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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第6章~魔女嫌いな少年~
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78.少女の目的~1~

 この日も昨日と同様天気が良かった。街中でのセールも終わりを迎え、その姿は普段の街の姿に戻っていた。


 目の前にあるガラスのコップに注がれたアイスコーヒーをカラカラとかき混ぜながら窓の外に目を移す。


 左右から交錯する人の流れの中にその姿を見つけた。なんともわかりやすいなと思う。


 その明るく茶色い髪は一言でいえば珍しい。全くいないわけではないのだが普通の人は大抵、白か黒の髪だ。茶色い髪はほとんど見ない。それに加えて翡翠のような緑色の瞳。珍しさで言えばこっちの方が上だろう。見たことがない。


 人というのは皆青い瞳をしているはずだ。魔女に関していえばこれは当てはまらないが。それを踏まえたうえでもその少女の瞳の色はどこか浮世離れしたものに感じた。


 窓の外からその少女がひらひらとこちらに手を振るのが見える。


 駆け寄ってきた少女の姿が窓の外に消え、直後にチリンと鐘を鳴らして喫茶店のドアが開く。


 いらっしゃいませ、と喫茶店の落ち着いた雰囲気とは真逆な風貌の、マスターらしき人がその低い声で小さな来客者を迎える。


 小さな来客者はその声にわき目も振らずに僕がいる席までやってきてひと言。


「ごめん、待った?」


 そんなありきたりなセリフを投げかけてきた。


 別に細やかな時間を指定したわけではないから遅刻をしているというわけではないのだが、それなりに待った。


 僕が早く来ただけと言えばそれまでなのだが。


「少し待った」


 待ったとも待っていないともとれるようなあいまいな返事を返した。


 少女は椅子を引いて腰かけると店員を呼び止め、


「イチゴジュースください」


 見た目にそぐう注文だった。おそらく魔術学校の学生だろう。十五歳くらいか。髪の色よりも濃い茶色いポンチョをはためかせるその小さな体はいかにも子供らしい雰囲気を漂わせていた。


「……今子供っぽいとか思ったでしょ」


「なんだ、また魔術で考えていること当てたのか」


「今のは違うわ。普通に当てただけよ」


 そう言って少女が少しむくれる。


 まあ、そんな会話はさておき。


「とりあえず自己紹介でもしておこうか。お互いの名前くらいは知っておいた方がいいだろ」


 そんな提案をした。


「それじゃあ私の方から。名前はジャスミン・カチェルア、年は十四歳、ついこの間、魔術学校を首席で卒業したわ」


 自慢げな表情を浮かべながらそう述べた。


 その言葉が意味するところはつまりはこの少女、ジャスミンは頭がいいということ。


「十四歳なのにもう卒業したのか?」


「飛び級で進級したのよ」


 なるほど、つまりはものすごく頭がいいと。


 人は見かけによらない。いかにもアホそうな少女ではあるが、首席で卒業のうえ飛び級生となると驚くしかない。


「頭がいいんだな」


「意外だった?」


 ふふんと鼻を鳴らしながらジャスミンが言う。


「まあ、それなりに」


 ふぅん、と冷めた反応。


「次は君の番よ。何をやっているかは昨日聞いたから、名前だけでいいわ」


 そういえば薬師だということは伝えていたなと思う。しかし薬師とは言ってもまだまだひよっこだ。絶賛勉強中だし、薬草の知識なんて母に比べれば足元にも及ばない。


「エル・ヴァイヤーだ」


 それを聞いてどう思ったのだろう。口を半開きにして、少しだけ目を丸くして。


「え?」


 短く息を漏らした。


「今、ヴァイヤーって言った? ヴァイヤーってあのヴァイヤー診療所の?」


「そうだけど」


 ヴァイヤーというのは母方の姓だ。古くから伝わる魔女の家系で、以前はゼラティーゼ王国の大森林に住んでいたらしい。


 父方はというと、どういうわけか教えてもらえなかった。何か理由があるとは思うのだが、それが何か分からない。没落貴族の跡取りかなとか勝手に思うことにしている。


「君、ネーヴェの天使様と、『草原の魔女』様とどういう関係なの!?」


 ガタッと椅子の倒れる音、同時にジャスミンは立ち上がり、大きく声を上げた。


 静かな店内にその声は綺麗に響き、何人かの客が何事だと言いたげな顔で僕の目の前に立つ少女に視線を送る。


 その刺さる視線に気づいたジャスミンは我に返り、恥ずかしさを押し込めるように顔を赤くして席に着く。


「ネーヴェの天使様とどういう関係なの」


 もう一度、今度は声量を落として尋ねてくる。


「ただの親子だよ」


「親子!?」


 もう一度先ほどと同じ光景が目の前で繰り広げられる。静かにしろと言わんばかりのマスターの視線が怖い。


 先ほどと同じように、静かにジャスミンが着席する。


「それほんと?」


 母はこの国では有名人だ。おそらくその名前を知らない人はいないぐらいに。魔術学校の教科書にも載っているとか。


 そんな教科書に載るような人物の息子が目の前にいるなんてこと、簡単に信じるのは無理があるだろう。しかしこればっかりは揺るがない事実だ。


「嫌かもしれないけど事実だ。証拠を出せと言われれば出せるものはないけど」


「あ、疑っているわけじゃないの。ただびっくりしちゃって。そうね、それなら君が薬師(くすし)だってことも納得いくし。より一層私のお願いを聞いてほしくなった」


 自分の素性を明かしたことを今になって後悔する。ヴァイヤーの名前を出すだけでこの有様だ。母は国民のそのほとんどの命を救ったとツルカからは聞いた。当人は大したことじゃないと否定してはいたものの、それもどうやら事実らしかった。


 以前、エフォード医師に薬学についての勉強をしに行ったことがあった。その時に見せられた資料、その中に僕が生まれる前の『ウィケヴントの毒事件』のことが記述されていた。


 それを読んで初めて実感した。母が本当に偉業を成したのだと。たしかに薬師としてのその功績は、普通のものではなかった。限られた時間の中での新たな毒物の発見及びそれに対する抵抗薬の製造。それを用いた治療。そのほとんどを母がやってのけたとのことだ。


 まさに国を救ったと言っても過言ではない。


 そんな『草原の魔女』の息子が今目の前にいる。何かは知らないがやろうとしていることを達成するために必要な人材らしい。だとしたら何が何でも捕まえたいだろう。


「言っておくが、僕は母みたいなことはできないぞ。魔術はもちろんあれしか使えないし、薬学の知識だって足元にも及ばない」


「そんなの分かってるわよ。だから劣化版で我慢してあげるの」


 軽く侮蔑されたことは水に流すことにする。


「それで、具体的に僕にどうしてほしいんだ。あんたは何をしようとしている」


「一言でいえば私と一緒に旅に出てほしいの」

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