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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第3章~ネーヴェ王国~
44/177

44.デートって

 デートとは何だ。何をすればいいのだ。


 布団をかぶった状態で静かに目を閉じて考える。


 もちろん、デートなどしたことはない。城にいたころだって基本的には一人で街に出ていた。誰かと一緒に、という経験はないのだ。しかもデートとなると余計に分からなくなる。


 デートとはいったい何をすればいいのだろうか。普通に買い物をするのとはまた違うものだ。そもそもデートというのは恋人同士でやるような、そういう事ではないのか。


 男女二人で出掛ければそれはデートなのか。僕とコレットは別に恋仲という訳ではない。どういう意図で『デート』という言葉を使ったのか、さっぱり分からない。


 コレットだって女の子だ。そういう事に憧れや興味を抱くのは仕方のないことかもしれない。しかしだとしたら、どうして僕なのか。


 顔が熱い。確実に今の自分は赤面している。


「はぁ……」


 一つため息をついて布団をめくって上半身を起こした。横に目をやる。コレットがうずくまって眠っている。小さな寝息を立てて、どこか居心地悪そうに布団の中をモゾモゾしている。


 彼女にはこの柔らかなベッドは不慣れだったのだろう。森にあるコレットの家のベッドはもっと硬い。それに加えて森からこの国に入るまでは荷馬車に何もしかずにそのまま眠っていたのだ。硬い所で眠るほうが彼女にとっては快適なのだろう。


 まただ。またコレットのことを考えている。ここ最近、ずっとコレットのことを考えている気がする。 

 思えばこの国に来たのもコレットのためだ。


 初めは、魔女狩りに遭う全ての魔女を救いたい、その思いで彼女らを牢獄から連れ出したのだった。しかしいつからか一人の女の子のために、こんなところまで来てしまった。一体、何が自分をここまで突き動かしたのだろう。


 さっきよりも顔が熱い。これでは寝付くなど到底無理だ。


 布団から抜け出して部屋の扉を開ける。


 廊下は薄暗く、部屋があるのとは反対側の窓から細々とした月明かりが仄かに差し込んでいる。


 洗面所はどこだっただろうか、などと思いつつわずかな月明かりを頼りに、廊下を歩いてみる。


 少し歩くと廊下の一部がその大理石を反射させているのが目に入った。見ると壁の方から明かりが伸びている。


 誰かいるものだと思い近づく。


 その小さく開かれた扉を少しずつ開けながら口を開いた。


「……誰かいるのか?」


 そう口にした瞬間、目の前に何か、キラキラした透明なものがその光をまばゆく反射させながら飛んできた。


「おわっ!?」


 ちょうど眼球のほうに飛んできた。上体を逸らして間一髪躱しきる。体勢を崩してお尻からどさりと倒れこんだ。


「……なんだレヴォルか」


 廊下でしりもちをついた僕に対して冷えたナイフのような声が飛んでくる。


「……ツルカさん?」


 そこにいたのは昼間に話していた少女、ツルカであった。ツルカは出しっぱなしの水道の蛇口を止めて首にかけていたタオルでその濡れている顔をふき取った。


 振り返るとその瞳をこちらに向けてくる。


「……こんな時間に、何をしているんだ?」


 何か言わなければと思い、思ってもいないことを口にする。


「……眠くなってきたから顔を洗いに来たのよ。そういうあなたは、逆に眠れなくて頭を冷やすためにここへ来たって感じね」


 恐ろしい。魔術でも使っているんじゃないかというぐらいに自分の思考を読み当てられる。今日だけでこれで三度目だ。


「その通りなんだが……。あなたは寝ないのか? 夜ももう遅いというのに」


 部屋を出る前にちらりと時計を確認したときには針はすでに二時を回っていた。


「寝ないわよ。私だって夜中ぐらいゆっくり研究がしたいんだもの」


 言いながら僕が来たのとは別の方向に向かって歩き出す。


「研究?」


 するとツルカは小さく振り向いた。


「見に来る?」




§




 見に行くことになってしまった。別に魔術に対して興味がないという訳ではない。むしろある。しかし自分に彼女の言葉を理解する力があるかと聞かれると、ないと答えざるを得ない。


