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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第5章~ウィケヴントの種~
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72.ネーヴェの天使

 城に戻ったときには太陽が南よりほんの少しだけ西に傾いていた。


「あのツルカさん、話っていうのは……」


 そしてどういうわけか帰ってくるや否や呼び出しをくらった。しかも名指しだ。何かまずいことでもしてしまっただろうか。彼女は見た目の幼さとは反比例して長命だ。何かお説教でもくらうのではとハラハラしている。


「そうね、とりあえずはありがとう、と伝えとくわ。私も含めて国ぐるみでお世話になったのだもの。お礼ぐらい言わなきゃ天罰が下りるわ」


 ぺこりと一礼。


 あまりにも意外な一言。


「あっ、いえ! 私も私ができることをしただけですし」


「そうね、あなたにしかできない事だったわ。本当にありがとう」


 深々と一礼。


 さすがにここまで感謝されるとは思っていなかった。されたとしても、「よくやったわね」とか「あなたにしてはなかなか上出来よ」みたいなことを言われるとばかり思っていた。


 それにしてもこのために私を呼び出したのだろうか。だとしたらわざわざ呼び出す必要性はあまりないように思える。廊下ですれ違いざまに呼び止めてとかでいいだろうに。


「頭を上げてください、ツルカさん。話っていうのはこれで終わりじゃないんですよね?」


「もちろん感謝を述べたいっていうのはあったけど。そのとおりね、本題は別にあるわ。とりあえず話すべきことは二つ。とは言っても一つはお願いともう一つは忠告かしら」


 忠告とはまたなにか不穏なにおいがプンプンしている。出来れば聞きたくない。


「まず一つ」


 そう言ってツルカは人差し指を立てる。


「あなた、自分の診療所みたいなものを持ってみない?」


「診療所?」


「そうよ。今回のあなたの行動や実力を見込んでのことよ。魔女の中には自分の店を持っている人が居るのは知っているわよね? それと同じようなものよ。この城の専属医師にしてしまおうとも思ったんだけど、なんだかそれじゃあもったいない気がして。

 それに、その目で見たから分かると思うけど、この国では魔術は発達していても医術が発達していないの。そもそも治癒魔術自体を専攻して学ぶ人がいない。擦り傷やかすり傷を治す程度の代物という認識でしかないの。

 そこに現れたのがあなた。誰よりも治癒魔術を極めた魔女。きっとこの国を変えてくれると思うの。だからまず初めに診療所を開いてみるのはどうかと思って。もちろん場所は提供するわ」


 自分の診療所。願ってもいない話だ。しかし不安は残る。


「でも私、そんな風にお店を構えてっていうのはやったことないし、以前は薬を売って歩くだけだったので、できるかどうか……。それにこの国に来たばかりの私を尋ねてくれる患者さんがいるかどうか……」


