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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第4章~魔法使い~
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51.夢見がちな王女様~1~

これから少し、ツルカの過去話を載せていきます。少し長いですがどうぞお付き合いください。

――魔法使いになりたい。



 それがツルカが持った初めての願望だった。


 ツルカは王女だった。国の未来を背負うべくして生まれた女の子だった。だから両親、国王と女王からは様々なものを与えてもらった。豪勢なドレス、豪華な食事、普通では学ぶことのできない知識、武術、芸術、社交マナーまでも。


 多くのものを与えられたツルカはそれこそ欲しい物などなかった。欲しいと思う前にそれはツルカの前に用意されたからだ。


 しかしそれは用意されなかったのだ。いや、そう簡単に用意できるものではなかった。



「お母さま、私、魔法使いになりたいの」


 そんなツルカの突然の要求に、女王も心底驚いた。今まで黙って与えられたものを受け入れてきたツルカが、欲しいものを要求してきたのだ。


 いや、正確に言うとこれは要求ではない。これはただの願望だ。将来の夢だ。それをこの国の国王は「欲しいもの」と勘違いしてしまった。


 結果としてツルカはその少女、アデライドとの出会いに繋がるわけなのだが。




§




 その少女を見てツルカは、怖いな、と感じた。そもそもの話、ツルカは同年代の女の子などほとんど見たことがないのだ。


 ツルカをじっと見つめる少女に委縮するように、ツルカは自分の母親の陰に隠れた。


「ごめんなさい、この子ったら人見知りで……ほら、挨拶なさい?」


 母親にそう言われたツルカは細い千切れかけの糸のような声で、


「ツルカ・フォン・ネーヴェです」


 名前だけを目の前にいる緑色の見たことのない衣服を着た女性と、その傍らで今なおツルカを見つめ続ける黒いローブを着た少女に伝える。


「あなたがツルカさんですね。この度、あなたに魔術を教えることになった『森の魔女』ラトリア・ヴァイヤーと申します。それでこの子が私の娘の……」


「アデライド・ヴァイヤーよ。……よろしく」


 ツルカを見つめる少女はそう名乗った。


「アデライドさんは年はいくつなの?」


 ツルカの母がラトリアにそう尋ねる。


「今年で十四歳になります。まだまだお転婆の抜けきらない子で……ツルカさんとの出会いで何か変わったらなと思い連れてきました。私自身もこの子を放ってはおけませんし。……お邪魔でしたでしょうか?」


 ラトリアがアデライドの頭に片手をポン、と置きながら不安げな表情を浮かべた。


「そんなことありませんよ。アデライドさんとの出会いがツルカに良い影響を与えてくれると、私も思っていますので」


 そう言うツルカの母を、アデライドはじっと見つめた。それから目線を落としてツルカの方を見る。その動作を少しだけ続けてからひと言。


「私、あなたのことが嫌い」


 その場が凍り付いた。


 ラトリアはとんでもない子供を連れてきてしまった、と。


 ツルカの母はとんでもない子供をこの国に招いてしまった、と。


 ツルカにとってアデライドとのファーストコンタクトは最悪のものとなった。




§




 それから一年の月日が経った。


「ねえツルカ、ちょっとお買い物に出かけない?」


「嫌よ、またお母様に叱られるわ」


 机の上でペンを走らせるツルカはその一言でアデライドの提案を一蹴した。


「またそんなこと言って……そろそろ親離れしたらどうなの?」


「言いつけは守るべきよ。あなたの場合は人の言うことを聞かないだけじゃないの」


 出会いこそ最悪であったが、今ではアデライドはツルカにとって唯一無二の親友になっていた。


「あなたのそういう頭の固い所、昔から変わらないわよね」


 アデライドはそう言って小さくため息をつく。


「逆にアデライドは変わったわね。あなた、私のこと嫌いじゃなかったかしら?」


 ペンを走らせる音に嫌味を混ぜ込みつつ、アデライドに対して少々にらみを利かせた。


「あのときは……アレよ」


 どれだろう。


「あのときのツルカ、魔術を舐めてるような目をしてたんだもの。お遊び半分で魔術を学ぼうなんてやつ、当時の私が許せると思う?」


「無理ね」


「そういうことよ」


 別に、ツルカは魔術を舐めていたわけでも、ましてや遊び半分で学ぼうなんてことも思っていなかった。


 ただ純粋に、「魔法使いになりたい」という願望を叶えたかったのだ。


 そう、ツルカはただのメルヘン少女に過ぎなかったのだ。


「それで、お買い物に……」


「行かないって言ってるでしょ? それに私、あなたに付き合ってあなたに負けてる場合じゃないの。あなたとは違って勉強しなきゃならないことがいっぱいあるんだもの。ごめんけど、お買い物は一人で行ってちょうだい」


 それを聞いたアデライドはむぅ、と頬を膨らませる。


「……アーロントも来るって言ったら?」


 ぴたり、とツルカの握るペンが硬直した。そして少し顔をあげて、アデライドのほうを見つめた。


「それ、本当?」


「本当よ」


「……私も行くわ」


 即決だった。ツルカにとってアーロントという人物はそれほどにまで大きいものであった。アーロントは簡単に言ってしまえばツルカの騎士だ。ツルカより二つ年上の、優しそうな顔をした青年であった。


「ツルカは本当にアーロントのことが好きね」


 ニヤニヤと笑うアデライドのその表情の裏側からは、人のことを心の底から面白がっている笑顔が透けて見えていた。


「それ、アーロントの前では言わないでよね?」


 その面白がる顔に一応の、念のための釘を刺した。


「とりあえず、お買い物に行くとなったらアーロントを呼びに行きましょう? 彼は今どこかしら?」


「アーロントなら図書館で調べ物をしているはずよ」


「なんの?」


 その言葉にツルカは少し考えるが心当たりがないのが分かるとすぐに、


「さあ」


 短く答えて腰を持ち上げる。


「とりあえずアーロントの所に行きましょうか」


 扉の方に向かいながらツルカがそう口にする。それに対してアデライドも「そうね」と相槌を打ってその後を追った。


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