35.再会~1~
今回の話から少しだけレヴォルとコレットから離れてジークハルトに焦点を当てたお話となっております。それでは、どうぞ。
灯に照らされた商店街を一人、辺りを見回しながら歩いていた。鎧を外したその体は軽く、歩くたびに鳴り響いていたあの心地よい金属音は布の擦れる音に変わっていた。
――さすがに王都にはいないか。
つい先ほどまで、鎧に身を包んでいたジークハルトの探している人物はここでは見つからなかった。それもそうかもしれない。隣の街に店を構えていた妹が、魔女狩り宣言を受けてわざわざ王都に来るはずもない。退役届を出すついでに、もしかしたらと思って探してはみたがとんだ無駄骨だったようだった。一体どこにいるのか。
昔から蝶を追いかけてどこかに行ってしまうような子だったが、今でもそんな感じだと少々不安になる。ともかく、大まかな居場所も分からないようでは探しようがない。まずは情報を集める必要がある。今後の身の振り方はそれから決めることにしよう。
そう思い、辺りを見回してみる。どこかしら情報を集めるのに適しているような場所を探してみる。が、時間が悪かった。ほとんどの店が閉まっている、または閉める準備を始めている。多くの人から話を聞くとなれば飲食店がいいと思ったのだが、どこもかしこも店の明かりは消え、人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。
そんな中、ポツリと灯が一つあるのが目に飛び込む。徐々に人気が消えていく商店街を足早に、灯めがけて歩く。
酒場だった。窓の隙間から覗き込んでみると、昼間の街中と変わらないほどの密度、喧騒が目と耳を刺激する。
これほどの人の量ならば誰かが何か知っているのでは、という思考がよぎる。扉の取っ手を引いて足を踏み入れる。
窓越しでも少々不快に感じられた喧騒が、さらに大きくなり、頭の中に響き渡る。喧騒の中訪れた客人に振り返る者もおらず、皆各々に談笑をしたり、中には猥談をして、酒のつまみにしていた。
適当に空いている席を見つけ出し、腰を掛ける。
「おっ、あんちゃん、見ねえ顔だな? なんだぁ? 女にでもフラれたか?」
目の前に座る男が立派な顎鬚を撫でながら口を開く。顔が真っ赤で酒臭い。心なしか目も座っていないように見える。正直、酒はあまり好きではないのだ。早々に情報を集めて立ち去りたい。
「別にそういう訳ではない。人を探している。『夢の魔女』を知っているか?」
尋ねると男はきょとんとした表情で一秒ほど静かになる。直後大きな声で笑う。
「なんだよあんちゃん。まだそんなこと気にしてんのか? 今更捕まえたって報奨金も何も出ねぇぞ?」
思っていた回答とは何もかもが違う形で返ってきた。
「どういうことだ?」
「何だ知らねぇのか。テレーズ第一王女様が帰って来たっていうのはさすがに知ってるだろ?」
当たり前だ。二年前に謎の失踪を遂げたテレーズ第一王女が突然帰ってきたという。話によれば、『森の魔女』に二年の間囚われており、そこにランディ王子、もとい国王が複数の兵士を連れて助けに来たらしい。しかし国王と兵士の奮闘により、その戦いは相打ちに終わったらしい。そして王女は国王が乗ってきた馬車で城まで逃げてきた。これがこの話の一連の流れだ。
「もちろん知っているが、それと何の関係がある?」
「ランディ国王が死んだことで魔女狩り宣言は撤回されたとのことだ。もともとこの宣言を良く思っていない人間も城内にいたっつう話だし、まあ妥当な判断じゃねえかなぁ。それよりあんちゃん、一杯どうよ! ここの酒はうめぇぞ!」
酒が並々と注がれた木製のコップを突き出しながら言ってくる。
「あ、いや、酒はあまり好きじゃないんだ。面白い話を聞かせてもらったよ。ありがとう」
そう言って席を立つ。
酒場を出ると、耳に蓋をするように扉を閉める。街の静けさが頭を冷やし考えをまとめさせる。
ひとまず、魔女狩り宣言が撤回された。もしこのことをあの子が知っているならば、まだこの国にいる可能性が高い。探す範囲は絞れそうだ。
となれば、明日からの動き方は大体決まりだ。
思考を巡らせる中、足が勝手に兵舎の方向に向かっていることに気づく。思い出したかのように立ち止まって、体の向きをぐるりと反対に変える。
「まだ宿は開いているかな……」
そんなことを呟きながら、徐々に明かりが消えていく街中を一人歩き進んだ。