表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第4章~魔法使い~
61/177

61.燃える海に、魔女は決意する~3~

 大切な人の“死”を見た。目の前で彼は氷に包まれた状態で、文字通りその体を冷たくした。


 力なく崩れ落ちた膝からは、凍り付いた床の冷たさだけが感じられた。


「いつまでその体勢でいるのよ」


 アデライドのその声が、現実を受けきれていないツルカに、現実という形で届いた。


「あなた……あなたねぇ!」


 冷えた足に力を入れ、立ち上がるとアデライドに詰め寄りその胸ぐらを掴んだ。


 アデライドはそれに抵抗しようとはしなかった。ただその少し細めた目を、ツルカに向け続けていた。


「アーロントを、何で殺したのよ! そこまでする必要がどこにあったのよ!!」


 アデライドのローブを掴むその手に力を入れ、声を張り上げる。


「まだ彼のことを信じたいと思っているの? 彼自身が自白したじゃない。それを受け入れられないの?」


「受け入れられるわけないじゃないの! 好きになった人がこんなことをしたなんて、受け入れられるはずがない!」


 その声は震えていた。声だけじゃない。体も震えていた。寒くて震えていたわけじゃないが、ブルブルと、何かを拒絶するように震えていた。


 胸ぐらを掴むツルカに対し、アデライドはぶらりとだらしなく下ろしていた両手を握りこみ、腹から声を出した。


「この、根性なしのメルヘン少女め! 現実をちゃんと見なさい! この光景を目に焼き付けなさい! これが事実よ。揺るがない事実なの。あなたの騎士は反乱を起こした。それも特大の。その事実を受け入れなさいよ!」


――受け入れてなるものか。


 そう、言い返したかった。


 だが、心のどこかで、ツルカはその現実をすでに受け入れていた。受け入れていたからこそ、その事実に目を向けないように、その事実を隠していた。


「本当に、アーロントが……」


 ツルカはその手を緩め、膝から崩れ落ち、凍り付いた地べたに座り込んだ。


 その声の後に訪れた静寂に、少しずつ嗚咽が混じる。


「なんで、なんでこんなことになるのよ……。私……これからどうすればいいのよ……。ねぇ、教えてよアデライド。私は一体これから、どうすればいいの? アーロントのいない世界で、どうやって生きていけばいいの?」


 涙でぐしゃぐしゃになるその顔を両手で覆いながら、答えを求めるわけでもなくその問いを吐き出した。


「……私は、ゼラティーゼ王国の大森林に、実家に帰るわ」


「え……」


 アデライドとて殺したくて親友の想い人を殺したわけではない。成り行き上仕方なく、だ。


 アデライドはどんなことよりもまずツルカのことを考えていた。


 彼女がどうすれば生き続けられるか、それを考えて行動した。結果がこれだ。魔術のことばかりだったその頭を必死に回転させ、首謀者がアーロントである可能性が高いことを導き出した。


 ツルカならアーロントに接触するであろうことは容易に想像できた。


 アーロントはこの国を滅ぼそうとしたのだ。国王や女王すらもその命をアーロントの所業で奪われている。それはツルカも例外ではない。


 案の定、ツルカはアーロントに接触していた。


 アーロントがツルカを殺すかもしれないというアデライドの予想は大いに外れたが、それでもツルカの身に危険が降り注がれようとしていることに変わらなかった。


 もっと別のやり方があるかもしれないと思いつつも、アデライドがとったのは“アーロントを殺す”事だった。


 ツルカの想い人を殺すことだった。


「ねえ、待ってよアデライド……。あなたまで居なくなったら、私、本当にどうしたらいいのか……」


「魔法使いに、なるんでしょう?」


 膝を曲げてしゃがみ込み、座り込んでいるツルカに目線を合わせる。


「魔法使いはね、ずっと一人で待っていたの。シンデレラを幸せにするために、その機会を窺いながらずっと一人で。あなたはその魔法使いに憧れた。だったら、孤独なんて乗り越えて見せなさい。本当に誰かを幸せにしたいのなら、その孤独と戦って見せなさい」


 その言葉が、ツルカに届いているのかアデライドには分からなかった。それでも、アデライドはその場を去ると決めていた。


「それじゃあね、ツルカ。いろいろとごめんなさい。あなたのことは、大好きだったわ。さよなら」


 立ち上がり、うっすらと青い凍った床の上を一歩一歩踏みしめて、ツルカに背を向けながらその場を去った。


 一人取り残されたツルカは、彼女の後姿を涙で滲んだその瞳でただ虚ろに眺めているだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