそれらの組織を使うまでもない小さな犯罪だったり、人間同士のトラブルだったりを取り締まるのが仕事だ。


 どうやらネーヴェ警吏隊は割と最近設立されたらしい。


 ジークハルトがネーヴェ王国に訪れる五年ほど前に、兵士の一人が退役し、女王に申し込んで組織したという話だった。


 そんな組織に入ったジークハルトが、なぜこんな狭苦しい部屋で書類の整理をしていたかというと。


「……見つけた」


 手に取った大きめの紙袋。


 その紙袋には少々乱雑な文字で「極秘」とだけ記されていた。


 それが意味することはつまりは見てはいけないものだ。


 しかしまあ、ジークハルトも警吏隊に入って二十年だ。元兵士としての技術と、持ち前の真面目さでそれなりの地位にはついている。


 ただし、朝は今でも妹に起こしてもらっている始末だが。


 この極秘書類を見たとして、それを咎めるのは軍の偉い人か、騎士長ぐらいなものだろう。


 そう思って封を開ける。


 中にはいくつかの似たような形式の書類が複数枚入っていた。


 どうやら極秘の事件や出来事に関するものが全部まとめて入れてあるのだろう。


 ジークハルトはその書類たちに一枚ずつ目を通しながら目的のものを探した。


 それはあっさりと見つかった。


「これか」


 妹が、「夢を見た」と言ってきた。


 普通の人が聞けばそれだからどうしたと言われても仕方がないのだが、妹の、『夢の魔女』ダイナが見る夢には特別な意味があった。


 ダイナが見る夢は、未来視のようなものがある。


 誰かの人生を大まかになぞり、その少し先までを見通すような夢らしい。


 今回もその未来視のような夢を見たらしく、それが随分と気分の悪くなるような終わり方だったらしい。


 その夢で辿ったのは一人の女の子の人生だった。


 十三歳まで何の不自由もなく生活していたのだが、ある日突然誘拐された。そこから誰かに魔術を教え込まれ、最後にはその人に裏切られて死ぬ。


 そういう夢を見たらしいのだ。


 それがどうやらこの国に住んでいた少女らしく、その手の誘拐事件を洗いざらい調べたのだ。


 しかし、夢と一致するようなものは出てこなかった。


 少女の容姿、誘拐された年齢など、夢に出てきたような少女が誘拐された事件など一つも見当たらなかったのだ。


 そもそもの話、誘拐事件なんてものは普通に考えればすぐに解決されるものだ。理由は、誘拐犯は国外に出ることができないから。


 誘拐をして、そのまま国外に出ようものなら、この国の門番の役割をしている魔女に捕まって終わりだ。


 国内に隠れていたとしても、範囲は限られている。警吏隊も軍もそれなりの実力がある。


 簡単に逃げ切れるようなものではない。


 しかし犯人はまだ見つかっていない。見つかっていれば捜査報告書なりなんなりにそういう記述があるはずだがそれがなかった。


 となるとこれは何かが普通ではない誘拐事件となる。


 そうなると管轄が警吏隊から上に流される。


 つまるところ、その情報は軍上層だったり騎士団だったりが秘匿している。


 そう思い、こうして隠れて極秘書類を漁っているわけだが。


「名前、トカリナ・リャファセバル。ウィケヴントの毒事件の際に失踪。かつて魔術学校に在学していた……」


 上から順番に目を通す。おそらくだが、この少女で当たりのはずだ。


 書類に張り付けられた少女の肖像画は、ダイナから聞いていた容姿の情報と一致する。


「足取りが全くつかめない状態。少女の身辺を探ったが、そう言った形跡は見られなかった。友人関係での問題もなく、多くの人から慕われていた、と。女王は犯人の特定までは行っていないが、“アンネの灯火”が関係しているのでは、と睨んでいる……」


 書類にはそう記されていた。


「“アンネの灯火”……」


 分からない言葉をかみ砕くように、もう一度口にする。


 一体、“アンネの灯火”とは何だろうか。


 見当のつけようがないほど情報が足りていない。


 人名、という事はないだろう。しかしこれが何らかの人物を呼称する上での呼び方という可能性も否定できない。


 それにこの言葉が指すものが個人であるとは限らない。となると複数人からなる組織という事になるが。


「……探ってみるか」


 別に、仕事としてこの案件に首を突っ込むつもりはない。そもそも仕事ではできないようなものだから、こうしてコソコソと極秘資料を引っ張り出して調べているのだ。


 それに、別にも理由がある。


「これは……危険なにおいがするな……」


 一般人を巻き込んではいけない。そんな気がした。もちろん、ジークハルト自身もなんて事のない一般人に変わりはないのだが。


 だとしてもこれはかつてあった事件である。それを解明せずして何が警吏隊か。


 娘が誘拐された事件がほったらかしでは家族も嫌だろう。


 そう思いながらジークハルトは書類を紙袋に収め、元あった場所に元あったように丁寧に収めた。


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