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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第3章~ネーヴェ王国~
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43.赤い夕陽に、魔女は息詰まる

――二度とこいつとは遠出をしない。


 飛んでいる蝶を目で追いかけながらぼんやりと横に突っ立っている自分の妹を横目に見ながらジークハルトは決心する。


 こいつの思考回路はぶっ飛んでいると思う。なぜ隣の国に行くと言ったら「飛んでいく」という発想に至るのか。急ぐ理由もないし普通に馬車でのらりくらりと向かう、という考えはこいつにはなかったのか。


 確かに早かった。いろんな意味で魔術のすごさを体感した。しかし二度とごめんだ。この感覚は二度と味わいたくない。


「もしかして、酔った?」


 酔ったどころの話ではない。気持ちが悪くて今にも倒れそうだ。


「なんなんだ、王都を出たと思ったら飛んでいこうなんて言って手を引っ張って……相談の一つや二つぐらいするもんだろう」


「でも、飛んでるときにお兄ちゃんが気持ち悪そうだったから途中で降りて休憩したよ?」


 確かに休憩はした。そこからだ。


「……それでなんでまた空を飛んだんだ。普通に馬車でいいだろう」


「ボクもそう思ったんだけど、街の人に聞いたらこの国に馬車は出ていないんだって。だったら飛んでいく方がいいかな、って思って」


 そういう事なら仕方がない、などと言う訳にはいかない。


「だとしても、もう少し丁重に飛べ。ダイナは空を飛ぶのは慣れているかもしれないが、僕は初めてだったんだぞ。それなのにあんなに速度を出して……」


 ぐちぐちと口うるさく説教をしているのは気がついている。しかし基本的に脊髄で生きているダイナにはこれぐらい言わないと分からないのだ。いや、これぐらい言っても分からない時もあるが。


