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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第5章~ウィケヴントの種~
66/177

66.以前のように~1~

 何日ぶりだろうか、朝日が眩しいと感じたのは。


 朗らかな日差しはその瞼に覆われた瞳を刺激し、脳の活動を開始させた。


 むくりと上体を持ち上げる。横を見る。横に置かれているベッドの上にはすやすやと寝息を立てているレヴォルの姿が、無かった。


「レヴォル?」


 返事はない、室内にはいない。


 時計を見る。時計の針は七時半を指している。確か朝食は八時ごろからのはずだ。


 何となくどこにいるか想像はついた。彼のことだ、どうせ厨房に行って朝食の手伝いでもやっているんだろう。


 昨日買ったばかりの新品の服やスカートを身に(まと)い、上から黒のローブを軽く羽織る。最後につばの大きな帽子を小さな頭の上に乗せた。


 別にその姿を鏡で確認することもなく部屋を後にする。


 とりあえず渡された城の見取り図はざっくりと頭に入っている。確か厨房は一階の食堂に隣接するところだったはずだ。


 そう考えながら階段を駆け下りる。


 一階に降りるとどこからともなく香ばしい香りが漂ってきて鼻をつついた。


 その香りが指し示す方向に足を向かわせる。


 やはり厨房であった。白くて長い帽子をかぶった男性が三人がかりでフライパンを握ったり、肉をこねたりしている。


 その横に白髪の、左目に眼帯をつけた青年の姿があった。


「やっぱりここにいた」


 その声にその青年、レヴォルがこちらを振り返った。


「おはようコレット。ちょっと待ってて、もうすぐ朝ご飯出来るから」


 そう言って鍋の中のスープをかき混ぜている。その動きに合わせて芳醇な香りがこちらに向かってくる。


 それにどうやら腹の虫が反応してしまったようだ。ぐう、とお腹が鳴る。


「わかった」


 そう短く答えてそそくさと逃げるように厨房を後にした。


 食堂の椅子に腰を掛ける。


 それにしても眼帯か。いつの間にそんなものを手にしていたのか分からないが、思いのほか似合っていたと思う。なんというか、ちょっと勇ましい感じに見える。


 私も右目は見えていないわけだから眼帯か何か身に着けた方がいいだろうか、などと思案にふけっていると、コトンと音を立てて目の前にシチューが出される。それに続くように、綺麗なきつね色に焼けたパンと赤や緑、黄色などの色鮮やかなサラダが出てくる。


「おお……」


 その香りや綺麗に盛り付けされているそれらに対して感嘆の声が漏れる。


「本日の朝食はカボチャのスープにパン、それから国内でも名を連ねる農家から仕入れたとれたての野菜を用いたシーザーサラダです。

 ちなみにそちらのカボチャのスープはレヴォル様がお作りになられました。コレット様が以前喜んで食べてくれたということで。どうぞお召し上がりください」


 その声と一緒に厨房から白い帽子をかぶった、綺麗な曲線のある鼻ひげが特徴の料理人が出てきた。


 確かに、大森林の中の家で一緒に夕食を取ったことがあった。きっとそのとき、私が美味しそうにスープを口に運んでいたのが印象に残っていたのだろう。


「アランさん、そのことは秘密でってお願いしたはずなんだが……」


 後ろを追いかけるようにしてレヴォルも厨房から出てくる。


「さあ、レヴォル様もコレット様と朝食をお食べ下さい。私どもは厨房の片づけをいたしますので」


 そう言って、レヴォルにアランと呼ばれた料理人は厨房に戻ろうとする。


「そういう事なら僕も……」


「料理について熱心なのは感心しますが、レディを待たせるのは紳士にはあってはならないことですよ。それにあなた方はツルカ女王陛下の客人という立場であることをお忘れなきよう、お願いしますね」


 さわやかな顔立ちで、きらりと白い歯を見せて笑う。その言葉を最後にアランは厨房に戻っていった。


 その様子をぼんやりと眺めていた。厨房のほうから水が流れる音がしだしたのと同時に、調理器具を洗うカチャカチャとした金属音が響く。


 その金属音に混ざって、今度は靴が床を踏む音。


「あー、えっと。朝ご飯、食べようか」


 私の横に来て椅子を引きながらレヴォルが言う。


 そうだね、と短く答える。


「いただきます」


 同時に唱える。


「そういえばツルカさんは?」


 パンをちぎりながらレヴォルに尋ねる。周りを見渡してみれば、テーブルを囲んでいるのは私とレヴォルしかいない。もう三つほど椅子が空いているのだがそこには誰も腰を掛けていなかった。


