75.魔女嫌い
コレットの物語が終わりを迎え、新しい物語が始まります。魔女嫌いの青年の物語を、どうぞお楽しみくださいませ。
――僕は魔女が嫌いだ。
彼女らは人の心を理解していない。人の心の汚さを知らない。人を綺麗なものだと思い込んでいる。自分が汚物に触れているとも知らずにそれをその手で撫でようとする。
優しくしようとする。
僕から言わせればそんなもの、ただの偽善でしかない。誰にでも優しくする彼女らは、人の黒い部分を知らない彼女らは、その偽善に従うままに行動する。まるで奴隷のようだ。
そんな魔女が、僕は大嫌いだ。
§
魔女と違って植物は気楽でいい。まず植物はしゃべらない。それに自分から動くことは決してない。いや、全くないとは言い切れないが、しかしそれでも多くの植物はその根を地面に張り付かせ、しがみ付くようにして生きている。
それに植物は、毒になるものや薬になるものとその姿は多種多様だ。害にもなりうるし益にもなりうる。分け隔てなく人に良くする魔女よりも人間らしいではないか。
そんな植物に囲まれている今この時間が僕にとっての癒しだ。
「あー! エルったら、こんなところにいた」
寝そべる頭の方から、そんな風に名前を呼ぶ声がする。その声は僕にとって誰よりも憎たらしく、嫌いな声だった。
顔を動かすでもなく、寝そべったまま空を流れる雲を目で追いかけながら、声の主に尋ねる。
「母さん、診療所は?」
母は魔女だ。このネーヴェ王国で小さな診療所をやっている。魔女としての名前は『草原の魔女』と言うらしい。
全くもってその要素がないわけだが、一度決まってしまった魔女の名前は変えられないと聞いた。
昔は広い草原に佇む小さな家に住んでいたらしい。羨ましい。
「診療所は今はレヴォルに任せてる。もうお昼だから、ほら帰るよ」
そう言って僕の腕を引いて立たせようとする。
「いいよ、僕はもう少しここにいるから。先にお昼食べてて」
こんなに天気がいいのに屋内で昼食をとるというのはもったいない。暗くて薬品の匂いが漂ううちの家、診療所は嫌いじゃない。ただそこでご飯を食べられるかと聞かれたら、苦い笑顔を浮かべて首を横に振るだろう。
「もーっ、そんなこと言ってないで帰るよ。ご飯の後、エルには薬の調合を手伝ってもらわなきゃいけないし。あとお遣いもお願いしたいから」
「……診療所の手伝いを出してくるのはずるいぞ」
診療所を手伝えと言われてしまえばさすがに断れない。調合も、お遣いも大事な仕事だ。何事も影の功労者というものがある。表立って行動しない人がいるからこそ表側は万全に動ける。
「嘘は言ってないよ? 三番と十四番と六十二番の薬を調合してから三百六十四番の薬を作る薬草を買ってきてほしいの」
はいはいと適当な返事をしながら体を起こす。
「分かったよ、帰ればいいんでしょ、帰れば」
「素直でよろしい」
横に立つ白髪の魔女はその大きなつばの帽子の奥で、にっこりと笑った。
§
「はい、じゃあこれ」
その声と共に魔女は小さな紙きれを僕のほうに差し出した。
それを受け取り、ズボンのポケットに乱雑に突っ込む。
「寄り道せずに帰ってくるんだぞ」
カチャカチャと音を立てながら食器を洗う父が眼帯をしていない顔の右側を振り向かせながら言う。
「分かった分かった」
適当な返答を返して家を出る。
強い日差しが、僕の目を刺激した。本当に今日は天気がいい。ここ数日雨続きだったからだろうか。余計にそんな気がする。
――寄り道するなって言われたけど、もう一度丘のほうに行こうかな。
そんなことを思いながらその足を街の中心、薬草屋のほうに向かわせた。