3.草原の魔女~2~
魔女はそれぞれ自分の名前とは別に呼び名を持っている。
泉の魔女、洞窟の魔女、荒野の魔女等々。
大抵はその魔女が住んでいる場所の特徴を取ってつけることが多いが、中にはその魔女の使う魔術の特徴を取った呼び名もある。
そして私は前者のほうだ。私の使う魔術に最も適しているのが草原だったのだ。
とは言っても、ただ単に野草を取りに行くのが楽というだけなのだが。
私の祖母は『森の魔女』だった。ゼラティーゼ王国南に接している大森林、その支配者だったのが私の祖母だ。
そして祖母は私の魔術の師でもある。
ほとんどの場合は十五歳になると自分の師の呼び名を引き継ぐ形で魔女になるのだが、例外も一部存在する。それが私だ。
私には『森の魔女』を継ぐことができなかったのだ。
なぜか。
それは――――才能がなかったからだ。どう頑張っても祖母の扱う魔術は私には扱うことができなかった。
いくら頑張っても動物と心を通わせることはできなかった。いくら泥だらけになっても土を操ることはできなかった。いくらびしょ濡れになっても水を生み出すことはできなかった。
魔術の本を読みこんだ。知識をつけた。だが私の才能というやつは、それを一切受け付けなかったのだ。
唯一身につくことが許されたのが治癒魔術だったのだ。
しかし治癒魔術は地味で、味気なくて、それでいて大して人の役に立たないものだ。擦り傷を直す程度の力しかない代物だ。
それでも、この魔術で誰かの役に立ってみせる、その一心で魔術を勉強した。いや、魔術だけではない。薬学や身体学、植物学など、その他諸々の医者がつけるであろう知識は全部身に付けた。
その努力ゆえに、今私はこの暮らしができている。多くの人の命を救う可能性を持つ、『魔女』としての生活を―――。
§
私『草原の魔女』の生活は朝、野草を摘みに行き、工房に帰って調合、薬を作っている。週に一回村まで行って薬の販売。これで生計を立てている。
明日は、先週村長の家に行ってから、ちょうど一週間だ。元気になってくれているといいのだけれど。
「よし! 明日の準備できた!」
ふわぁ、と大きめのあくび。時計に目を向ける。ちょうど十一時半を指していた。外を見るといつの間にか暗くなっている。
そういえば今日は夕食を食べていないのだった。何か適当に作って食べて寝よう。
そう思い何かないかと思って台所を見渡す。
その最中、見覚えのない灯がゆらゆらと揺れているのが目に入った。
「なに? あれ……」
――ザッ、ザッ。
草の上を歩く足音が聞こえる。
家の近くに誰かいる。
草を踏みつけるその不快な足音は徐々に、追い詰めるように近づいてきている。
窓から少し顔を出して様子を見てみる。
ランプを持って鎧を着た男が数人。その鎧がランプの光を反射して、その輪郭を闇夜に浮かび上がらせている。
この家を取り囲むように立っている……ように見える。
(王国の兵士? もしかして魔女狩り?)
そう思ったときにはもう遅かった。ドンドン、と乱雑なノック音が室内に響く。
まさか、もう来たのか。だとしたらどうしたものか。
こっそり逃げるか? しかし逃げたところでどうせ捕まるだろう。私が王国の兵士から逃げきれるはずもない。
では抵抗するか? それも無理だ。そもそも私は家にこもって研究に没頭するタイプの人間だ。体を動かしたりというのは全体的に向いていないのだ。
――詰みだ。
私ではこの状況を覆せない。先ほどから鳴りやまないノック音がその答えを出すのを急かし、意図的に導かせているようだった。
家の扉をゆっくりと開ける。
「あの……何か御用でしょうか?」
おずおずと家から出る。
「『草原の魔女』だな?」
「はい……」
小さく頷く。
「テレーズ第一王女殺害の容疑者として貴様を拘束する」
その言葉を聞いて、私は一瞬だが頭の上に疑問符を浮かべた。
なんだか話が大きくなってないだろうか。
そもそも殺害ってなんだ。その言葉からすると死んでいるのが前提で話しているようにしか聞こえない。
いやいや、勝手に殺しちゃダメでしょ、それでも王国兵士かあんたら。
という言葉を飲み込む。
「……殺害ですか?」
「そういうことになっている。とりあえず王都まで来てもらうぞ。抵抗はするなよ? 女性にあまり手荒なことはしたくないのだ」
もちろん抵抗するつもりはない。抵抗したところで取り押さえられるのがオチだ。
「抵抗するつもりはありません。どうぞ連れて行ってください」
「話が早くて助かる。我々は馬車で来ている。そこに乗ってくれ。夜は冷えるから中にある毛布で風邪をひかないようにしろ」
その言葉に、どこか違和感を覚えた。
随分と紳士的な男性だ。なかなかに好感が持てる。この場を仕切っているあたりを見ると、この男性が隊長か何かだろうか。
というより馬車で来ていたことに正直驚いた。馬車で来ていたとすると少々時間が掛かりすぎな気がする。
王都からこの草原まで一週間以上は掛からないはずだ。掛かってもせいぜい四日か五日ぐらいだ。
そんなことを思いつつ言われた通り馬車に乗る。足を一歩踏み入れたところであるものが目に入った。
まるで宝石で紡がれた糸のような輝きを放つ髪。一口に言うと金色という単語で完結してしまうのだが、しかしその単語で言い表すには少し物足りない、ただの金色ではない髪色だった。
ランプの明かりを反射し、その色が所々で姿を変える。
「この子も魔女?」
ふと心に浮かんだ疑問をそのまま喉から出す。
「そうだ。『鉱石の魔女』というらしい。その娘がなかなか逃げ回るものでな、とらえるのに少し時間が掛かった」
なるほど。それで王都からこんなに時間が掛かったのか。勝手に抱いた疑問が自分の中で解決する。
その金髪の少女の横にストンと腰を下ろす。何となく首を傾け馭者席に乗り込む兵士をぼんやりと見つめる。
「なんだ?」
視線に気づいたのか、その兵士がこちらを振り返る。
「あ、いえ。私って一言でいえば容疑者ですよね?」
「そうだが」
「何で優しくしてくれるんですか?」
尋ねると、ぷいっとそっぽを向かれた。
――無視された。
無視されたのはちょっとショックだが、彼とは友好的になれる気がした。確証はないがそう感じた。
「あの、お名前伺ってもよろしいですか?」
仲良くなるためにはまず相手を知るところからだ、と祖母が言っていた。
「……」
無視された。
「えっと、私はコレットっていいます。村で薬を売っていて……」
「……」
無視された。
「えと、その……」
さすがにここまで立て続けに無視をされると精神的に来るものがある。
「せめて名前だけでも……。これから一週間弱お世話になりますし……」
正直、適当な理由付けだ。世話になると言っても、私と彼の関係性は容疑者と連行者であることに変わりはない。この男性は私を王都まで連れて行くだけだ。
「……ジークハルトだ」
すごく小さな声で言った。本当に聞こえないぐらいに。馬車の音にかき消させるがごとく静かに、彼は自分の名前を明かした。
「ジークハルトさん、ですね。これから少しの間よろしくお願いしますね」
そう言って彼に微笑みかけた。
依然彼は口を開かず、まるで、聞こえていません、と言いたげにこちらから見えない角度にわざと顔を向けた。