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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第6章~魔女嫌いな少年~
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82.相談事

 今日は患者の数が少ない。


 診察室の椅子に腰かけながらコレットはぼんやりとそう感じていた。


 患者が少ないのはいいことだ。それは多くの人が健康的に過ごせている証だ。自分のような職業の人間が暇を持て余している方がよっぽどいいのだ。いいのだが、なんというかこれでは。


「暇すぎるかなぁ」


 口をついて出たのはその一言だった。別に、急病人が来てほしいとかそういうわけではない。ただ何か、誰かの役に立つことがしたい、その欲求を満たしたいだけなのだ。


 自分にできることなら何だっていい。とは言っても自分にできるのは診察と、お悩み相談ぐらいだが。


 今日に限って遊び相手すらいない。レヴォルは薬草のお遣いに行っているし、エルはどうやらツルカとデートをしているらしい。これに関しては後で詳しく話を聞かなければならない。ダイナやジークハルトもそれぞれ、自分の仕事で忙しいようだった。


 コレットにとってこの何もしない無の時間は結構苦痛だった。だからこそ、受付の呼び鈴が鳴ったのが妙に嬉しく感じた。


「今行きまーす」


 呼び鈴に返事をするようにして一声あげる。それと一緒に腰を持ち上げて受付のある方向に足を進めた。


 そこに待っていたのは一人の女の子。明るい茶色の髪に綺麗な緑色の瞳。その色に合わせたような濃いめの茶色いポンチョに下半身には短めのスカートをはいていた。


 その赤みを帯びた顔から察するに風邪でもこじらせたのだろう。


「あの、風邪をひいたので風邪薬を買いに来たんですけど……」


 ずびー、と鼻をすすりながらその少女が言う。顔を俯かせながら、しかし時々コレットの方をちらちらと見ながら、少しだけ緊張したかのように手先をもじもじさせている。


 その光景自体は別に珍しいものでもなかった。コレットにとっては日常茶飯事だ。特に魔術学校の生徒となると、今目の前でもじもじしているような子か、ぐいぐいと話を聞こうとしてくる子のどちらかだ。


「うん、ちょっと待ってね。今出すから」


 振り返り、薬品棚に手を伸ばす。指でなぞりながら一番下の棚の、左から十三番目の瓶を手に取る。


 引き出しからそれより一回り小さい瓶を取り出して軽く消毒。その小さい瓶にもう一つの瓶の中身、薬を移し替えた。


「はい、どうぞ」


 瓶の中身がこぼれないように蓋をしてその少女に手渡す。


「あっ、ありがとう、ございます。……えっと、お代は?」


 どうやらまだ緊張しているように見えた。


「お代はいらないよ。君、初めてこの診療所来たんでしょ? だから初回サービスってやつかな。次からはきっちりもらうけどね」


 そう言って、コレットは少女に小さく微笑みかけた。その微笑みが功を奏したのかは分からないが、固くなっていた少女の表情も幾分か柔らかくなり、コレットがそうしたのと同じように小さく微笑んだ。


「あのっ、『草原の魔女』様は……患者さんの心のケアとかもされていると聞きました」


 確かにその通りだ。健康というのは体だけでなく心も元気になって初めて健康と言えるものだ。患者の心のケアだって重要な事柄だ。


「うん、そういうこともしてるね」


「私の悩みを……聞いてもらっていいですか?」


 これもよくあることだった。この光景自体は見慣れたものだ。年頃の女の子は何かと悩みを抱えがちだ。恋だったり勉強だったり進路だったり。


 コレットには恋の経験と言えるものが一度しかないし、勉強も学校という空間でやっていたわけじゃない。進路だってコレットにとっては魔女になる以外の選択肢など考えもしなかった。


 そんな自分にもこの相談役ができているというのは、きっと相談してくる彼女らが本当の意味で答えを求めていないからなのかもしれない。かといって相談をないがしろにしているわけではない。


 コレットは背中を押しているだけなのだ。結局自分がどうしたいか、どうなりたいか決めるのはいつだって自分自身だ。その手助けをしているだけだということはコレットもよく分かっていた。


「悩みって、どんな?」


 受付から出ると手をこまねいてついてくるように促す。診察室の隣にちょっとした応接室みたいなところが設けてある。小さなベッドと小さなソファしかないが、悩み相談ならそのスペースさえあれば十分だろう。


 コレットがソファに座るのを見届けてから、


「これは友達の話なんですけど……」


 少女がそう切り出した。


――自分のことかな。


 心の中に浮かんだ言葉をコレットは静かに飲み込む。


「国外に、旅に出ようとしてるんです。それで連れて行きたい人がいて、でもその人は旅に行くことをすごく嫌がってるんです。それでも、どうしてもその人と行きたいんです。どうしたら、一緒に行ってくれるんでしょうか?」


 驚くことに相談内容は恋でも、勉強でも、進路でもなかった。


――これは手に余るかもなぁ。


 そう思いつつも受けてしまったものは何かしらの助言なり回答なりを示す必要がある。そのためにはいろいろと情報を集める必要がある。


「その人は、男の子? 女の子?」


「男の子です。多分私より少しだけ年上で、有名人の子供……なんです」


 その視線が一度、ちらりとこちらを見てからまた下に戻る。


 その視線一つがすべてを教えてくれるようだった。これで少し疑問に思っていたことが一つ解決した。エルがおとといの昼に出かけたことだ。わざわざ出かけると伝えてきたのは初めてだった。何かあるだろうとは思っていたが、まさかこんなかわいい女の子を引っかけていたとは。


 親として、嬉しいような寂しいような。


 どういった経緯でそういう話になったのかは分からないが、エルの性格を考えれば自分にとって不必要かつ面倒なことはすぐに切り捨てるだろう。


 さて、どう助言したものか。


 要するにこの少女はエルを説得させる方法を教えてほしいと言っているのだ。しかも当の本人の母親に。これはもう、答えなければならない案件だ。


 少しだけ思案して、すぐに結論が出た。


――無理かな。


 頭の中でそんな風に簡潔に考えをまとめる。


 あのひねくれた子供を説得するなんて方法はない。何をしたってあの子は変わらないし曲がらない。


 曲がらないからこそ、真っ直ぐにねじれてしまった。


「ごめんなさい、その子を説得する方法は、私には思いつかない」


 そうですか、と残念そうに少女は下を向かせていた頭をさらに項垂れさせる。


「けどね、あの子は人のお願いを無下にできるほどひどい子じゃないんだ。なんだかんだ言いつつも手を差し伸べてしまう。だから明日も、うちにおいで。あの子をその気にさせる方法を一緒に考えようよ」


「いいんですか?」


「うん、あの子も少しは自分に正直にならなくちゃね」


 そう、エルは真っ直ぐにねじれている。真っ直ぐにねじれているのであれば、それはそのままでいいのだ。真っ直ぐであるということ自体は変わらないのだから。


 エルのことだから、この少女の話を全部無視したわけじゃないだろう。話を聞いたうえで行かないという判断を下し、その上でそう判断した自分自身に少なからず罪悪感を覚えているはずだ。


 その罪悪感をうまいこと使えばもしかしたら。


「可愛い子には旅をさせよって言うしね」


 少女には聞こえないぐらいの声量で小さくそう呟いた。


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