52.夢見がちな王女様~2~
その図書館は有体に言えばただの汚い広い部屋でしかなかった。そんな場所が城内にあるというのはどうだろうと思うのだが、なんせ場所の広さが広いものだから、誰一人として掃除をしようとしないのだ。
その割に利用者が多いわけではないため、人が来ないような隅の方の本棚の本は、その背表紙の題名すらも埃で隠していた。
「アーロント、いる?」
ツルカはその声と一緒に重たい扉を押し開ける。
ギィ、と嫌な音を立てながらその扉が埃を図書館の中に舞わせる。
「うわっ、汚っ」
アデライドの口をついて出た言葉が館内に響いた。
図書館の中は薄暗く、灯りの一つもついていない状態だった。実に埃っぽく、外から入り込む明かりに照らされ、舞っている無数の塵がその姿を現す。
「いないのかしら」
ツルカのその言葉に反応するように一つの橙色のほんのりとした灯りがゆらゆらとツルカとアデライドのいる方に近づいてくる。
「ツルカ様にアデライド様。このような辺鄙な場所に何か御用でしょうか?」
灯りの持ち主はその足元を照らし、コツコツという靴音に交えてそう口にする。
「こんな汚い場所に興味はないわ。あなたを探していたのよアーロント。ツルカがどうしてもあなたとデー……お買い物に行きたいみたいだから」
アデライドはそう言いながらツルカの方をニヤニヤしながら見つめる。それに対抗するようにツルカはアデライドを目線だけで睨み返した。
「私とお買い物ですか……。何か欲しいものがあるのであれば私が買ってまいりますが」
「そういうのじゃないのよ。この子はあなたと買い物したいの。分かる?」
「は、はあ……」
アーロントはいまいち分かっていない様子だった。
「あー、もう、面倒くさいわね。ツルカからも何か言ってやりなさいよ」
「あ、えっと……わた……と、一緒に……くだ……い」
ツルカは顔を俯かせ、指先をお腹の前でくっつけたり放したりしながら何かをもごもごと口にした。
その声は静寂に包まれた図書館ですら響かせることができなかった。
その中で唯一アデライドの大きなため息だけが響き渡った。
「あなたね……王女なんだからもっと堂々としていなさいな。なに年頃の女の子みたいに顔真っ赤にしてるのよ」
「とっ、年頃の女の子よ、現在進行形で!」
真っ赤な顔を持ち上げながらツルカがそう抵抗する。実際、ツルカは本当の意味で年頃の女の子なのだ。魔法使いに憧れるほどのメルヘン少女も恋だってする。
「申し訳ありません、ツルカ様。この後、私情がありまして……。何か欲しいものがあればそのついでに買って帰るつもりだったのですが。ともに外出することはできません」
そう言ってアーロントはぺこりと一礼。
それを聞いたアデライドは「あら」と一言。ツルカの方は先ほどとは正反対でその白い顔を俯かせた。
その様子を見かねてか、アーロントが一歩前に出て、ツルカの前に立つと彼女と同じ目線に腰をかがめて、その手を小さなツルカの頭の上に優しく乗せた。
「明日、一緒に出掛けましょう。どこへでも、どこまでもお連れ致します。明日行ける範囲で、ですが」
そう言ってアーロントはにっこりと笑った。
「ほんと?」
ツルカは顔をあげると目の前にあるアーロントの顔を見つめる。
「ええ、私はあなたの騎士です。主君に嘘をつくようなことは致しませんよ」
その言葉と一緒にアーロントはかがめた腰を元あった位置に戻す。
「それでは私はこれで。アデライド様、ツルカ様をお願いします」
「ええ、任せなさい」
その言葉を聞くと安心したようにアーロントは微笑んだ。そのまま二人を横切るようにして図書館を出て行く。
それを見届けるとアデライドが口を開いた。
「さ、私たちも一度部屋に戻りましょうか」
その言葉にツルカは反応することなく、ただただアーロントの歩いて行った方向を見つめていた。
「ツルカ、アーロントの行った方を見てても戻ってきてはくれないわよ」
「そっ、そんなんじゃないわよっ!」
我に返ったかのようにツルカが叫ぶ。
「ただ……」
「ただ?」
「私情って何だろうって思って」
それを聞いたアデライドは「確かに」と呟いた。
「主君の誘いを断るほどの用事って何かしらね」
その答えを知るものはこの場にはいなかった。ただ、図書館の隅の、乱雑にしまわれた本だけがその答えを知っていた。