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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第6章~魔女嫌いな少年~
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77.出会い~2~

 家に着くころには太陽はかなり西の方に傾いていた。


「ただいま」


 その一言を言ったのを後悔したのはその少女、いや、女性だろうか。とにかくその女の姿を見てからだ。


 裏口からひっそりと帰ればよかったなと思う。


「おかえり、エル。待ちくたびれたわよ」


「……なんで女王様が家にいるんですか帰ってください」


「あら、昔みたいにツルカお姉ちゃんって呼んでくれてもいいのよ?」


 このうざったい性格は昔とさして変わっていない。というかその姿も声すらも何一つ変わっていない。


 それがこの人、ツルカ・フォン・ネーヴェだ。この国で一番偉い人、女王様だ。母とそれなりに親密な関係らしく、昔はよく遊びに来ていた。わざわざ城を抜け出して。


 どういうわけか歳をとらない。僕が小さかった時のままの見た目だ。その時の僕にとっては少し上のお姉ちゃんぐらいだった。今となっては見た目では完全に年下だがどうやら百年近く生きているらしい。


 さすがは魔術大国を統べている魔女なだけある。不老不死とかそういうのもお手の物なのだろうと思ったのだが、


「たまたま偶然こうなったから二度とこの魔術は使えないわよ」


 本人はそう言っていた。


「それで、何しに来たんですか」


「んー、コレットとレヴォルとお茶しに来たのよ。ついでにエルに誕生日を祝ってもらおうと思って」


「別にプレゼントとかなにも用意してないですよ」


 昔は祝っていた。とは言ってもまだまだ僕がクソガキの域を出ない頃だ。その辺で摘んだ花を束にして渡したりした。


 思い返せばごみを渡すのと同義だったと思う。どうせ花を渡すなら花屋で買えばいいものだろうに。


「何か欲しいわけじゃないの。あなたに『ツルカお姉ちゃん誕生日おめでとう』って言ってほしいだけなの」


 どうしてそれほどまでにお姉ちゃんと呼ばせたいのか分からないが、


「はいはい、おめでとうおめでとう」


 適当にあしらった。


「もー、つれないなあ。昔はあんなに可愛かったのに」


「エルももう十八歳だからな。お姉ちゃんに甘えるのが恥ずかしいだけだろう」


 また父親が余計なことを言いやがる。父、レヴォルはその辺のデリカシーというか、一言で言ってしまえば空気が読めない。こんな風にはなりたくはないと心底思う。


「……部屋に戻って薬学の勉強するから、それじゃあ」


 そう言い捨てて奥にある階段に足を向けた。


「あとそれと、明日お昼から出かけるから。夕飯はいつも通り部屋の前に置いておいて」


 階段を途中まで登りかけたところで言う。おそらく両親には僕の足しか見えていないだろうがいつものことだ。


 はいはい、という母の軽返事が返ってきたのを聞いてからその足を次の段に持ち上げた。




§




「ジャスミン、あなたなにしてるの」


 箪笥をごそごそとする姿を見ながらひとりの女性が珍しいものを見るようにその少女、ジャスミンに問いかけた。


 ジャスミンはビクリと体を震わせておどおどしながら振り返る。翡翠色の瞳に焦りの色を浮かべながら口を開く。


「あ、お母さん。……えっとこれはその、なんていうか、オシャレに目覚めた? ってやつ?」


「なんでまた急に」


 適当に返されると思っていたジャスミンはこの事情に踏み込まれたことに一層の焦りを感じた。正直に言ってしまえば絶対にからかわれる案件だ。それに自分がやろうとしていることを知ればこの人はきっと止めるだろうと、分かっていたのだ。


 だから誤魔化した。


「なんとなくよ。学校も卒業したし! 魔女デビューってやつ?」


「あなた、魔女になるつもりはないって前に言ってなかったっけ?」


 ぎくり。


「そもそも魔女デビューなら今のあなたの格好でいいじゃないの。あなたが今手に持ってるそれ、お母さんが若い頃にお父さんとデートしたときに着てたやつだし、とてもじゃないけど魔女っぽくはないわよ」


 ぎくり。


「もしかして男でもできたの?」


 女性にはすべてお見通しのようだった。その顔はにっこりとした笑顔が浮かんでいる。


 男ができたわけじゃない。恋愛経験もなければ恋心を抱いたこともない。告白されたことだってないし、そもそもジャスミンには驚くほどに人が寄り付かない。


「……お友達と食事するときって、どんな格好で行けばいいと思う?」


 結局全部話した。



 女性はそれを聞いて大声で笑った。


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