41.ネーヴェ王国
ひと言で言ってしまえば、とても清楚な城である。見たところ壁には傷や綻びはなく、埃一つ見当たらない。掃除が行き届いているのが分かる。壁は全体が白で統一されており、部分的に青の装飾。
その色合いはまさに『氷の魔女』であるツルカの居城であることを示しているようだった。
「この城、一度焼け落ちているんです」
少し前を歩く騎士、と言っても鎧などは着ていないが、アウリールがそう口にする。
「そうなのか?」
「ええ、六十年ほど前に一部の兵士が反乱を起こしたらしく、その時に全焼したらしいです。私が生まれる、四十年近く昔の話ですがね」
確かに歴史書には『ネーヴェ王国では一部の兵士が反乱を起こし、王国側がこれを鎮圧した』、と書いてあったがその際に城が焼け落ちているというのは知らなかった。そういえば国交が途絶えたのも確か六十年近く昔のはずだ。
「もしかして、それがきっかけで鎖国状態に?」
「それもありますが、ツルカ様曰く、『世界の流れに呑まれることなく、ずっとこの国を存在させ続けるため』だそうです。この国には半円球状の結界がいくつか張ってあります。
基本的に侵入は不可能ですが、そこを管理しているのがあなた方をここに連れてきたセラやクルラです。そのため、他国からの侵略はなく、この国に入るにはセラやクルラのいるところまで行って入国審査をしなければ入れない仕組みになっています」
なるほどそういう仕組みだったのか。しかしもし、入国審査を無視してでも入ろうとするものが居たらどうするのだろうか。
「もし、無理やり入ってくる人が居たら?」
「……門番の役割を果たしているのはセラとクルラだけではありません。彼女らも魔女でありかなり力を持っているのですが、他にも同じような力を持っている魔女が居ます。無理やり結界を破ろうものなら彼女らが飛んでくることでしょう」
強固な結界に加えて強い門番。確かにどんな国でも敵に回したいとは思わないだろう。この国ほど魔術が発展している国は他にはない。もし魔術が戦争で使われることがあるなら、その力は未知数だ。どれほど強力なものかも分からない。侵略なんて馬鹿げたことをする国はいないだろう。
「この六十年間、国交を開くことを拒んできたのもそういう事だったのか」
どの国にも干渉せず、どの国からも干渉されない。確かに戦争が起きない、この一点に関しては平和な国と言っていいだろう。
「食料などは全部国内で?」
ふと浮かんだ疑問が口をついて出る。
「そうです。これだけ魔術が発展している国ですから、よっぽどのことがない限り天候や土壌に左右されることなく必要なだけの食料を生産することが出来ます」
国交を開くことが意味するのは、お互いに生産物を輸出入することが主な目的だ。輸出はともかく、この国は他国から輸入する必要がない。すべて国内で自給自足している。確かに国交を開く必要はない。それに加えて未知数の軍事力。国力だけを考えれば鎖国の状態でもやっていけるものだ。
「さ、着きましたよ。ここがコレット様のお部屋です。先ほどツルカ様が言われた通り、しばらくはこの城の中、主にこの部屋で生活していただきます。もし城の外に出たいという事であれば、あなた方がお使いになった転移の魔法陣の管理者にこれをお見せください」
そう言いながら懐からあるものを取り出した。
「これは?」
「手形のようなものです。これを見せれば城の出入りは可能です。では私はこれで」
その言葉を最後にアウリールは元来た廊下を歩いて帰っていった。