7.贈り物
「コレットさん、起きてください。朝ですよ」
翌朝、またもや鈴のようなミレイユの声で目覚める。
目を開くと、のぞき込むようにミレイユがこちらを見つめている。前の方、馬車の頭の方に目を向けてみる。馭者はジークハルトではないようだった。
「おはようミレイユちゃん。朝からどうしたの?」
「おはようございます、コレットさん。これ、コレットさんのために作ったんです。良かったら受け取ってください」
そう言って少女は何かを手渡してくる。
小さな掌の上には青空を閉じ込めたかのような小さな蒼い宝石。人差し指の第一関節ぐらいの大きさだ。その中に古代語が刻まれている。
「これって、もしかして護石?」
「はい。危険回避の護石です」
護石というのは一種のお守りのようなものだ。
しかし、普通のお守りとは違い、効果が分かりやすく表れる。効果が表れたとき、護石は砕けるらしい。
とても高価なもので、一部の貴族や王族しか持っていないと聞いた。
彼女の魔術は主に、この護石を作る魔術だ。これを販売して生計を立てているという話だ。
「これ、本当にもらっていいの?結構高額なものじゃない?」
いわばこれは宝石の加工品だ。いかに小さかろうとそれなりに値段の張るものであるはず。
「いいんです。これ、出会った記念とかで結構いろんな人にあげてますから。初回無料サービスってやつです」
そんな軽い感じでいいのか。
それよりも気になったのはその効果。なぜ危険回避なのだろうか。それほどにまで私は危なっかしく見えるだろうか。出会った記念ということは兵士にもあげるのだろうか。
「兵士の人たちにはあげないの?」
「わたし、兵士はあまり好きじゃないんです。散々しつこく追い回されましたし。好きな人にしかあげない、そう決めてるんです」
なんとも素直な子だ。それに私のことを好いてくれているらしい。その気持ちを、素直に受け取ろうと思う。
「あ、でも昨日馭者をやっていた人にならあげてもいいかも。えっと……」
「ジークハルトさんのこと?」
「その人です。一応アップルパイを買っていただきましたし。悪い人じゃないと思うんですよ」
確かに彼は他の兵士とは違うように感じる。なんというか、あまり魔女狩りに賛成的ではないような気がする。まあ、そういう人がいてもおかしくないだろう。
「動物のフンを間違えて踏まないっていう護石ぐらいならあげてもいいかな」
その言葉に反応するのはやめておいた。
§
ふと、ここはどのあたりだろうと思う。
私は辺境の田舎で暮らしていた、いわば田舎娘だ。王都に行ったことだってほとんどないし、遠出自体もしないためこのゼラティーゼ王国内の土地勘もない。自分が今どのあたりにいて、どの方角に向かっているのかよく分からない。
いや、太陽を見れば東西南北は分かるのだが、どの方角に何という町があるのかを知らない。
「今ってどのあたりですか?」
気になって、馬の手綱を握る名も知れぬ兵士に尋ねる。
「もうすぐフィルラント市に入る。
今日はそのままフィルラント市を抜けてヴァイエス市に入る。日付が変わるころにヴァイエス市を出ることになる。早くて明後日の昼頃に着くだろう」
フィルラント市。王都に直接隣接していて、このゼラティーゼ王国で四番目に大きい都市だ。伝統工芸品が盛んで、国外からの観光客も目立つ都市だと言われている。
もちろん来るのは初めてだ。一度でいいから観光してみたかったものだ。
ヴァイエス市にももちろん行ったことはない。
ヴァイエス市もフィルラント市同様、王都に直接隣接している。フィルラント市の次に大きな都市だったはずだ。名物らしい名物はないが、人口が多く、かなり栄えている都市らしい。
全部、私が薬を販売していた村の人から聞いたことだ。
自分の目で見るのが自分が捕まっている時だとは、話を聞いたときは思いもしなかっただろう。
さて、到着が明後日となるとそろそろ逃げだす算段を立てなければならない。魔女が全員捕まるというのなら、まず間違いなく『傀儡の魔女』がいるはずだ。
おそらく彼女の力を借りることになるだろう。彼女の魔術を使えば身代わりを作るぐらいはできるだろう。
しかし肝心の脱出方法がない。そもそも王都まで連れてこられてどこかに閉じ込められるのかもわからない。王都に到着するなり処刑される……なんてことはないと思いたいのだが、ないとは言い切れない。
それに、正直私とミレイユの魔術は逃げ出すにはあまり使えない。
そうなると、やはりどうしたものか。
「どうしようかな……」
ぽつりと呟いたその一言にミレイユは不思議そうに首を傾げていた。
§
夜になるまで考えていたが、結局何一つ案は思い浮かばなかった。