8.聡明な騎士
「レヴォル王子殿下、何かお考え事でしょうか?」
そう言われて僕は、ハッと我に返った。
「……ああ。まあそうだが、大した考え事じゃない」
口ではこう言ったが、大した考え事ではないわけではない。自分には道を外しかけている兄をどうにかしなければならない義務がある。
今まで兄弟喧嘩がなかったわけではないが、こうも真っ向から対立する事は今までになかった。
先に兄弟喧嘩の話をしたが、喧嘩が増え始めたのは約二年前だ。それまでは二人とも妹であるテレーズの世話で喧嘩などしている場合ではなかったのだ。
妹が失踪してから兄は少しずつ荒れ始めた。その頃から二人が衝突することは増えたが、それでも比較的仲の良かった兄弟だったはずだ。
「ローラン、一つ聞いてもいいか?」
傍にいる一人の騎士の名を呼ぶ。
「何でございましょうか。今晩の夕食でしたら、セルトランド産の牛肉を使った……」
「違う。そういうことを聞いたんじゃない」
「申し訳ありません。つい昔の癖で」
「さすがに子ども扱いはもうやめてほしいのだが」
ローランはこの国の騎士長も務めている人物であると同時に僕の剣術の指南役でもあった。それに加えて護衛等々で僕の傍に居ることが多かった。
頭の回転も速く、軍略にも長けているらしい。
「改めて質問する。〝魔女狩り〟について正直どう思っている。お前の率直な考えを教えてほしい」
「〝魔女狩り〟にございますか」
少し考え込んでいる。その考える様子を見る限り、彼にとっても関心の持てる対象だったらしい。
「そうですね……では私の発言を内密にしていただけるのであればお話ししましょう」
「ああ。約束しよう。なんでも正直に言ってくれ」
「では失礼して……」
コホンと一度咳払いをする。
「愚策ですな。第一王子は魔女のことはおろか、この国のことも分かっておりません。この国から魔女がいなくなれば直滅びましょう」
思った通りの回答ではあった。常に冷静さを欠かない彼であればその結論に至ることは明白だった。
「なぜそう思うのかも具体的に教えてくれ」
「はい。まず、国土南に隣接している大森林。この森林には多くの魔物が生息しています。それこそ、王国の兵士では手が付けられないほどに。
ではなぜその森の魔物たちが襲ってこないのか、ということですが、これは『森の魔女』が抑えているからです。
今でこそ『森の魔女』との交流はありませんが、約二百年前、建国の際に当時の『森の魔女』と第一代国王は手を組み、国の繁栄を図りました。
その際、森の魔物を抑えてもらう代わりに金銭を支払っていたといわれています。それが今でも続いているからこそ、この国は平和を保てているのです。また、南に接する帝国もこの森があるため容易に戦争を仕掛けてくることはできません。
ですので、もし森の魔女を処刑した場合、魔物の襲撃に加えて、隣国からの侵略が行われると私は考えます。
さらにほかの魔女たちについて申し上げますと、彼女らは一部の村や町ではおおいに慕われている存在です。そんな彼女らを処刑でもしてみれば反乱が起こりかねません。
そうすれば国力は疲弊し、次第に衰退していくと考えられます。以上が私の〝魔女狩り〟に対する考えでございます」
やはり彼に聞いて正解だった。
(考えることは同じ……か)
まず一つ分かったことがある。僕以外にも魔女狩りに対して否定的な人はやはりいた、ということだ。これだけで聞いた意味があったと言えるだろう。
そしてこれほどまでにしっかりとした意見を持っている。これならもしかしたら――。
「ローラン」
静かに、聡明な騎士の名前を呼ぶ。
「何でございましょうか」
「頼みがあるんだ」
その一言を言うとローランはその目を真っ直ぐこちらに向け、僕の言おうとしていることを理解したかのように、小さく頷いた。