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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第5章~ウィケヴントの種~
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69.謎解き

 この国には大きな病院が二つあるらしい。ネーヴェの中心市街、私がレヴォルとデートをした街のそれぞれ東と西に位置しているという。


 その他にも各町村にもその町村の規模にあった診療所などがあるらしい。


 今いるのは街の東側の病院だ。


「お待ちしておりました、『草原の魔女』様。私はこの病院の院長をしております、エフォードと申します。以後お見知りおきを」


 奥から髪の毛がきれいさっぱり無くなっているお爺さんが出てきた。腰が少し曲がっている。


「初めまして、『草原の魔女』のコレットです。とりあえず、例の発作を起こした患者の数と、意識不明者の数を教えていただけませんか」


 まず必要なのは現場の把握。患者の数を正確に把握できていなければ用意した薬が足りないなんてことも起こりうる。


「はい。現在、発作を起こした者は東西の病院合わせて四百七十三人。内二百五十四人がこの東側の病院に運び込まれています。意識不明者は現在六名。この病院に二人、西側の病院に四人いる状態です」


「検査結果を事細かに教えてください」


 次に必要なのは現在ある情報の確認。これで自分のすべきことを明確化するのだ。


「それが、何らかの毒物であるというのは確かなようでして。それ以外のことはほとんど分かっていないのです。候補が上がった毒物は三つあるのですが」


「その三つというのは?」


「コナニナの葉、ウィケヴントの種、ゲードの種が考えられるかと」


 考えることはほとんど同じのようだ。コナニナの葉は毒性はそれほど強くはない。全身に麻疹が出て呼吸困難に陥るが、それも一瞬みたいなものだ。十秒か二十秒すれば何事もなかったように元に戻る。ゲードの種はウィケヴントの種同様、毒性は強い。全身が痙攣(けいれん)したのち死に至る毒だが、これはすでに薬が一般的に出回っている。まずこれは考えられない。


 ウィケヴントの種も薬はある。あるにはあるのだがこれの抽出が非常に難しい。抽出できて一割行くか行かないか。効き目もいまいちで助かるかどうかは五分五分と言ったところだ。


 私が使ったウィケヴントの種の毒に効く薬は魔術でその抽出割合を六割まで上げている。


「ウィケヴントの種を用意してください。ウィケヴントの種の毒に効く薬は一時的にですが発作を抑えました。必ず必要になるはずです。すぐに、できるだけ多く用意してください」


 そう言い放つと、エフォードと名乗った医者は少しだけ驚きつつ何人か部下とを持割れる人を連れて病院を出て行った。おそらく向かったのは薬草屋だ。きっと大量に用意してくれるだろう。


「僕に何かできることはないだろうか?」


 横で見ていたレヴォルが口を開く。


「……それじゃあレヴォルは患者さんのご家族と話してあげて。泣いている人たち、たくさんいるから慰めてあげて。君、そういうの得意でしょ?」


 そう言って小さく微笑む。


 彼の言葉ならきっと届くはずだ。この状況に誰もが困惑している。誰もが恐怖している、悲しんでいる。


 私だって患者の家族の不安や悲しみを取り除くことはある。しかし今は、私よりも適任者がいる。この身をもってそれを知っている。ならば彼に任せるほかはあるまい。


 首を縦に振ったレヴォルは近い所から順に病床で横たわっている患者の家族に声をかけだした。


「私も何か……」


 次に口を開いたのはアウリールだった。


 彼はそうとうこの国が、この国に住む人々が好きなんだろう。今この状況で何もできていない自分が情けないとでもいうような表情でその場に佇んでいた。


「アウリールさんは西の病院に行ってレヴォルと同じように患者さんのご家族の不安を取り除いてあげてください。この国を思っているからこそ、言えることがあると思います」


 そう伝えると、アウリールは小さく頭を下げて外へ出て行った。


「さて、と」


 とりあえずこの場はレヴォルに任せることにしよう。


「ごめんなさい、調合室を借りてもいいですか?」


 すぐ近くで患者の額に濡れた布巾をのせている看護師らしき人物に尋ねる。


「どうぞお使いください。階段を上がって右の部屋が調合室になります」


「ありがとうございます」


 言い残して階段のほうに向かう。


 調合室なら手持ちの道具よりも多くのものがそろっているはずだ。この毒の解明も捗るだろう。


 とは言っても、考えなければならないことは他にもある。


 毒の侵入経路だ。普通に考えれば口や鼻などの呼吸器としか考えられないわけだが、これほどまでに症状を訴える人が増えるとなると、どこか病原菌じみたものではないかと錯覚してしまう。


 もし、患者が共通してあるものを口にしているのならばそれに毒が混ぜられたことになる。しかしここで問題になるのが、患者が発作を起こした場所だ。あまりにもバラバラなのだ。


