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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第1章~魔女狩り~
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9.暗い穿孔で、魔女は考える~1~

 あれからミレイユとも色々と話し、かなり時間をかけて熟考したのだが、結局脱出の案が出ないまま王都に入ることになってしまった。


「……どうしましょうか、コレットさん」


 小声でミレイユが尋ねる。


 どうしても脱出する上での決め手に欠けるのだ。何か、何かないだろうか。


「やっぱりアルルさんに相談するしかないかなあ」


 ぽつりと呟く。


「アルルさんとは?」


 少女が不思議そうな顔を浮かべてこちらを見つめる。


「『傀儡(かいらい)の魔女』アルル・イリ―。

 実家が人形店らしくてね。九歳の時に隣の国の『精神の魔女』に弟子入りしたんだって。私のおばあちゃんの知り合いで何度かあったことがあるんだ」

 

 そんな風に彼女の説明を簡単にする。もっとざっくり言ってしまえば変人の一言で済むのだが、まあこの際はそれは言わなくてもいいだろう。直に分かることだ。


「あの人は頭がいいからきっと何か思いついてくれる……はず」


 必死に考えた。その結果がこれなのだ。ここまで案が出ないと、もう人に投げるしかない。


(ごめんなさい、アルルさん。全部任せます)


「その人も何も思い浮かばなかったらどうするんですか?」


 どうしようか。それこそ万策尽きた、ということになってしまうわけだが。その場合は私が、大して賢くもない頭を全力で回転させなければならない。

 

 つまるところ、年上である私がしっかりしなければならないのだ。もし、妹がいたらこんな感じだったのかもしれない。

 

 しかし逃げるとなるとやはり頭を抱えてしまう。記憶力に自信はあるのだが、何かを思いついたりという頭の柔らかさは持ち合わせてなどいない。


「うーん。強行突破……とか?」


「……コレットさんに危険回避の護石(まもりいし)あげて正解だったと思う」


 なるほど、こういう考え方が危なっかしいのか。確かに冷静に考えれば強行突破など言語道断だ。リスクが高すぎる。以後はそういう短絡的な考え方をしないように心がけようと思う。


 それにしても。


(また見られてる……)


 王都に入ってから妙に視線を強く感じる気がする。いや、実際多くの人に見られているのだろう。


 王女を殺したかもしれない魔女が運ばれてくるのだ。野次馬ができてもおかしくはない。


 こうも好奇の目で見られてしまっては後ろめたいことがなくても、なんだか悪いことをしてしまった気持になってしまう。


「もうすぐ到着する。着いたらすぐに地下牢獄に入ってもらう。そこから先はまたおいおい説明する」


 前のほうから馭者(ぎょしゃ)をやっているジークハルトの声が聞こえた。

 

 地下。聞くだけで脱出が難しそうなところだ。少しの希望も持たせてくれないあたり、現実は非情だなと思う。

 

 少しずつ不安が押し寄せてくるのが実感できた。地下となると逃げるのにも一苦労しそうになる。

 

 そもそもの話、逃げられるようなところなのか。

 

 いつの間にか馬車は王都の中心にある城の城門を越えていた。小さい頃にも目にしたのだがこうして近くで見るとその大きさが実感される。

 

 白っぽい石で作られた城門は、ぐるりと城を取り囲むように取り付けられている。


「大きい……」


 隣で同じことを考えたのか、ミレイユが感嘆の声を漏らす。


 しかし本当に大きい。小耳に挟んだ程度の話でしかないのだが、この城門ですら魔女が作ったと言われているらしい。


 それがいつの時代のなんという名前の魔女だったのかは分からないが、こうして魔女が作り出したものに守られて生きてきた人間が魔女狩りをするということを考えると、城に住む連中には失望の念を拭いきれない。別に私が作ったものではないからそんなことを思っても意味はないのだが。



 小さな小屋の前で馬車が止まった。

 

 見るからにボロボロ。本当に小さな、申し訳程度の小屋だ。よく見ると小屋を形作る木製の柱や屋根もところどころ腐っているように見える。

 

 何人かの兵士がこちらにやってきて、私の腕につけられた手錠、それから延びる鎖を無造作に引っ張る。


「降りろ」


 引っ張りながら兵士は冷たい言い方でそう言い放つ。


「ちょっ、ちょっと、あんまり無理に引っ張らないでくださいよ……」


 あまりにも乱雑な扱いにミレイユは憤りを感じたのか、言葉で小さな抵抗をした。


 しかし少女の言葉は物理の前で、無力そのものだった。鎖を引っ張られるまま、引きずり出されるように馬車から降ろされる。


「おい、『草原の魔女』。お前も早く降りろ」


 見るからに性格の悪そうな少々太めの兵士が私の腕に繋がる鎖を引っ張りながら言う。その強引さに従うように馬車を降りた。


 太い兵士は私の鎖を持ったまま、もう一人の兵士からミレイユの鎖を受け取る。


「ついてこい」


 その言葉と同時に彼の足は小さな例の小屋に向かっている。


 予想通りと言えば予想通りだ。やはりここが地下牢への入り口だったのか。確かに出入り口はここの一つだろうし見張りも楽だろう。


 板と板の間に隙間が空いている古びた扉を開けて兵士と一緒に小屋の中に入る。何もない小屋だ。本当に壁と屋根だけ。床と呼べるものはなくそこには茶色い地面が広がっている。そして唯一中央に穴。そこから梯子が伸びているようだった。


「下りろ」


 軽く背中を押される。危うく穴に落ちそうになる。本当に、乱雑な扱いだ。これが、これが犯罪者というものなんだろう。別段悪いことをしたわけでも、罪を犯したわけでもない。ただ、その可能性があるという事だけでここまでされるものだということは認識していなかった。


 不格好にも梯子を下りる。そもそも手に錠をかけられた状態で梯子を下りるというのはちょっと危ない。腕と腕の間にも鎖があったからまだ自由に動かせるのだが、そうだとしても危険なことには変わりない。


 梯子を下りると少し広い空間が広がる。しかし中は薄暗く、土の匂いで満たされていた。私に続き、ミレイユ、それから兵士が下りてくる。


 兵士の持つランプの明かりでようやくその空間の全貌が見えた。とは言っても見つかったのは階段が一つあるだけ。


 どういうわけかその方向から冷たい空気が階段を駆け上ってこちらに来ているのを感じる。


 どこか不気味なその階段は私から移動という選択肢を奪っているような感覚だった。行きたくない、と本能的に感じた。


 単純に怖いだけなのだが、足が動かない理由はそれで十分だろう。


 兵士のほうに目を向ける。


 兵士は顎を使って前に進むよう私に促した。


(そりゃ、そうだよね)


 立ち止まっていれば突き落としてでも地下牢に連れていかれそうだ。恐怖心を消し去りその階段の一段目に右足を乗せた。


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