6.気持ちの行方
ゼラティーゼ王国の中心より少し外れた城の中、重々しい鎧の音を鈍く響かせ、一人の兵士が大きな扉を押し開ける。
「王子殿下、失礼いたします」
「なんだ」
ランディは少々不機嫌そうに扉の方を振り向く。それに釣られるようにもう一人、部屋にいた顔立ちが地味な少年、レヴォルも扉のほうに顔を向ける。
「魔女狩りに関するご報告に参りました」
「申せ」
「は。我が国内の五人の魔女のうち、『傀儡の魔女』に続き、『草原の魔女』、『鉱石の魔女』、を捕えたとのことです。
また、『夢の魔女』は追跡中、『森の魔女』に関しては、やはり少数の兵士で捕えるのは難しいかと思われます。報告は以上です」
「うむ。報告ご苦労であった。下がっていいぞ」
報告を聞いて先ほどとは打って変わって満足げな笑みをランディは浮かべる。
「失礼いたします」
兵士が扉をバタンと閉めて部屋を出ていく。
「兄上。やはりここまですることはないんじゃないだろうか。魔女を全員捕まえて国民の前で処刑だなんて……」
その一連のやり取りを聞いていたレヴォルはどこか居心地の悪そうな声で進言する。
「お前は黙っていろ。なぜそのようなことを言うのだ。テレーズのことなどもうどうでもよいと?」
ランディはレヴォルの提案を一蹴した。報告を聞く前の不機嫌な表情をその表面に再度浮かべた。
「そういう訳ではないが、今更二年前のことを掘り返したところで何にもならないことぐらい兄上が一番分かっているはずだ」
兄を諭すように言う。しかし当の兄のほうはその言葉を受け付けていないようだった。額に血管を浮き上がらせるかの勢いでその形相を一層険しくし、
「うるさい! これは父上の、国王陛下の意志でもある! 陛下が病に伏してしまっているのだ。この俺が国を引っ張っていかなければならない!」
そう怒鳴り声をあげた。
憤りだけではない、責任感やらなにやらがごちゃごちゃに混ざったその叫び声はどこか苦しく、悲痛な悲鳴のようだった。
「だからと言ってなぜ魔女狩りを始めるんだ。そもそも魔女がテレーズを連れ去ったという証拠がないだろう?」
「証拠などいらぬ。魔女というのは往々にして人を惑わせるものだ。
お前もそう教わっただろう? おそらく幻術か何かを使ってテレーズを惑わしたのだ。そうに違いない」
そう言って、ゆらゆらと揺らめくろうそくの方に目を向けながら、その場に立ち上がってランディが立ち上がる。
「それは三百年も昔の話だ、兄上。現に『鉱石の魔女』や『草原の魔女』は一部の村民や町民から慕われていると聞いた。そんな魔女を処刑するなど、国民の反感を買いかねない。考え直してはくれないだろうか」
実際、レヴォルの言っていることは何一つ間違ってはいない。魔女が人に危害を与えた過去から、実に三百年の年月が経っている。それ自体はランディも知っている事実だ。
今まで通りであれば、レヴォルの言葉をランディも素直に受け取る。しかし今の彼は、怒りに身を任せて口を、手を、足を動かしている。
怒りの傀儡人形になってしまっているランディの耳には、彼を諭す言葉など届きようもなかった。
ベッドの横の引き出しの中から葉巻を一本取りだすと、ランディは蝋燭のほうに近づき、葉巻の先をその揺れる炎に押し当てる。
「お前のほうこそ分かっていない。国民に慕われているからと言って、いい魔女とは言い切れぬ。前例がある。実際に滅んだ国があるのだ、魔女が原因でな。お前も知っているだろう? 善人のふりをして人を襲わない可能性がないとなぜ言い切れる?
どのみちやつらは魔女なのだ。生かしておくほうがよっぽど危険だ。分かったらお前も自室に戻れ。俺はもう疲れた」
その言葉とともにランディはベッドに再度近づき、その重たそうな尻をドカリと置く。
「だからそれは三百年も昔の話だと……」
「もうよい。お前と話していても埒が明かない。今日はもう帰れ」
そういってランディは葉巻を持つ手とは反対の手の、手首から先を前後に動かして帰るように促した。
「……その考え方は、僕は正しくないと思う」
レヴォルは聞こえないようにそう呟いて部屋を後にした。
§
自室に戻る途中、歩きながらレヴォルは考える。
(兄上は間違っている。テレーズの失踪と魔女は関係ないはずだ。どうにかして兄を説得しなければ……下手をすればこの国は終わりだ)
彼は決意する。魔女を救わねばならないと。
彼は覚悟する。もしかしたら兄を殺さなければならないかもしれないということを。