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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第2章~森に向かって~
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23.森の魔女の家~1~

「王子殿下、馬車の用意が出来ました」


 それを聞いて玉座にふんぞり返る男が顔をしかめる。


「国王陛下と呼べ。次間違えたらその首を()ねるぞ」


「もっ、申し訳ございません!国王陛下!」


「うむ、それでよい。さて、それでは行くとしようか」


 言うと男は立ち上がり部屋を出る。


 それに続くように、何人かの兵士が男の後ろをついて歩いた。



 男の名はランディ。レヴォルの兄であり、このゼラティーゼ王国の次期国王でもある。即位式を行っていないため、肩書は第一王子のままだが、父の代わりに玉座に座っている。実質国王のようなものだ。


城を出るとランディは豪勢な馬車に乗り込んだ。


馭者(ぎょしゃ)よ」


「何でしょうか国王陛下」


「大森林までどれくらいだ?」


「二日か三日はかかります」


「ふむ、そうか」


 そう言って、髭の生えた顎を撫でる。


「あの、陛下」


 後で乗ってきた兵士のうちの一人がおずおずと手を上げる。


「なんだ」


「なぜ陛下自ら魔女討伐に向かわれるのでしょうか? そのようなこと、我々兵士にお任せして下さってもよいというのに」


男が兵士をギラリと睨む。


「申し訳ございません! 不躾な質問をいたしました!」


 身を震わせながら兵士が頭を下げる。


「頭を上げろ。特別に教えてやる。なぜわざわざ俺が出向くのか。それはな、見たいんだよ。俺が大嫌いな魔女が死ぬ瞬間をな」


 男の口元が少々引きつり、不気味な顔立ちを見せる。


「そこで、だ。『鉱石の魔女』はおそらく死んだ。『草原の魔女』と『傀儡(かいらい)の魔女』、『夢の魔女』は行方が分からん。だが『森の魔女』は何処にいるかが分かっている。必ず森の中に居るのだ。

 奴は絶対に出てこない。ならばこちらから出向くほかあるまい。でなければ魔女が死ぬ瞬間を見届けられんだろう?」


 ニタニタと不敵な笑みを浮かべながら男が語る。


「なるほど。左様でございましたか。さすがは陛下です」


 男はその顔を引きつらせ、こう言う。


「待っていろよ『森の魔女』。グチャグチャに切り刻んでやる」




§




「コレット、起きろ。着いたぞ」


 うるさい。人が気持ちよく寝ているというのに。


「あと五分だけ寝かせて……」


「顔に落書きするぞ」


 落書きは……ダメだ。


「それは……ダメ」


「じゃあ寝ぼけてないで起きてくれないか。大森林に着いたぞ」


 眠い目をこすりながら上体を起こす。


「ホントだ。大森林だ」


 眼前には、大きくそそり立つ壁、ではない。壁のように立ち並んだ木々だ。神がこの世界を創った時からあるとされている。信じてはいないが。中には樹齢二千年を超える大木もあるという。森林自体が広大なため十五年間住んでいた私も見たことがない。大森林に帰ってくるのは実に三年ぶりである。


