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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第5章~ウィケヴントの種~
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68.〝私〟にできること

 彼は本当にこの国を好いているのだろう。真剣な表情で無理難題をふっかけてくるアウリールに、一瞬だが思考が止まった。


「国……ですか?」


 正直、無理だろうと思った。だって私にできるのは、病気に苦しむ人からその苦しみを取り除くことだけなのだ。とてもではないが国を救うなど。そもそもこの国が救わなければならないほど荒廃しているようにも見えない。


「国、もっと言えばこの国の国民を救っていただきたいのです」


 なるほどそういうことか、とはならない。国民を救う、というのはこの国に住んでいる全ての人を救う、ということだ。


 そこで、あることを思い出す。


「もしかして……」


「例の発作のことか?」


 私に代わってレヴォルが口を開く。


「ええ、その通りです。現在、国中から例の発作で病院に搬送される人々が後を絶たず、病院側もその症状を解決できずに受け入れる場所だけが減っていくという状態でして。

 どうやらこの国の医者には何らかの毒であるという結論までしか出せていないようでして。発作を起こした人数は昨日の時点で三百人を超えています。

 早く対策を打たなければこの国はその謎の発作で死滅しかねません。幸い、死者はまだ出ておりませんが、三日前の一人目、いえ、二人目ですね。発作を起こした人物は意識不明の状態です。

 コレット様が一度治療された方も再び発作が出たようでして。これを解決できるのは、一時的にですが発作を抑えることができたコレット様しかいないと思い、こうしてお願い申し上げた次第であります」


 大体の話は分かった。


 正直、再び発作が出るのではないかと思っていたのだ。ただ症状がウィケヴントの種のものと似ていたから、それ用の薬を使っただけだ。


 ウィケヴントの種の毒は強力で致死性が強い。発作が出れば一分と持たずに死に至る。

症状としては、全身の痙攣(けいれん)と、焼け(ただ)れたように顔が真っ赤になる。そして次第に呼吸が薄れていき、やがてその命を絶やす、そういう毒だ。しかしあれはそれとは少し違った。


 全身の痙攣(けいれん)があった。顔も焼け(ただ)れたように真っ赤だった。しかし呼吸があった。少なくとも発作が出てから一分は確実に経っているように見えた。さらに分からないのが腕に出た斑点。


 おそらく鍵はそれだ。発作が一時的に収まっているのを見ると、あの時使った薬は効いているはずだ。だとしたらウィケヴントの種が毒に使われていたのは間違いない。


 となるとウィケヴントの種の毒に何か別のものを混ぜた、ということになる。


 頭の引き出しを一つ一つ開けるように頭の中で数多の植物の名前とその特徴を思い浮かべる。しかし自分が知る限り、ウィケヴントの種に他のものを混ぜる毒なんてものは存在しない。そもそも、ウィケヴントの種に他のものを混ぜて別の毒物を作る意味が分からない。もし人の命を奪うのが目的であればそのままウィケヴントの種を用いればいいだけの話だ。


 ということは、この毒をこの国の国民に飲ませた、あるいは吸わせた人物は人の命を奪うのが目的ではない、という結論に至る。


 もう一つ気がかりなのは、ダイナが言っていたこと。「魔術が行使された痕跡がある」という言葉だ。


 本来、魔術を使って調合した毒や薬を用いる場合、その人そのものに魔術をかけるわけではないのでそんな痕跡は残らない。だとすると何らかの形で魔術を行使する必要があったのだろうか。


 そろそろ散らかってきた頭の中で、自分が言いたい言葉を見つけ出してそれを口から静かに吐き出した。


「私に、任せてください。きっとこの国の人たちを救ってみせます」


 国を救うというのは結果論だ。自分にそんな大それたことはできないし、しようとも思わない。それでも、発作で苦しんでいる人が居る。きっとその人にも家族がいて、多分その家族は泣いているのかもしれない。


 だったらもう、自分が動くには十分な理由だ。


 一度、自らの命を絶とうとした人間が、他人の命を救いたいだなんて言ったら神様は、運命は笑うだろうか。


 いや、別に笑われても構わない。


 今は私がすべきことをするだけなのだから。


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