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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第6章~魔女嫌いな少年~
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79.少女の目的~2~

 僕は静かに席を立った。


「お代はここに置いておくから、あんたの分と一緒に支払っておいてくれ。じゃあな」


「ちょっ、ちょっと待ってよ! 話だけでもいいから聞いて!」


 冗談じゃない。話を聞くだけというがそれ自体が非常に危険なことだ。知らなければいい情報なんていくらでもその辺に転がっている。仮にもし、その知らなければいい情報を彼女がその口から漏らしてしまったとして、それがかなり重要な、機密的なあれだったら後戻りができなくなる。


 そうなる前に立ち去るのが判断としては正解だと思う。今ならまだ立ち去れる。


「エル、私を裏切るのね! ひどい! 私にあんなことをしておいて、捨てるようにして私のもとを去っていくのね! サイテー」


「はっ、はあ!?」


 周囲の人々の目が唐突に僕の方を向く。なんとも言えない軽蔑の念が込められたその視線が刃のようになって突き刺さってくる。


 わざと誤解を招くような言い方をして引き留めるつもりなのだろう。確かに効果はでかい。僕はここで立ち去ろうと思えばできる。しかしそれをやってしまえば社会的に死ぬのは目に見えていた。


「分かった、分かったよ話は聞くから。だからそんな誤解を招くような言い方は止めてくれないか」


 にっこりとした笑顔、勝ち誇った表情。まるで昨日の仕返しにでも成功したかのような、そんな様子がジャスミンの顔には貼りついていた。


「それで、何であんたの旅に僕がついて行かなくちゃいけないんだ。友達とかいないのか」


 そう言うとジャスミンは黙り込んだ。


――いないのか。


「まあ仮に僕がついて行くとして、だ。旅の目的は? 僕が同行する理由は? 僕がついて行くことで僕にどんな利点がある?」


「話すと長くなるんだけどいい?」


 どうせ断っても引き留めて話すだろう。


「いいよ、乗り掛かった舟だ」


「えー、それじゃあ……」


 コホンと一つ咳をして、真剣な顔つきで口を開き、話し始めた。


「ウィケヴントの毒事件は知ってるでしょ? それの犯人探しをしたいの」


 それは子供の戯言にしか聞こえなかった。ちょっと考えればわかることだ。今から約二十年も前の事件の犯人を今更見つけようなんてこと自体が絵空事だ。子供がやってできることなら国がすでに犯人を見つけ出しているものだ。


 しかし国ですらその犯人を見つけられていない。そんなやつを子供が見つけられるはずがないのだ。


「何か心当たりでもあるのか?」


「なんにも」


――ダメじゃないか。


 確かな根拠があったうえで言うのであれば納得がいくというものだが。


「国が頑張って犯人探しをして未だに見つかっていないのは知っているわ。でもそれは国内しか探していないから。犯人が仮にもこの国の外に逃げているなら、この国は探しようがない。ネーヴェは他の国との国家的な繋がりが無いから、協力を仰ぐのもできない。つまりは国にはこれ以上どうしようもない」


「それで個人で動けばいいっていう発想に至ったのか」


 ジャスミンがこくりと頷く。


「しかし国外に逃げているのなら必ず関所を通るはずだ。しかもあそこに駐在しているのはこの国でも五本の指に入る実力を持った魔女なんだろ? その目をごまかして国外に出るのは難しいんじゃないのか?」


 この国には守護者と言えるような魔女が七人いる。関所にその身を置いている魔女が二人、『瞳の魔女』セラ、『心操(しんそう)の魔女』クルラがいる。相当強いらしい。とは言っても女王ツルカには及ばないが、それでもこの国の守護者と言われている魔女だ。その目をかいくぐって逃げ出すことができる人間がいるだろうか。


 たとえ犯人が魔女であってもだ。国のトップクラスの魔女を騙せるとは到底思えない。


「それは私も最初は考えたよ。でももしかしたらこの国の外にいる魔女の中で、ものすごい実力を持っている人がいるかもしれない。その可能性は否定できない」


 確かにその通りかもしれない。人はあり得ないと思うことはすぐに切り捨てる。国の外に実力のある魔女がいるわけがない、そう信じて疑わなかった。


 だからこそその可能性に目を瞑ってしまっていた。


「話は大体分かったが、それなら僕がついて行く必要はないはずだ。見ての通り僕は貧弱な体つきだ。男としてあんたの役に立てるとは思えない。一体あんたは僕に何をさせたいんだ」


