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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第5章~ウィケヴントの種~
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71.終息

 あれから一週間が経った。一言で言ってしまえばせわしない、気の抜けない一週間だった。


 まずは薬の製法を西の病院に届けた。どうやらそのおかげで西の病院でも一時的に発作を起こしている患者は居なくなったらしい。


 しかしどうやらこの発作、あれで終わりではなかったのだ。次の日にまた大勢の人が運び込まれた。同じように薬を用意し、患者に飲ませた。どういうわけか一週間、この繰り返しをしていた。減らしても減らしても、患者が次の日には増えている。とは言っても、二日目に急激に増えただけでそれ以降は運び込まれる数自体は日に日に減ってはいた。


 六日が経った時に私はあることを忘れていたのを思い出した。侵入経路だ。


 毒がどのようにして人々の体内に侵入したのか、毒の正体を突き止めてから考えようと思っていたのだが、すっかり忘れていた。


 アウリールが病院側と手を取って患者の総数を調べたらしい。それによると国民全体の六割以上が六日目の時点で運び込まれていたようだった。


 となるとやはり病原菌じみている。空気感染。細菌ではないのだがそれが一番今の状況に対する答えとして適切だった。


 誰かが毒を霧状にして上空から散布した。それも国土全体に。これが毒の侵入経路だろう。


 しばらくはこの発作で運ばれる患者が出続けるだろう。散布されたということは農作物にも影響が出るはずだ。それをまた口にすることで発作を起こす可能性が出てくる。



「終わった……」


 現状最後の患者の発作が治まった。東の病院ではエフォードらの奮闘により患者の受け入れなども順調に進んでいたらしく、あちらはあちらでなんとか事態を収拾したようだった。いっぽう私が今いる西の病院では一歩出遅れたこともあってか、病院内では未だに医師たちが東奔西走している。


 とりあえずは私の役目は終わった。あとは医師たちに任せて大丈夫だろう。気がつけば日も落ちている。部屋に掛けられた時計に目をやると針は夜中の十一時過ぎを指していた。


――今日も泊まりかな。


 そう思い立ち上がる。ここ数日は診察室のベッドを借りて寝ている。夜は運び込まれる患者の数も減るため、病院の職員の内、院長と数名の看護師を残して帰宅している。私も帰って休みたいのはやまやまなのだが、今の状況で帰るという選択肢を取るわけにはいかないという気もしていた。


 ひとまず、明日の様子次第だ。明日また人が雪崩のように運ばれてくるというのなら明日もこの病院で患者の受け入れやら薬の製造やら色々と手伝う必要があろう。薬に関していえば作り置きしておけばいいだろうと言われそうだが、どういうわけか十分も経たずに蒸発して消えるのだ。


 これについては後々研究する必要がある。場合によっては蒸発しないようにできるかもしれない。


 ふらりと立ち上がると診察室に足を運ぶ。どうやらこの病院も東の病院と構造が同じらしい。話によるとこちらの病院を模して東に建てられたとかなんとか。


 硬いベッドに座るとそのままどさりと上半身をベッドに預ける。


 ふわぁ、と大きなあくびが一つ。


 振り返ってみれば睡眠時間をかなり削っていた気がする。一日三時間ぐらいの睡眠時間でよくもまあ一週間乗り切ったものだ。今寝て明日の朝起きれば、七時間は眠れる。ちょっと寝不足な人ぐらいには回復するだろう。


 もう一つ大きなあくび。


 静かに目を閉じる。


 いつもなら頭の中でいろいろなことを考えてしまうのだが、どうやら今日はそんな元気もないようだった。何も考えることなく私は深い眠りについた。




§




「コレット、起きてくれ。朝だ」


 その目覚まし時計はそう言いながら私の体をゆっさゆっさと揺さぶっている。


「あと五分……」


 力なく答える。もう少しこの微睡みに身を預けていたいのだ。しかし目覚まし時計は、なおも体を揺さぶり続けた。


「もう朝の八時だぞ」


「あと十分……」


「何で延びてるんだ」


 それでも体を揺さぶってくる目覚まし時計に我慢できずついに体を起こす。


 持ちあがりきらない瞼を擦って二度ほどまばたき。


 その目には眼帯をつけたレヴォルが映っていた。


「おはよ……」


 朝の決まり文句を機械的に口にする。


「おはよう、コレット」


 これもまた決まり文句の返事を受け取る。


 まだぼんやりとする瞳に茶色いものが映った。耳をすませばガサガサと音を立てている。


「何それ?」


「パンを買ってきたんだ。コレット、昨日の夜から大したもの口にしていないだろう?」


 なるほど、パンか。ガサガサいっていたものの正体を、遅まきながらに紙袋だったことを理解する。


「ありがと」


 手渡されたパンを受け取る。包み紙越しにその温かさが伝わる。


「そういえばさ」


 パンを頬張りながらレヴォルに話を切り出す。


「今日は患者さんどれくらい来てる?」


 どうせこの後表に出て現状を見ることになるのだが一応確認を取っておく。


「そうだな、僕が帰って来た時にはあまり人はいなかったよ。多分もう病院側で十分対処できるぐらいなんじゃないかな」


 そっか、と小さく呟く。


 その話を聞いて、心なしか肩が軽くなったような気がする。


「じゃあ私たちもお役御免だね」


 少し寂しい感じがした。


 超絶多忙な一週間であったのだが、これはこれで悪くないと思った。誰かの役に立てている、誰かに求められているという実感があった。感謝される喜びがあった。人々の笑顔を見られる楽しみがあった。


 でももうそれもここでおしまい。


「お昼になったらお城に戻ろっか」


 静かにそう告げた。


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