「馬車はどうすればいい?」


 尋ねられて辺りを見回す。


「んー。森の中入れられないもんね。そのあたりの木に繋げておけばいいと思うよ」


「分かった」


 レヴォルが馬車を移動させる。


 改めて目の前に佇む大木の数々を見上げる。


「懐かしいなぁ」


 すぐ前にある木の幹に触れてみる。


 とても懐かしい感触、匂い、音、色。


「ほんと久しぶり」


 自分にとって最も長く生活したのがこの大森林だ。三年も戻っていないせいか、異常に懐かしさを感じる。


「コレット」


 名前を呼ばれて現実に引き戻される。馬車を止めてレヴォルが戻ってきていた。


「なに?」


「確かここの大森林は結界が張ってあるだろう?僕じゃどうにもできない。さっき少しだけ入ろうとしたら無理だった」


 そう言えばそうだった。祖母が言っていた。この大森林には外から誰も入らないよう結界が張ってあると。


「分かった。ちょっと離れててね?」


 レヴォルにそう伝えると、小さく息を吸う。


森の扉を開けてフネン・オルスト・ユーア


 目を閉じて呪文を唱える。


「何語?」


「昔の言葉で『森の扉を開けて』っていう意味だって。おばあちゃんが言ってた。多分これで入れるはずだよ」


 森の中に足を踏み入れる。


「本当にすごいな、君のおばあさん」


 後ろにレヴォルが続く。


「これから少しだけ歩くから。暗いし足元気をつけてね」


「ああ」


 森に自生する木のほとんどが大きいため頭上はあまり気にしなくてもよい。足元はそれなりに危険だが。


「そういえばコレット」


「なに?」


「魔物が襲ってきたりとか……」


「ないと思うよ。おばあちゃんがちゃんと抑えてくれてるから」


「ならいいんだけど」


 ここまで弱気なレヴォルは初めて見た気がする。


「こんなに弱気なレヴォル、ちょっと珍しいね」


「そうか?」


「うん。そうだよ」


 不安そうに足元を気にして歩くレヴォルの姿が少し可笑しかった。



「見えてきたよ。あれがうちの家」


 そう言って、少し先にある家を指さす。


「……思ったより大きいな」


「どんなの想像してた?」


「もっとこう……隠れ家みたいな」


 指指す先にある家は、ひと言でいえば豪邸である。少しいい所の貴族が住むような感じの大きさだ。


「大魔女の家だからね。家のほとんどが書庫だよ。それと工房が地下にあるぐらい。生活する場所は普通の家と同じぐらいだよ」


 そのおかげで小さい頃は家にいても飽きることはなかった。暇さえあれば書庫にある本を眺めていた。絵本以外は内容を理解できなかったが。もしかしたら今なら分かるかもしれない、と淡い期待を抱きつつ門の前に立つ。


門を開けて(フネン・トー)


 呪文を唱えると、門の扉が音を立てながら開く。


「ここにも結界が?」


「うん。念には念を、っておばあちゃんが張ったんだって。扉にも似たような結果が張ってあるよ。鍵の代わりみたいなものかな」


 扉の前に着くと、取っ手に手をかける。


扉を開けて(フネン・ユーア)


