表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第3章~ネーヴェ王国~
37/177

37.再会~3~

 それは傍から見ればただの事故だろう。しかし自分にとって、それは時間を溶かすような、錆びついて動かなくなっていた時計が動き出すような、そんな出来事だった。




§




 人を探していた。自分が追われる身になっている中、人を探すというのは何ともおかしな話だが、とにかくその人に会う必要があった。おそらく捕まればもう会うことはない、殺されておしまい、そう思っていた。


 しかしどういう訳か、自分は追われる身ではなくなった。逃げる必要はなくなった。兵士に遭遇しても殺されることはなくなった。要するに、その人と会う必要もなくなったのだ。


 だがしかし、一度()きあがった衝動というのはそう簡単に抑えられるものではなく。自然と足は王都のほうに動き出していた。


 その人は兵士だった。よっぽどのことがなければ、王都にいるはずなのだ。正直、追われている間に会うことが出来れば、その人に捕まるのもアリかな、とか思ったりもした。今になれば、そうならなくてよかったと思う。


 そんなことを考えながらも王都に入った。が、入ったはいいものの人が多すぎるのだ。道という道を埋め尽くさんばかりの人。あの中に身を投じて人を探す気にはさすがにならなかった。


 だから屋根の上に上ることにしたのだ。浮遊魔術で屋根の上にあがると、商店街を一望できた。そして隣には一匹の猫が朝日を浴びて気持ちよさそうにすやすや寝ている。


 それを見ているうちにだんだんと自分も睡魔に襲われ、いつの間にか眠りこけていた。


 次に気がついたときには、なぜか宙を舞っていた。


 魔術で飛ぼうか考えた。しかし残念なことに詠唱が間に合わなかった。下を見ると大勢の人。どいてくれ、と声をあげるので精一杯だった。


 次の瞬間には自分の下で誰かが潰れていた。それを偶然の出来事と言うべきか、それとも必然だったと言うべきか。しかしその時、凍り付いていた自分の時間は確実に融解を始めたのだ。




§




 知っていた。その呼び方に聞き覚えがあった。自分が昨日、見つけ出そうと決心した相手はこうも簡単に、しかしなんとも言えない状態で、こうして再会してしまった。神様というのはどうやら、感動の再会というのが大好きらしい。


「お前……ダイナか?」


「えっ、やっぱりお兄ちゃんだ!」


 そう言って横にしゃがんでいる女の子、ダイナが首元めがけて飛びかかって来た。


「うおっ!?」


 その衝撃で横倒しになる。今度は肩を強打。今日だけでどれだけ地面に体を打ちつければ気が済むのか。


「お兄ちゃん! また会えて嬉しいよっ!」


 頬をすり合わせてくる。


 こいつに羞恥という感情はないのか。


 どこからともなく拍手の音が聞こえだす。


「なになに? なんでみんな拍手してるの?」


 その憎たらしくも愛らしい顔には本気でこの状況を理解しきれていないとでもいうような、そんな顔が浮かんでいた。


 どう考えてもこの状況を作り出してしまったのは自分たちだ。現に拍手をしている人間は自分たちを囲んで輪になるようにして立っている。


 兄妹の感動の再会だ、と誰もが察したのだろう。確かに再会は喜ばしいのだが、こんなに目立つような再会がしたかったわけじゃない。ましてや拍手されるなど。


「ところでお兄ちゃん、こんなところで何してるの?」


 それはこちらのセリフだ。何がどうなって女の子が空から降ってくるなんてことになるのか。普通に考えてあり得ないだろう。


「お前こそ、何で空から降って来たんだ。もうちょっと静かな登場とか、できるだろう」


 あられもない本心が漏れ出してしまったが、この際そこは気にしてはならない。回答次第ではこいつの晩飯を抜きにする必要がある。


「あー、えっと、屋根に上がったらいつの間にか寝ちゃってて……それで、滑り落ちた、のかな?」


 怒りやら呆れやら羞恥心やらが塊となって口からため息になって漏れ出た。


「今日の晩飯は抜きだ」


「なっ、なんで!?」


 自分が探していたのは、きっとこれだ。何でもない会話、自然にこぼれる笑顔。このなんて事のない情景を、また見ることが出来るとは思っていなかった。


「おい……あれ、『夢の魔女』じゃないか?」


 誰かがそんなことを言ったのが聞こえた。



 言葉というのは恐ろしいものだ。風に乗って誰の耳にでも届き、そして伝える。尋常じゃないほどの伝染力。それが言葉だ。だがしかし、今言いたいことの本筋ではない。肝心なのはその内容だ。良い噂や悪い噂なんてものは、誰しもが日常的に耳にするだろう。もし今の発言が良い噂となるなら、どれだけ良かったことか。


 悪い噂というのは良い噂よりも伝染しやすいものだ。誰だって自分が正しいと思いたい。正しさを示すには明確な悪が必要になってくる。だからこそ、人は悪い噂というのを耳にし、そしてその悪を共有するために人に話す。


 ではこの場合の悪とは何か。


 それは、ダイナ自身だ。


 一度根付いた感情というのは、拭おうにもなかなか拭えないものである。魔女狩り宣言のおかげで彼女は一度、悪人に落ちた。ただし、何一つ悪いことはしていない。魔女である、それ自体が悪なのだ。それを人々が認識し、理解する。魔女は悪なのだと。そしてそれは、在りもしない憎しみやら怒りへと姿を変え、心の中に棲みつくのだ。


 それは、魔女は悪ではないと訂正された後も残り続ける。ではその憎しみや怒りは何に変わるのか。それはおそらく嫌悪だ。誰だって、一度面倒ごとを起こした人間には近づきたくはないだろう。


 面倒ごとを起こしたのは彼女自身ではないが、面倒ごとの当人である。誰だって関わりたいとは思わないだろう。



 気がつけば、拍手の音が消え、その目に映るのは祝福ではなく、嫌悪に変わっていた。


 この街から出て行けと言わんばかりに。多くの人の視線が投げつけられ、ヒソヒソとした小さな悪口やらがダイナに刺さる。


「そう、だよね。ボクは魔女だもんね。この国に居場所なんてもう……ないよね」


 その目に浮かんでいるのは悲哀でも怒りでも涙でもなかった。諦め。それが彼女の出した答えであるようだった。


 もし、自分が同じ立場ならきっと同じ答えを出しただろう。諦めるしかないのだ。これほど多くの人に嫌われて、この国で生きていくなど到底不可能だ。いや、もし出来たとしても、その心はすり減り、やがて潰れてなくなるだろう。そうなってほしくはないのだ。


 だから僕は。


「ダイナ、行くぞ」


 顔を俯かせたままの妹の手を引いた。


「行くってどこに?どこにもボクの居場所はないよ?」


 そうだ。この国にこの子の居場所はない。だが他の国なら。


「いいからついてこい」


 妹の手を引き、人混みに抗うように進んでいく。


 しっかりと手を握り、確かな足取りで道を進んでいく。


 幸せになってほしいだけなのだ。昔みたいに笑ってほしいだけなのだ。それが可能な場所、国は一つしかない。


「ネーヴェに行くぞ」


 それを聞いた彼女は、どう感じただろうか。驚いただろうか。嬉しかっただろうか。どちらにせよ、その顔に浮かんだ表情は限りなく昔の笑顔に近かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