28.少しだけ昔のお話~1~
これからしばらくレヴォルの過去話、その周辺の過去話が続きます。では、どうぞ!
あるところに、二人の兄弟がいた。
兄弟はある国の王子で、兄のほうは威厳のある態度だが、優しい心を持っていた。弟のほうは威厳の欠片もないような性格だったが、兄同様、とてもやさしい心の持ち主だった。
二人の兄弟はとても仲が良かった。
遊ぶのもいつも二人、勉強するのも、お風呂に入るのも、眠るときも。
いつも一緒にいた。喧嘩など一度もしなかった。
兄は自分の住む国が大好きだった。だから、この国を良くするために、この国の過去について一生懸命勉強した。国をどう治めれば失敗しないのか、どうやったら失敗してしまうのか。そうして彼は、国の過去を熟知した。
弟も自分の住む国が大好きだった。弟は国を良くするために、この国の現在について学んだ。しょっちゅう城を抜け出し、街を見て歩いた。人々の暮らし、文化、風土。多くのものを見て、多くの知識を蓄えた。
多くの人が、彼らが王になればきっと、この国を今よりさらに良い方向に導いてくれると信じていた。
威厳があり、多くの人を魅了する兄と、親しみやすく、慈愛に満ち溢れた弟。二人が力を合わせれば、必ず良い治世をすると人々は確信していた。
§
暖かな日の射す昼下がり。兄弟は昼食を取った後だった。
「兄さんは今日も勉強?」
「ああ。父上に近づくためには、もっと知識を蓄えなければならない。そういうお前は今日も脱走か?」
弟の方がニヤリと笑う。
「もちろん。今日も街中を見て回るさ。町の中には城では知ることが出来ないことがたくさんある。知ってるか? 林檎って赤いんだぞ?」
ふふん、と自慢げに弟が鼻を鳴らす。
「それは本当か? レヴォル、冗談はよせよ。林檎が赤いわけないだろう? 林檎は黄色い果実だ」
「中身は、な。でも林檎には皮がついていて、その皮が赤いんだ。宝石みたいでとても綺麗だったよ。今日買って帰るから、楽しみにしていてくれ」
「それは楽しみだ」
ぱたりと読んでいた本を閉じる。
「そろそろ俺は図書館に行くよ。それじゃあまたな、レヴォル」
そう言って兄のほうは部屋を出て行った。
「さて、と。僕もそろそろ出ようかな」
城からの脱出は彼にとっては簡単だった。どこに見張りがいなくて、どこに見張りがいるのか。どこの壁が綻んでいて、通り抜けられるか。すべてを把握していた。
城の構造の知識において、彼の右に出る者はいなかった。
手際よく城を抜け出す。
「今日は何処に行こうかな」
その少年は一日ほど前、商店街を訪れていた。この国の商店街はとても広く、八百屋や鍛冶屋、飲食店から呉服屋まで、様々な店がある。
好奇心旺盛な彼は、一日だけではすべてを見て回れなかった。昨日は八百屋に入り浸っていた。
「今日は……そうだな。鍛冶屋に行ってみよう」
少年は道行く人に声をかけた。
「あの、すいません。この商店街で一番有名な鍛冶屋さんって何処ですか?」
聞かれた男性はにっこりとした笑顔で答えた。
「これはこれは、レヴォル王子殿下。有名な鍛冶屋……ですか。それでしたら、そこの道を真っ直ぐ行って、左側にある路地に入って進んだところに、腕利きの鍛冶師がいると聞きます。そこが一番でしょう」
彼はぺこりと一礼をした。
「教えてくれてありがとう。早速行ってみるよ」
「お気をつけて」
すると、彼は言われた道を走り出した。
人ごみの中を風のように駆け抜ける。
勢い余って路地に曲がるところを通り過ぎかけた。
「おっ、と」
急減速して停止。
ぐるりと体の向きを変えて、今度はゆっくり歩きだす。
路地を曲がると少年はスキップしだした。
「鍛冶屋さんかぁ。やっぱり剣を作っているのかな。僕の剣も今よりもっと強いやつに鍛えなおしてもらおう! 楽しみだなぁ」
などと独り言をつぶやきながら、腰に下げている剣をさすさすと撫でる。
どこからともなく、泣き声が聞こえた。
少年はその泣き声を聞き、立ち止まった。
耳を澄ます。
少年が少しだけ歩いて、右側の路地を覗き込む。
一人の少女がしゃがみ込んでわんわんと泣いていた。
「君、こんなところで何しているの?」
すると少女は少年のほうを一瞬だけちらりと見て、また泣き出した。
さすがの少年も困惑した表情を見せる。
「ええっと……お腹痛いの?」
泣きながら少女が首を横に振る。
「じゃあ怪我しちゃったとか?」
またもや首を横に振る。
「ま……に……ちゃった」
少女がボソッと呟いた。
「えっと……なんて?」
「迷子に……なっちゃった」
そう言いながら泣いているその少女に、少年が手を差し伸べる。
「座って泣いていても、何にもならないよ? 大丈夫。僕が何とかするから」
少女は少年の顔と差し出された手を交互に見る。
「……うん」
少女は小さく頷き、少年の手を取り、立ち上がった。
少年は少女の手を引いて、歩き出す。
「誰とはぐれたの?」
「……おばあちゃん」
少女がか細い声で答えた。
「どこから来たの?」
少年が聞くと少女は南の方角を指さした。
「南の町?」
女の子が先ほどのように首を横に振る。
「帝国?」
同じように首を振る。
「……森」
少女が小さく答えた。
それを聞いて少年は驚いた。
「森!?」
「うん。おばあちゃんと森に住んでて……おばあちゃんが王都に行くって言うから……私も、ついて行きたくなっちゃって……そしたら、おばあちゃんとはぐれちゃって……」
すると、また少女が泣きそうになる。
「……ちょっと待ってて」
そう言うと少年は一人、何かのお店に入っていった。
しばらくして、少年が出てきて少女のもとに駆け寄る。
「はい、これ」
そう言って少年が少女の前で握られた拳を広げる。
広げられた掌の中にはサファイヤをあしらった、雫の形のイヤリング。
「なに……これ?」
「あげる」
「いいの?」
「うん。いいよ。だからもう、泣かないで」
そう言いながら、少年は女の子の右耳にイヤリングをつけた。
「すごく似合ってる」
にっこりと少年が微笑む。
「ほんと?」
「ほんとだよ」
少女は少し俯いて、「ありがとう」とお礼を言った。
「どういたしまして。さて、と。そろそろ君のおばあさんを探さなくちゃね」
少年がキョロキョロとあたりを見回す。
「君のおばあさん、どこに行くとか話してた?」
少年の質問に少女は短く答えた。
「……布」
「布?」
「うん。おばあちゃん、お洋服作るから布を買いに行くって……」
布かぁ、と呟きながら少年が少し考え込む。
「だったら、呉服屋さんに行ってみよう。もしかしたら君のおばあさんが居るかもしれない」
「……おばあちゃん、見つかる?」
「きっと見つかるよ。僕に任せて」
そう言って少年は胸を張る。
「あの、すみません」
鍛冶屋に行こうとした時と同じように、道行く人に声をかけた。
「この商店街にある呉服屋さん、全部教えてください」