「……ごめんなさい」


 少々口をとがらせながら、不満げな顔でダイナがそう口にした。絶対に反省していない。しかしまあ、自分が悪いと認め、しっかりと謝れるなら問題ないだろう。


「今度からは僕に相談するように」


「分かった」


 こくり、と小さく頷く。その素直な様に少々怒鳴ってしまったことに心が痛む。


「あの、兄妹喧嘩は終わりましたか?」


 すぐ横で、今までの一連の会話を見守っていた女性がようやく口を開いた。


「ああ、すまない。えーっと、入国審査をしなければならないのだったな?」


 そういえば空から降りる直前にダイナが「結界が張ってある」と呟いたように気がしなくもない。意識が飛びかけていたので覚えていないが。


「ええ、入国審査をしないとこの国には入ることはできないので。入国審査はこの小屋の中で行います。どうぞ入ってください」


 そう言ってその女性は小屋の扉を開けて中に入っていく。


「ほら、ダイナ行くぞ」


 また飛んでいる蝶を目で追っているダイナにひと言声をかけて小屋の中に入る。


「はーい」


 後ろからそんな声が聞こえる。


 僕に続いてダイナが小屋に入るとその開いている扉をダイナは静かに閉めた。


「どうぞお座りください」


 そう言いながらその女性は僕たちに椅子に座るように促した。椅子に座ろうとして何かに気づく。


「あの……なにか?」


 視線だ。自分たちを小屋に入れた女性のほかにもう一人女性がいた。その人が僕を観察するかのようにジッ、とこちらを見つめている。


「いえ、何でもありません。クルラ、この方々にお出しするのは紅茶でいいかしら」


 その女性は話題をずらすかのようにクルラと呼ばれたもう一人の女性に尋ねた。


「はいはーい! ボク、コーヒーが飲みたいです!」


 割って入るようにダイナがそのアンティーク調の椅子に腰かけながら言う。


「お前、コーヒー飲めないだろ」


 自分が知りえる彼女についての真実をありのまま伝える。


「ふっふっふ、舐めてもらっては困るよ、お兄ちゃん。ボクがコーヒーを飲めないとでも思ったかい?」


 思った。現に今しがた目の前に出されたコーヒーを見て少し震えているではないか。


「同じものでよろしかったですか?」


 その声に振り向くと僕を凝視していた女性が、ダイナにそうしたのと同じように僕の前にコーヒーを置いた。


「ありがとう。それと、この子には砂糖をつけてやってくれ。このままだと絶対に飲めないから」


「かしこまりました」


 そう言いつつ女性が食器棚のほうに向かいその場にしゃがみ込む。


「お兄ちゃん! 余計なことしないでよ! コーヒーぐらい砂糖がなくても飲めるし!」


 嘘だ。さっき少し口をつけて飲むのを諦めた顔を僕は見逃さなかったぞ。


「強がるのもたいがいにしなさい、痛い目見るぞ」


「強がってないし」


「コーヒーに入れる角砂糖の個数は?」


「三個……あ」


 ダイナが口を滑らせたときにはそのコーヒーの横に角砂糖が三個、小さな皿にのせられて置いてあった。


「仲がよろしいのですね」


 小さく笑いながらクルラと呼ばれた女性が僕の前に座る。


「そちら、妹さんですよね?」


「残念ながら」


「残念とは何さ! こんなに可愛い妹を持っておいて、何が不満なんだい!?」


 全体的に見て全部だ。まずうるさい。それと落ち着きがない。こういう時ぐらい静かにしておいてほしいのだが。


「あの、妹さんに質問なんですが」


 クルラは僕の次にダイナに話を振る。


「なんだい?」


 さっきまでうるさかったダイナも少し静かに答える。


「あなたは、魔女ですか?」


 その質問に僕もダイナも驚いた。しかしよく考えれば当たり前の質問である。この国は魔術大国だ。この国に入国する女性のほとんどが魔女である可能性は高いだろう。


「何で分かったの!?」


 当の本人はそのことに対して気づいていないようだった。こんな馬鹿なやつでも魔術に関しては天才の域にいるというのだから、不思議なものだ。


「ふっ、バレてしまっては仕方がない。そう、このボクこそ『夢の魔女』その人だ!」


 さっきからやけにうるさい。来たことがない国にいるということで気分が高揚するのも分かるが、もう少し静かに出来ないのかこいつは。


「やはり魔女の方でしたか。セラ、魔女が一人入国するとツルカ様に……」



 コンコン、と乾いた音が室内に響いた。おそらく、自分たちのように入国に来た人だろう。


「ひとまず、お二人とも入国審査は終わりましたので、これで国内に入っていただけます。お時間いただきありがとうございました」


 随分とあっさりと終ってしまった入国審査に、ジークハルトは眼前に置かれているコーヒーを一気に飲み干す。


「行くぞ、ダイナ」


 隣でこれまた同じようにコーヒーを一気に飲んでいるダイナに声をかける。


 立ち上がり、入り口の扉に向かう。


 振り返ると、開け放たれたその扉には一人の女性が立っていた。


 三十代ぐらいだろうか。黒い艶やかな、肩のあたりで綺麗に切りそろえられた髪が特徴的な女性だ。そんな妖艶な雰囲気を漂わせる女性を横目に見ながら、すれ違う形で入口の扉から外に出ようとする。


 そのとき、違和感に気づいた。ダイナの様子が少しおかしいのだ。先ほどまで笑顔だった顔は強張り、なにも口にしてはならない、言葉を発してはならないとでも言うように口を堅く閉ざしている。その額からは冷や汗のようなものが見える。


「どうした、ダイナ。具合でも悪いのか?」


 少し不安になって尋ねる。今日は少し雑に扱いすぎただろうか。だが、そんなことでダイナがこんな状態になるとも思えない。


 後ろで扉がバタンと大きな音を立てて閉まる。


「……なんでもない。行こう、お兄ちゃん」


 本人が何でもないと言うのであればこれ以上追及しても意味はないだろう。しかし明らかに様子がおかしかったのは確かだ。あとで何があったか確認を……。


「うおっ!?」


 突然、後ろから両脇にがっちりと腕を回されたと思うと、気がついたら僕の足は地面から離れていた。


「おい、ダイナ! 次からはちゃんと相談を……ってダイナ?」


 その声にダイナは応えなかった。その笑顔ばかりだった顔を、先ほどよりもさらに強張らせ、なんと言ったか分からないが小さく口を動かした。


「ダイナ……本当に大丈夫か?」


 絶対におかしい。僕の知らないダイナの表情だ。まるで何かに怯えるような。


「大丈夫だよお兄ちゃん。さ、早く行こう?」


 その声は、どこか不安を隠すように、いつもとは違う声の出し方に聞こえた。




§




 自分が魔術に関して人より秀でているらしいことは昔から知っていた。というのも自分で勝手にそうだと思い込んでいるわけではない。自分に魔術を教えてくれた人、アルルというのだが、その人に「お前は天才かもしれない」、そう言われた。


 その時は特に実感はわかなかった。魔術に関する知識も技量も自分一人でかき集めた張りぼて状態。そんな当時の自分は、自分が天才だなどと欠片も思っていなかった。


 しかし魔術を教わるようになってから、自分は他より魔術に対して頭一つ抜けていることに気がついた。


 だからといって慢心したりはしない。気づいた上で、人のために自分の魔術を使ってきたのだ。


 そして魔女になって四年が経った今、魔女になりたてよりも知識は増え、技量も上がった。だからこそ気づいた。いや、気づいてしまった。


 その女が横を通り過ぎる時、なにかが自分の心臓を握りつぶすような、そんな感じがした。


 その瞬間だ。頭に声が響いた。


『あなたは、気づいたのね。周りに何か漏らしたら、殺すわよ』


 耳元で言われたのではないかと思うほどだった。実際あの女は何も言っていない。これは魔術だ。精神魔術のひとつ、思念伝達魔術。それに何かが付け加えられたもの。


 その何かが明確には分かっていないが大体の想像はついている。対象の行動を制限するもの。今の場合、周りに何か漏らしたら殺す、という部分だ。つまり自分自身の言論の自由が一部奪われた。そう考えるべきだろう。


 今あった事を自分が記憶していてもそれを口外することができない。おそらくそういう魔術だ。……あの女、いや、男だっただろうか。まあどちらにせよ彼女もしくは彼が何者かは分からないし人に尋ねることもできない。ただ危険である、という事だけが頭に残る。



 分からない。これも魔術だろうか。さっきの女、もしくは男の顔が思い出せない。背格好も服装も声も。ただその恐怖心と、思念伝達魔術で言われた言葉が文字となって頭の中を漂っている。


 この状況でダイナが言える言葉は一つだけだった。


「なに、あれ……」


 口をついて出た言葉は誰の耳にも届かず、日が沈み始めた虚空を虚しく舞った。


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