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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第4章~魔法使い~
55/177

55.人助け~1~

 フィアル村はただの農村だった。本当に何の変哲もない農村である。ネーヴェ王国では、国民が消費する食料の六割を国土南に位置する農村部で賄っていた。いくつもある農村の内の一角、一番西にあるのがフィアル村だった。


「何もない……」


 ツルカにとっては初めて訪れる場所だった。ツルカが生きた十八年間の中で訪れた場所は遠くても王都に隣接する比較的大きな町だけだった。つまるところ、都会しか目にした事のないツルカには、田んぼと畑だけが延々と広がるその光景がかなり新鮮なものに映った。


 辺りを見回せば畑を耕す者、肥料をまく者、田植えをする者が目に入る。田舎では当たり前の光景はツルカの視覚を大いに刺激した。


 もちろん、知識では知っていた。別に王女だからといって、林檎は赤いとかそういう当たり前のことを知らないわけではない。


 ただ、実際に知識でしか知らないものを目にすると、形のなかったものがその姿を現したかのように鮮明に瞳に焼き付いた。


「お待ちしておりました。ツルカ様、アデライド様。私はこの村の村長のカズィと申します。この度は私どものために駆けつけていただいたとのことを聞いて……」


「前口上は結構よ。それより、その作物がダメになりかけてるっていうところに案内して欲しいんだけど」


 そう言ってアデライドはカズィの言葉を遮った。


「ええ、直ちにご案内いたします。私について来てください」


 カズィは一言そう告げると、細い細い一本道を先行して歩いていく。ツルカとアデライドもそれに続くようにして、その細い道に足を踏み込んだ。


「随分と乗り気じゃない」


 そう口を開いたのはツルカだった。


「やるからには全力でやりたいの。別に、あなたほど人助けとやらに躍起になっているわけではないけど、助けると決めたら私の持てる全てを使って助けたいのよ」


 ふーん、とツルカは鼻返事を返す。アデライドのことはこの四年間でよく分かっていた。善行を積みたくて積みたくて仕方がない、みたいな人間性ではないこともツルカは理解していたし、決めたことを貫き通す頑固なところも重々承知でいた。


 だからアデライドのその返答が返ってくることにツルカは大したことは感じなかった。


「ツルカはどうしてそんなに人を助けたいの?」


「私?」


 突然、自分のことを尋ねられて一瞬だけ思考が停止する。そう言えばどうして人助けがしたいのだろう、と自分に問う。


「私、魔法使いになりたいのよ」


「は?」


「おとぎ話に“シンデレラ”ってあるでしょ? あれに出てくる魔法使いになりたいの。誰かを幸せにできる存在になりたいのよ」


 自分自身の問いに答えるように、アデライドの質問にそう返した。


「やっぱり、あなた頭にお花でも咲いてるのかしら」


 アデライドのその言葉を、ツルカは否定できなかった。十八歳にもなって未だに魔法使いになりたいなんて言っているのがちょっと頭がおかしい自覚はあった。


 自分がただのメルヘン少女であることも心の中では認めていた。


「なんとでも言うがいいわ。私は絶対に魔法使いになってやるんだから」


 そう言って、歩く足を速める。前を歩くカズィとの距離を少しだけ詰める。


「だから、ほら。急ぎましょう? 助けを求める人たちのもとへ」


 ツルカは振り返り、アデライドに微笑みかけた。


 アデライドの方もその表情を見て、幾分かその強張っていた表情を緩ませ、


「そうね」


 短く返事をした。




§




 一面が焦げ茶色だった。それ自体、農村ではあり得る光景だ。作物が植わっていなければ、耕された、はたまた耕される前の土色をした光景が一面に広がっているのはごく普通の、ありふれた情景だ。


 しかし、ツルカとアデライドの目に映ったそれは土の色などではなかった。


「これは酷いわね……」


 アデライドはしゃがみ込むと、そのしわがれた作物の葉にその指先を触れさせる。


 パリッ、と乾いた音を立ててその茶色い葉は崩れ去り、地面の土に落ちる。その様はまるで元あった場所へと変えるかのようで、崩れた葉はその色のせいか、土に溶け込んだ。


「完全に枯れてるじゃない」


 アデライドはそう言うと立ち上がる。


「どうするの?」


 ツルカがアデライドに尋ねる。助けると意気込んでやってきたツルカだったが、具体的な方法など一切考えずにいた。


 そもそもの話、この村の作物が日照りでダメになっているという情報だけではどうしようもないのだ。何がどうなって、どれほど被害が出ているのか。それをまず確認しなければ話は始まらない。


「枯れてる分に関してはどうしようもないわ。新しく苗を植えてもらうほかない。けれどまだギリギリ生きてる作物も少なからずあるでしょう?」


 振り返り、アデライドはカズィの方に目線を向けた。


「ええ、もう少し先にはまだ残っているものもありますが…」


「ならそっちは……」


 カズィから目線を外し、今度はツルカに目線を向けた。


 その視線が何を言っているのか、ツルカはすぐに分かった。渡された贈り物を丁寧に受け取るように、首を少しだけ縦に振った。


「ここは私が何とかするから。カズィさん、ツルカをその場所まで連れて行ってあげて」


「承知いたしました。ささ、ツルカ様。どうぞこちらへ」


 そう言ってカズィはまたその細い道を歩き出す。ツルカもそれについて行くように、カズィの少しだけ後ろを歩きはじめる。


「ツルカ」


 ふと名前を呼ばれ、振り返る。


「また後でね」


 アデライドは手を振りながらそう口にした。


 ツルカも同じように片手を少しだけ挙げて小さく振った。


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