 するとツルカはクスリと小さく笑う。


「前者のほうは慣れるしかないかもしれないわね。病院の院長とはもう顔見知りなんでしょう? だったら経営のノウハウは彼らから教えてもらいなさい。

 後者のほうはどう考えても心配いらないでしょう? あなた、この国ではすでに有名人よ?」


 はて、いつの間に有名人になったか。確かにこの国に来てから多くの人と顔を合わせたがそれはほとんどが患者で、さらに言えば薬を飲ませる時の一瞬だ。


 それだけで有名人になるとは思えない。


「ネーヴェの天使。そう呼ばれているのよ、あなた」


「天使?」


 それを聞いて思い出した。まだ私の目が見えなかった時だ。最初の発作患者を治療した。その時だ。どこぞのうるさい先輩魔女が大々的に騒いだのだった。


 しかしまあ、悪い気分ではなかった。


「どう? 引き受けてくれる?」


 悪い話じゃない。場所は提供する、つまりは住む場所も確保できるうえに仕事の心配もないのだ。それにいつまでも客人という立場に甘えている場合ではない。


「私に、できますか?」


「できるわ、あなたなら。この『氷の魔女』が太鼓判を押してあげる」


 もしかしたら、そんなことを聞く必要はなかったのかもしれない。誰かのために動けるなら、誰かを笑顔にすることができるなら。


 自分の実力が伴おうが伴うまいが私はこの道を与えられたら迷ったとしても選ぶだろう。


 きっと私は、そういう人間なのだ。


「私のほうこそ、その、よろしくお願いします!」


 するとツルカは満足げに笑う。


「そう答えてくれると思っていたわ。じゃあこの話はまたの機会に詳しく。二つ目の話をするわ。この国の魔術学校に通う二年生の十四歳の女の子が姿を消したの」


 真剣な表情で言うツルカの言葉には、若干の憤りが感じられる。


「今朝、その子の母親がなかなか起きてこないのを心配して部屋に行ったらもぬけの殻だったそうよ」


「どうしてその話を私に?」


「……今回の発作と無関係とは思えなかったからよ。混乱に乗じて人を攫うなんてのはよくある話だわ。今回もそうだと思って。とは言っても今日起きたばかりのことよ。まだ不確定要素も多いしこれからも調査は続ける。多分犯人はすぐに捕まると思うんだけど……。ただそういう事実があるからあなたも気をつけなさいねってこと」


 そういえば、ダイナが妙なことを言っていた気がする。たしか……。


「危険な人物がいる……」


 口からその言葉が零れ落ちる。


「コレット、あなた何か知っているの?」


「私とレヴォルより少し後にこの国に入ってきた、私の知り合いの魔女がいるんですけど、その子にこの国には危険な人物がいるから気をつけてって言われたんです。多分、その子と同じ時に入国した人のことだと思うんですけど」


 するとツルカは少し考え込む素振りを見せてから口を開いた。


「……有益な情報ありがとう。もう一度そのあたりを洗いなおしてみるわ。とりあえず話はこれで終わりよ。時間取らせちゃってごめんなさいね?」


「いえ、そんなことないですよ。私のほうこそ、その、色々ありがとうございます。何から何までやってもらって、本当に感謝してます」


 そう答えるとツルカはどこか懐かしさを感じる表情で笑った。


「私は、私にできることをしただけよ」


 誰かが言ったようなセリフを言ってツルカは部屋を出て行った。



 ぼんやりとツルカが出て行った扉を眺めていてようやくその表情の見当がついた。


「おばあちゃんみたい」


 頬が自然に緩んだ。




§




「レヴォル、外の様子どんな?」


 尋ねると窓から外を覗き込んでいるレヴォルが振り返りざまに答える。


「すごい行列」


「診療所開業初日で行列ができるって……」


 別に不満じゃない。喜ばしいことだ。ツルカが言ってくれたように本当に人が来てくれた。


 開業の準備も彼女のおかげでとんとん拍子で話が進んだ。本当に感謝してもしきれないくらいだ。


 それにしても、だ。今並んでいる人は何が目当てで並んでいるのか。ここは一人の魔女が営むごく一般的な診療所だ。別に並んでまで来るようなところではないはずだが。


「コレットは準備いい?」


「私はいつでも大丈夫だよ」


 すでに百種類を優に超える薬は綺麗に番号順に棚に並べられている。家庭での使用を目的とした薬も販売の準備ができている。


 この期に及んで緊張してきた。深く深呼吸をする。


 しかしだからと言って緊張が治まるわけではない。


「レヴォル、それじゃあ扉を……」


「分かった」


 レヴォルも少し緊張しているようだった。額に冷や汗が見えた。


「ヴァイヤー診療所、開業です。列になっているので、どうかお一人ずつ中に入ってください」


 的確な指示だ。誰もが早く中に入りたいであろう状況で順番を守らせるのはいいことだ。人が一気に流れ込んでくることもないし、それによる怪我の発生も防げる。


 そして一人目の患者と思われる人物が入ってきた。それはそれは小さな患者さん。


 緊張しているのか少しプルプル震えている。


「あの、おねーちゃん! えっと、これからも、その、病気になったときとか、怪我したときとか、一杯一杯助けてね!」


 それだけ言うと駆け足で診療所を出て行った。


 一番最初の来訪者を患者として診ることができなかったのはあれだが、良い始まり方だったと思う。


 私の緊張もほぐれた。


 目の前にはすでに次の患者が来ていた。


 私は、私が可能な限りの精一杯の笑顔で言った。


()()()()()()()()! 本日はどのようなご用向きでしょうか?」



 私がその間違いに気づいたのはもう少し後のことだ。


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