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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第6章~魔女嫌いな少年~
80/177

80.訪問~1~

 室内にはペンが走る音だけが響き渡っていた。窓から差し込む太陽の光が薄暗い室内を照らす。


 机に置かれた紙にはインクが滲むのではと思うほどに文字が書きなぐられている。というより現在進行形で書いている。


 その横には『応用薬学』の本が一冊、真ん中よりも少し最後の頁に近い所を開いておいてある。


 紙と本を交互に見ながら、時々ペンを走らせながら、重要そうな言葉には本に直接メモを書いたりしていた。


「ねぇ、エル」


 目の前で名前を呼ぶ声がした。声の主が誰かはすぐに分かった。だからこそ返事をしなかった。


「エルってば」


 無視した。


「あー、聞こえないふりしてるー。お姉ちゃんの声に耳を傾ける気はないかな?」


 無視した。


 机に顔を伏せてから、こちらを見上げるように顔を持ち上げる仕草が視界の端に映る。その動きに合わせて金色のような、純白のような色の髪の毛がふわりとその細い体を揺らめかせる。


「エールーくーん、お姉ちゃんを無視しないでー」


「あーもう、うるさいな。何の用ですかさっさと帰ってください、勉強の邪魔なので」


 手に持つペンを乱雑にペン立てに刺す。


「やっと関心持ってくれた」


 そう言って目の前に座る少女はにっこりと笑う。


「ツルカさん、用もないのに家に来ないでくれませんか」


「あら、用があるから来てるんじゃないの」


 なんて言っているが、どうせ大したようじゃない。また僕を玩具みたいにして楽しむために決まっている。


「今日はエルにお願いがあって来たんだけど」


「聞きませんよ、生憎と今日は勉強で忙しいので」


 おとといはジャスミンのおかげで昼から出かけていたし、昨日は雨でなんだかやる気が出なかった。今週中にやろうと思っていたところまで到達するにはどうしても今日やらなければならないのだ。


「私と一緒にデートして欲しいんだけど」


「嫌です」


 丁重に断った。本当に今日は勉強以外何もしたくないのだ。診療所の手伝いがあるからと母に言われればそれは仕方がなく行うのだが、それ以外の、もっと言えば無駄なことに時間を割いている余裕はないのだ。


「勉強するのはいいことだけど、根を詰めすぎるのもよくないわよ。捗るものも捗らなくなるわ。多少の息抜きは何事にも必要よ」


「僕にとっては勉強そのものが息抜きなので」


 はあ、と小さなため息が聞こえた。


「ああ言えばこう言う……年長者の助言ぐらいちゃんと聞きなさい。こう見えて百年近く生きてるんだから」


 百年生きてる奴は孫も同然の相手をデートに誘わないと思うのだが。


 しつこいなあ、と頭の片隅で思う。要は勉強以外で息抜きすればいいのだろう。だったら話は簡単だ。


「分かりましたよ、息抜きしますから。なので今日は帰ってください」


「どうして私が帰ることになってるの」


「僕にとっての究極の息抜き方法があるので。それは一人じゃないとできないので今日は帰ってください」


 言いつつ自室の扉の取っ手に手をかける。


「そういう事なんで、それじゃあ」


 ここまで言えば諦めてくれるだろう。普段からこういうことに関してはしつこいしうざったい人だが、今日はそれに拍車がかかっていた気がする。そうまでして連れ出したい理由なのか。


 しかしまあ、この人の考えることだ。大したことじゃない。


「ねえ、エル。この国で一番偉い人って、知ってる?」


 ああ、まさか。よりにもよってそれを引き合いに出してくるとは。全くずるい人だなと思う。もっと言ってしまえば大人げない。本当に百歳なのかこのおばあさんもどきは。


「……職権乱用ですよ」


「こういう時こそ使いどころだと思うの」


 にっこりと笑う。まるで悪魔の微笑みだ。実際、悪魔のような人ではあるのだが。


「……それで、どこに連れていきたいんですか」


 これでその要件がくだらないことだったら渇いた笑いすら出ない事だろう。


「ちょっと思いついたことがあってね、私はその専門じゃないからその道の人に依頼をしていたの。その品物を今から取りに行くんだけど、誰かに自慢しようと思って」


 やはり渇いた笑いすら出なかった。


「……やっぱり行かなくてもいいですか」


 代わりに出てきた言葉は、にっこりとした笑顔に一蹴された。


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