「それで、何かあったの?」


 少し前を歩くツルカがそんなことを口にした。


「何かって?」


「コレットと、何かあったんでしょ? 相談ぐらいは乗ってあげるわ。こう見えてもあなたの何倍も生きているんだから」


 確かに、何かあったといえばあったということになる。しかしこれを人に話すべきだろうか。


「あー、えーっと」


 言葉に詰まった僕を見かねてかツルカが立ち止まり、振り返る。その目は猛獣がごとく眼光を迸らせ、言わなければ殺す、ぐらいの威圧感があった。


 こうなってしまっては言わないということはできない。


「コレットに、デートに誘われて……」


 言うべきではなかった、そう思った。その猛獣の瞳が別種の輝きを見せたのに気づいたからだ。これはそう、乙女の瞳というやつだ。よくよく考えれば、彼女は容姿だけでなく言動も少女のそれに近い。こういう話題に食いつくのも、無理はないかもしれない。


「なによそれ! すっごく面白そうじゃない!」


 そう言うとツルカは僕の腕をがっちりと掴み、突如走り出した。


「ちょっ、ちょっと!」


 僕の声は届いていないようだった。駆け足で、その軽そうな体を弾ませて、僕の意志などお構いなしに引っ張っていく。


 もうどうとでもなれ、そう思った。今更抵抗したところでどうせまたあの攻撃的な目を向けられ、無理やり話す羽目になるだろう。


 バタン、と大きな扉の音がした。どうやらツルカの部屋、だろうか。そうだと思われるところに着いていたようだった。しかし部屋にしてはなんというか、散らかっている。床には様々な紙やら瓶のようなものが転がっており、壁一面には本が乱雑に収納してある。その本棚の足元に力尽きたように本が投げ散らかされていた。


「……言っておくけど、ここは私の部屋じゃないわよ。ここは私の研究室。ここで魔術の研究をしているの」


 それを聞いて合点がいった。研究室と聞けば納得のいく雰囲気だ。全体的に部屋も薄暗くジメっとしてる。


「それじゃあその研究の話を……」


「そんな事よりあなたの話よ。私の研究の話なんて大して面白くもないから」


 話をずらそうと思ったが無理だった。よほど聞きたいらしい。


「お茶を淹れてあげるから、ゆっくりお話ししましょう?」


 その笑みは僕にとっては非常に不気味なものに映った。まるで新しいおもちゃでこれから遊ぼうという子供のようだった。


「いつからそういう関係だったの?」


 紅茶を淹れながらツルカが尋ねてくる。


「別に、僕とコレットは恋仲というわけでは……」


「えっ、違うの!?」


 今日一番驚いたというような表情でこっちを見てくる。違うものは違うのだ。僕とコレットは一緒に逃げてきただけの、ただの……なんだろうか。


「僕とコレットの関係は、傍から見たらそう見えるのか?」


「そうね、夫婦といっても信じる人はいるんじゃないかしら」


 さすがにそれは言い過ぎだろう。


「それで、話を聞く限りデートに誘ったのはコレットの方みたいね。意外だったわ。あの子がそんなに大胆だったなんて」


 どうぞ、といいながら僕の前に紅茶の淹れられたティーカップを置く。


「それで質問なんだが……」


「なに? 何でも聞いてちょうだい?」


「コレットはなぜ僕を誘ったんだ?」


 一瞬の沈黙。


「は?」


 室内が凍り付いてしまうかのような、とんでもない重低音が響いた。いや、実際に部屋の隅が少し凍り付いた。その声は確実に人が発していいものではない。無かったと思う。ありとあらゆる軽蔑や呆れの感情がその一言に込められているように感じた。


 絶対に、尋ねてはいけないことを尋ねてしまったのは分かった。


「……呆れた。そこに気づけていないなら意味ないじゃない。いろいろと教えてあげようと思ったけど、なんか頭に来たから何も言わないでおくわ」


 それはさすがに困る。デートの仕方とかいろいろ聞いておかねばならぬというのに。


「そう言わずに、何か助言を……」


「……仕方ないから一つだけ教えてあげる。あなたのさっきの問いの答えは自分で見つけなさい。人に聞いて答えが分かるようじゃ意味がないもの。デート、しっかりコレットを引っ張ってあげなさい、王子様」


 そう言い残してなぜか彼女は研究室を出て行った。


 一人取り残された僕はどうしていいか分からず、ツルカが出て行った扉をぼんやりと眺めた。研究するつもりだったツルカがなぜ研究室を出て行ったのか、という謎は残るがとりあえずは考えないでおこう。


 彼女からもらえた助言は一つだけだった。


「自分で見つける、か……」


 ツルカに言われたことをぼそりと口にする。少し考えてみたがまだ分からない。明日中に、その答えを見つけられるだろうか。


 少し冷めた紅茶を胃袋に流し込んで僕も研究室を後にした。


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