扉が淡く光り、カチャッと音がする。


「これで開いたよ。さぁ、入って入って」


 先に中に入ってレヴォルに入るように促す。


 おずおずとレヴォルが入ってくる。


「お、お邪魔します」


 その後ろに続いて中に入る。


「おばあちゃーん、ただいまー! かわいい孫が帰ってきましたよー」


 シーン、と静まり返る。


「あれ?」


「寝ているんじゃないのか?」


 すっかり出迎えてくれるものだと思っていた。あんた急に帰ってきてどうしたんだい、とか聞いてくるものだとばかり思っていたのだが。


「おばあちゃん、寝るの遅いからまだ起きていると思ったんだけど…」


「出かけているとか?」


「んー、そうかも。昔もよく暗くなってからどこか行ってたし」


 小さい頃はよく森の見回りと言って夜中に外に出ていた。きっと今回もそれだろう。そのうち帰ってくるはずだ。


「とりあえずどうしようか」


 レヴォルに尋ねる。


「そうだな。ひとまず夕飯にしよう。僕が作っておくから、コレットはお風呂にでも入って疲れを取ってくるといいよ」


 レヴォルの手料理。食べてみたい。


「それじゃあお言葉に甘えて。食材は適当に使っていいから。台所は左に曲がって奥ね」


「わかった。それじゃあまた後で」


「うん。また後で」


 そうしてレヴォルは台所に向かっていった。




§




「ふぃー」


 数日ぶりのお風呂である。無茶苦茶気持ちいい。気持ち良すぎて変な声が出た。


 お風呂は良い。一糸纏わぬ姿で、何物にも縛られず、すべてを忘れてくつろげる空間。


 何を思う訳でもなく、何となく天井を見上げる。


 ぼんやりとしながら見つめる天井からぽたり、と一滴の水滴が額に落ち、瞼が少し落ちかけていたことに気づく。


 森に入るまで寝ていたはずなのに、この温かさに身を巻かれて眠りかけていたようだ。危うく溺死するところだった。


 バシャバシャと顔にお湯をかける。


 快適であるがゆえに気を抜いてしまう。お風呂、おそるべし。


「そろそろあがろうかな」


 これ以上入っていては、本当に溺死しかねない。いい感じに体も温まり、ちょうどのぼせてきたところだった。


 脱衣所にあがって、体の水分をふき取る。


 髪を吹いている時にあることに気づく。


「ん?」


 目の前の鏡。そこに映る自分の姿を凝視する。特に顔、無言でただただ自分の顔とにらめっこをする。


「あれ?」


 瞳の色が、少し違う……気がする。


「なに……これ?」


 目を擦ってよくよく確認してみる。


 自分で言うのもあれだが、昔は綺麗な青い瞳だった。


 しかし今は……若干紫がかっているように見える。


「これ……アルルさんと同じ……」


 瞳が変色する病気。


 まさか自分が発症してしまうとは。これはなんとしても解明する必要がある。現状、痛みがあるとか目が見えにくいとかそういう事はないから急ぐこともないと思うが。


 部屋のタンスから引っ張り出した寝間着を着ながらそう思案する。


 脱衣所から出ると、何やら香ばしい匂いが鼻をつついてきた。


 台所に顔を出してみる。


 どこから出したのか、白いエプロンを身に付けたレヴォルが台所でせっせと何かを調理している。


「何作ってるの?」


「かぼちゃのスープ。あと少しでできるから座って待ってて」


「分かった」


 言われた通り椅子に座る。そこからレヴォルの背中を何となく眺めていると、突然、レヴォルが振り返る。その両手には出来たてのスープの入れられた木製の容器に、いくつもの料理が盛りつけられた皿。


「君、本当に料理上手なんだね」


 レヴォルの手料理を食べてみたかった、という言葉を飲み込む。言うのがちょっと恥ずかしかったからだ。なぜかは分からないが。


「そんなことはないよ。僕なんてまだまだだよ」


 そう言いつつ目の前にかぼちゃのスープが置かれる。


「美味しそう……」


「どうぞ、召し上がれ」


 レヴォルが椅子に座りながら言う。


「……いただきます」


 スープをスプーンですくって口に運ぶ。


「……なんか、懐かしい味がする」


「お気に召しましたか? お嬢様?」


 お嬢様、などと言われたことは嬉しいが、あえて突っ込まないことにする。


「うん。すごく」


 二口目を口に運ぶ。


「君が作ってくれる料理、本当においしい。毎日食べたいぐらい」


「えっ」


 レヴォルが変な声を漏らした。


 見ると少しレヴォルの顔が赤くなっている。


「あっ」


 少し遅れて自分の発言がものすごく恥ずかしいものだったことに気づく。


「あのっ、えっと、これそういう意味じゃなくって……その……えっと……」


 自分の顔がどんどん熱くなるのが分かった。


 なんだか取り返しのつかないことを言ってしまった気がする。


 あたふたしているとレヴォルの小さな笑い声が聞こえた。


「なっ、何で笑ってるのっ!?」


「いや、何でもないよ」


「何でもなくない!!」


 恥ずかしさでさらに顔が赤くなる。


「もうっ、いいよ! 早くご飯食べよう! 冷めちゃうから!」


 無理やり話を逸らす。


「はいはい」


 なおも口元をほころばせながらレヴォルが気のない返事をする。



 平和だ。ずっとこうしていたい。私とレヴォルと祖母の三人でずっとここに住めたらいいのに。

しかしそれは叶わない。


 彼には彼のやりたいこと、やるべきことがある。


 それを知っていて、一緒にここに住もうなんて言えない。そんな都合のいいこと、言うべきではないのだ。


 だからこの幸せな時間も、今日で終わらせなければいけない。


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