 アウリールの話によると二番目に発作を起こした人は西方の農村で発作を起こしたらしい。その人はここ最近遠くまで出かけたりということはなく、ずっとその農村にいたらしい。それがつい三日前のことだ。四日前、私が治療した人、一番初めに発作を起こした人はこの街で発作を起こしている。彼もどうやら遠方に出かけたりということはなかったという。


 こうなってくると共通のものを口にした、という線は考えにくい。


 ではどうやって毒は体内に侵入したのか。いや、今は毒の正体を暴く方が先決だ。侵入経路はその後に考えればいいだろう。


 調合室に入った私は肩に掛けている鞄を静かに机の上に置く。その鞄の中から一冊の本を取り出す。表紙には少々乱雑な字で『植物同士の調合による反応と効果』と書かれている。


 これは私が書いたものだ。祖母に魔術を教わるようになってから魔女になるまでの七年間と魔女になってから今までの三年間に私が発見した薬や毒となる植物の組み合わせ、その効果を記したものだ。とはいっても効果についてはほとんどが具体性のない記述になっている。毒物なんかは効果の確認のしようがない。しかもここに記されている毒物はたまたま偶然出来上がってしまったものだ。さすがの私でも毒物を意図的に作ろうとは思わない。


 パラパラと(ページ)をめくる。


 正直に話すと、こうやってこの本を振り返るのは久しぶりだ。新しく薬の調合の組み合わせを書き込むことはあったのだが、こうやって振り返ることは今までほとんどしてこなかった。


 昔の自分はどうやらかなり研究熱心だったようだ。端のほうに申し訳程度の大きさで重要なことが記してあった。


『植物から抽出されただけの無調合の薬品について、その薬品の性能が高いものは別の薬品を混ぜることで毒物に転じる傾向がある』


 確かにこの本に記されている毒物はすべてが無調合の薬品と無調合の薬品を混ぜ合わせたものだ。


 すっかり頭から抜け落ちていた。そもそも毒物を作るための知識など私にとっては必要ないのだ。忘れていても無理はない。思い返してみれば昔読んだ本にもそんなことが書いてあったような、なかったような。


 つい数日前に自殺するために作ったあれは、調合された薬品に無調合の薬品を混ぜたものだ。幼少期にたまたま偶然作ってしまったそれを誤って口にしてしまったことがある。


 危うく死にかけるところだった。


 祖母の対応で何とかなったが、あの時の記憶を頼りに作ったものだった。


「賭けにでるか……」


 本を丁寧に閉じて鞄に押し込む。


 あとはその毒を作るだけだ。毒を作ることができればそれに対抗する薬も作れる。そういう魔術がある。おそらく、私しか知らない魔術だが。


 あとは一人、協力者が必要だ。端的に言ってしまえば実験台。


「レヴォル、いる?」


 調合室を出て階段を降りるとすぐにその名前を呼んだ。


「どうかしたのか?」


 レヴォルがこちらを振り返る。


「えっと、ちょっとお願いがあるんだけど」


「なに?」


 さすがにちょっと罪悪感に苛まれる。私が今からしようとしているのは彼に毒を飲ませることだ。彼のその、無垢な笑顔が痛い。


「えっと……その……」


 言えない。実験台になってくれなんて言えない。


 口ごもっている私を見かねてか、レヴォルが立ち上がりこちらに歩み寄ってくる。


 致し方ないことなのだ。これは必要なことだ。多くの人の命を救ううえで、必要な犠牲なのだ、うん。大丈夫だ。毒物の対抗薬を作るのは難しいことじゃない。手際よくやれば彼を死なせることは無いはずだ。


 言うんだ、言うんだコレット。


「あっ、あのね、私、君に……へ?」


 抱きしめられた。


「え? ちょっ、ちょっとレヴォル?」


「言っただろう、君なら大丈夫だ。そんな不安そうな顔はしなくてもいい」


 慰められた。


「もし本当につらいなら、一人で抱え込まないでくれ。コレットの周りには僕がいる。ツルカさんやアウリールさん、ダイナさんだっている。もっと僕たちを頼ってくれたっていいんだ」


 今まさにそうしようとしていたところなわけだが。


 どうやらレヴォルは少々早とちりをしているようだ。


「……レヴォル、先に謝っておくね、ごめん。私が言おうとしていたことはそうじゃなくって……」


「え?」


 私を抱きしめる腕が緩む。そして一歩だけ後ずさり。


 レヴォルの真っ赤な顔が見えた。


 そして頭を抱えた。


「ごめんコレット……。勝手に勘違いしてた……」


「うんん、いいの。おかげで私も頼みやすくなったし」


 もっと頼っていいと言ってくれたのだ。その言葉に存分に甘えることにしよう。


「君に私の実験台になってもらいたいの」


 満面の笑みで言った。


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