「確かに、今日も見かけていないな。この三日間はコレットに視力を移植する魔術の研究で研究室に籠っていたけど、もう終わっているはずだから朝ご飯を食べに来てもいいと思うんだが」


 レヴォルはサラダを口に運びながらそう答える。


 彼女には世話になった。今こうしてレヴォルと食事を共に楽しめているのも彼女の魔術のおかげだ。


 昨日は見えるようになった途端に城を出て行ってしまった。あってお礼を言わなければならないだろう。


 コンコン、と扉がその木製の音を響かせた。


 ゆっくりと開く扉から比較的背の低い男性が顔を出した。


「コレット様にレヴォル様、おはようございます」


「おはよう、アウリールさん」


「おはよう、ございます」


 レヴォルのあいさつに続いてぺこりと頭を軽く下げながら言う。


 アウリール、たしかツルカの騎士でありこの国の騎士団をまとめているという人物だ。


 彼が来たということはもうじきツルカも来るという事だろう。だとしても、もう一席開いているのだが、一体誰が座るところなんだろう。


 そんなことを考えつつ、ちぎったパンを頬張る。焼きたてふわふわの生地がその熱と一緒に口の中に解ける。


 それにしてもアウリールはいつまで扉の前で突っ立っているのだろう。


「アウリールさんは食べないのか? 朝ご飯」


 その様子を見かねてか、レヴォルが不思議そうな顔をしながらアウリールに尋ねる。


「あ、いえ、そうですね。食べながらお話しすることにしましょう」


 その言葉を言い切ると静かな足取りでこちらまで来て同じように静かに椅子を引いて腰を掛けた。


「……カボチャのスープですか、なんとも懐かしい」


「普段は食べないんですか?」


 アウリールの言葉に疑問を持ったのかレヴォルが質問をする。


「ええ、まあ。カボチャというと市民が食すことが多いので城内ではほとんど出されることはありません。私も、いつぶりですかね。ここ三年は口にしていなかったでしょう」


 そう言って美味しそうにスープを口に運んでいる。


「あの、アウリールさん。話って言うのは?」


 懐かしさに浸っているところ悪いのだが、彼が話があるということを私は覚えていた。


「これは失礼。話というのも今回はコレット様に頼みたいことがあるのです」


「頼みたいこと?」


 なんだろうか。そもそも私は頼まれごとをされるほど彼とは親密な関係ではないし、こうやって話しているだけでも少し緊張するのだ。


「実は、ツルカ様が熱を出して寝込んでしまい……」


――はい?


「それがどうも尋常じゃないほど苦しんでおられるご様子でしたので、『草原の魔女』たるコレット様に診ていただけたらなと思い、こうしてお願いをさせていただいております」


 絶対に寝不足と栄養失調、それに起因する風邪か何かだろう。と思ったが言わないでおく。


 魔女の名前を出されてしまっては断るものも断れない。というか久々に魔女の名前で呼ばれた気がする。


 それにツルカに対しては恩もある、感謝もある。その気持ちの代わりになるのならばいくらでも診てやろうではないか。


「……そういう事なら分かりました」


 スープの残りを一気に飲み干す。


「ツルカさんのところに連れて行ってください」


 この感じ、少し懐かしい。少し昔もこうして病気に苦しむ人を助けていた自分がいたんだな、と過去を振り返る。


 またあの時のようになれるだろうか。村まで薬を持って行って、村の人たちと談笑して、怪我をしている人や病気に苦しむ人を診て。


 多くの人に感謝された、多くの人に慕われた。出来ることならあの頃の自分に戻りたい。


 戻れるだろうか。


「戻れるよ」


「え?」


 誰も聞いていない質問に答えたのはレヴォルだった。


「君は、魔女狩りに遭う前に、そうやっていろんな人を診てきたんだろう? 大丈夫。君自身にもいろんなことがあった。悲しいこともあったかもしれない。死にたいと思うこともあったかもしれない。

 それでも、君の根本的な部分は変わっていないんだろう? だったら大丈夫だよ。何も心配する必要はない」


 きっと、顔に何か書いてあったのだろう。


 レヴォルは、そういうことを読み解くのに長けている。私でさえよく分からない、きっと不安というであろうその気持ちを、顔を見ただけで言い当てた。


「ありがと、元気出た」


 微笑んで小さく礼を言う。


「それでは、ツルカ様のお部屋にご案内いたしますので」


 いつの間にかパンとスープとサラダを胃袋に詰め込んでいたアウリールが立ち上がり、静かな足取りで扉のほうに向かって行く。


 私もレヴォルも後を追うように立ち上がり、そしてどういう訳か、足音を立てないように静かに後ろをついて歩いた。


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