「私、治癒魔術とか苦手なの」


 なるほどそういうことか。


「つまりあんたが怪我したときに治療しろってことか」


「そう、昨日やってくれたみたいな感じで」


 犯人探し、つまりは危険人物探しだ。もしかしたら怪我をするかもしれない、そう彼女は考えたんだろう。


 そのための保険、自分が苦手な部分を補える人材を彼女は欲していたのだ。


 それぐらいなら僕にもできる。逆に言えばそれしかできないわけだが。


――しかし治癒魔術が苦手ならそれを得意とする学校の友達とか……。


 そこまで考えたところである記憶が思考を遮った。


――そういえばこいつ、友達いないのか。


「……それをすることで僕にはどんな利益がある? 僕にはどんな見返りがある?」


 結局はこれ次第だ。


 大金でも払ってくれるというなら考えなくもないが、くだらないものであれば即刻この場を立ち去ろう。


「私みたいな可愛い女の子と二人旅できるだけで十分じゃない?」


 僕は静かに席を立った。


「お代はここに置いておくから。それじゃあ」


「待って待って! 冗談! 冗談だから!」


「だったら本当のことを言ってくれ。それ次第では考えてやらんでもない」


 目の前ではウェイターから渡されたピンク色のイチゴジュースを受け取りながらうーんと頭を悩ませる少女の姿が映っていた。


「それじゃあ、私の全部をあげるよ」


「は?」


 本日三度目の、周囲から投げつけられる視線のナイフ。彼らからしてみればこの二人は一体どういう会話をしているのかという感じだろう。


 きょとんとした表情のジャスミンは反応に困っている僕の顔と、周りの視線を交互に見ながら、自分の失言を思い出すように顔を赤くする。


「ちょっと待って今のなし。全部あげるっていうのはなんというか、言葉の綾というかそういうやつで、そうね、私の持つ魔術に関する知識とか、そういうものをあげるわ。うん、そういう意味合いで言ったのよ、さっきのは」


 先ほどのことをさも忘れていますよと言わんばかりの声と表情で飄々(ひょうひょう)と続ける。


 その顔は未だに真っ赤だ。


「別に僕はそんなもの欲していない。魔術の知識なんてあっても僕には使えないんだから必要ない。もっと他にないのか。金とか」


「知識はあるだけで武器になるわ。君の不利益になるなんてことは絶対にないと思うんだけど。それじゃあ、うちの店に置いてある商品全部タダ、っていうのを付け加える。これでどうよ。お金じゃないけどそれに匹敵するぐらいのものよ」


 その言葉が、彼女が譲歩できる最大限だったことはすぐに分かった。赤くなっていた顔は元に戻り、その代わりに浮かんでいたのは真剣そのものだ。


「あんたの家、何を売ってるんだ?」


 何を売っているのか知っておく必要があった。この国には魔女だけでなく多種多様な人がいる。そして彼らも生活をしているわけであって、そのためにはお金が必要なわけで、そのためには何かしら商売をする必要が出てくる。


 本当に色々な人がいろいろなものを売っている。自身の趣味も兼ねた手芸作品だったり本当にごみと間違えるような雑貨、もしかしたら本当にごみを売っているのかもしれないが、それが意外と売れていたりもする。


「私の家はカチェルア魔道具店っていうお店よ。主に魔法道具とか売ってる。あとはまあ、そうね、お母さんの趣味で可愛いアクセサリとか、そういう雑貨も売ってるわ」


 つまり僕には必要のないものを売っている。タダになったところで僕がその店に足を運ぶことはないだろう。アクセサリなんて、女の子が付けるものじゃないか。それに魔法道具だって別になくても生きていける。わざわざそんなものに頼る必要もない。


「僕には必要ないものばかりだな」


 総括した感想がこれだった。


「本当にそうかしら。魔法道具って便利なものよ。例えばこれ」


 そう言って、ジャスミンは懐から何やら丸い、球体のものを取り出した。中には七色のガラス玉。それが宙に浮くようにふよふよと浮かんでいる。


「なにそれ」


「これは次の日に雨が降るかどうか教えてくれる魔法道具。雨が降る時は中のガラス玉が上の方に浮くの。降らなければ下に沈む。明日の天気は? って聞くだけで教えてくれるの。使ってみる?」


 ものすごく胡散臭かった。でもこれが本当なら実に便利な道具だ。


「……明日の天気は?」


 半信半疑ながらもその球体に向かってしゃべりかけた。絵面はものすごいアホみたいな感じだろう。口を閉じるとじっとその球体を見つめる。


 ふよふよと漂っていた中のガラス玉が一つ、二つと上に浮かんでいき、六つ上に上がったところでその動きが止まった。


「明日は雨ね」


「嘘だろどうせ」


 馬鹿々々しい。所詮は子供だましのおもちゃだろう。


 僕は席を立った。


「ちょっと、どこ行くの。話はまだ終わっていないわ」


「今日は終わりだ。話を聞く限り、僕がついて行くものじゃない。見返りとかもいらない。旅に行きたいのなら一人で行け。周りの人間を巻き込むな」


 泣きそうな顔を横目に見ながらお代だけを机に置いてその喫茶店の出入り口の扉の取っ手に手をかける。


「明日! また明日ここで待ってるから!」


 その声を背に、扉を開ける。窓の向こう側からの視線は無視した。振り向けば立ち止まってしまいそうで、引き返してしまいそうで。




§




 よく分からないもやもやとしたものに苛まれながら自室に戻った。そのもやもやが自分の中にある良心を蝕んでいることは何となく分かった。


 何も悪く思う必要はないのだ。全く無関係なことに巻き込まれそうだったのだ。断るのは当然だ。それでもなんだか、後味が悪く感じた。



 次の日、その空の色は灰色で、ついでに言えばぽつぽつと涙を流すように雨を降らしていた。

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