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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第1章~魔女狩り~
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2.草原の魔女~1~

 ゼラティーゼ王国の王都からかなり離れた小さな森の近くの村、人が多いわけではないが、かといって活気がないわけでもない。

 

 そんな村に今日も私は黒い帽子に黒いローブを身に纏い、いつも通り自分で作った薬をもって出かける。


「あら魔女様、今日も来てくれたのね。助かったわぁ。いま私の娘が熱を出しててね……診てもらえないかしら」


 聞き覚えのある声が私を引き留める。


 この村に薬を売りに来るようになってから三年。


 村人の多くはすでに顔見知りだし、とても仲のいい間柄にもなっていたりする。


「こんにちはおばさま。ごめんなさい。今日は先約が沢山あるので、それが終わったらすぐに伺いますね」


 そう言いつつぺこりと一礼。


「村長のところかしら?」


「ええ。最近また調子が悪くなってきたみたいで……」


「あの人ももう若くないんだから……あんまり無理しないよう魔女様からきつく言ってやってちょうだい!」


 わははと笑いながら言う。正直そんなに笑い事ではないのだけれど。


「はい。しっかりと伝えておきますね。それじゃあまた後程!」


 軽く手を振って駆けだす。これで今日まわる家が一軒増えた。今日は村長のところに行って、先週ケガをした八百屋の息子さんのところに行って、それから――。


「魔女様!」


 呼ばれて振り返ってみる。とそこには見知った顔があった。村長の息子だ。小麦色の短髪の少年は両手をブンブンと上で振りながら私の方を見ている。


 どうやら考え事をしている間に通り過ぎてしまっていたらしい。


「こんにちは。村長さんは家の中に?」


「はい。家の寝室で寝ています。どうぞ上がってください」


 小さな村だ。村長の家だからと言ってそれほど豪勢で大きな建物というわけではないが、まあ、この村の中ではなかなか立派な家だろう。


「おお! 魔女様! 来ていただけて嬉しいですぞ!」


 通された部屋に入るとベッドに体を横たわらせた老人がいた。その老体を起こしながら声を上げる。その満面の笑みを見る限り、かなり元気そうに見える。


「こんにちは、村長さん。お元気そうでよかったです」


 にこりと笑って枕元に座る。


「もちろんですとも! 魔女様に会うだけでこの一週間を乗り切る活力を……」


 そこで言葉が途切れた。村長が大きく咳き込んだ。


「父さん!」


 村長の息子が慌てたように駆け寄ってくる。話に聞いた通り、心はともかく体のほうはそこまで元気でもないらしい。心は元気でも、体はそれについていくのは難しいのだ。


「でもやっぱり良くないみたいですね……なので今日は新しいお薬を作ってきました」


 鞄の中から紙袋を一つ取り出して村長に手渡す。


「これを毎日食後に飲むようにしてください。一週間後にまた様子を見に来るので。それと、あんまり無理しないでくださいね。もう若くないんですから」


「いつもありがとうございます、魔女様。……そうですね。しばらく無理は控えましょう。息子も大きくなりましたしそろそろ隠居すのも……」


 そう言いながら村長は息子のほうに目をやる。


「確かに、息子さんなら今の村長さんに負けず劣らずないい村長さんになりますよ」


 多分きっとおそらく。


 多少危なっかしさが残る青年ではあるが、そこは若さで何とかするだろう。彼より年下の私が言えることではないが。


「そんな! 自分に村長なんて……」


 弱々しい声で言う。もうちょっと自分に自信を持つべきだと思うのだが、今は黙っておこう。


「そういえば魔女様。例の宣言はもう知っておられますか?」


 村長が声色を変えて話し出す。例の宣言とは何だろうか。毎日野草を取っては自分の工房で薬の研究を

している自分には何のことを言っているのか、さっぱり分からない。


「例の宣言……って何です?」


「やはりご存じでなかったか。つい先日、この国のランディ第一王子が〝魔女狩り〟を宣言なされまして……」


「〝魔女狩り〟……ですか?」


 魔女狩り。


 文字通り魔女を神の名のもとに断罪するという政策だ。遠方の北国でそのようなことがあったという話は聞いたことがある。遠い昔に魔女が大勢の人を殺した過去があってか、未だに〝魔女〟という存在を受け付けない人たちもいる。もう三百年も昔の話だというのに。


 まさか自分が住んでいる国でそのようなことが行われようとは。正直実感がわかない。自分もその魔女狩りの対象外ではないというのに。


「なぜそんなことに?」


「二年前に、ランディ第一王子の妹君であるテレーズ第一王女が行方不明になられたというのはもちろんご存知ですな?」


「はい。もちろん知っています。随分と大騒ぎになりましたからね」


 二年前、国王の娘であるテレーズ第一王女は忽然と姿を消した。


 噂では悪魔に連れ去られただとか、何らかの理由で暗殺されただとか、王女自身に原因があって自殺しただとか当時は囁かれていた。しかしだとしても、それに魔女が絡むとは思えない。テレーズ王女の失踪と魔女狩りに何の関係があるのか。


「なんでも第一王子曰く第一王女は魔女に連れ去られた、と言うのです」

 

 ああ、なるほど。そういうことか。


「それで魔女狩り……」


 随分と突拍子のない話だ。誰も王女が連れ去られる場面を目撃したわけではないのに、勝手に魔女のせいにされるというのは心外だ。まあ、魔女の過去の歴史を考えればそこ行きつくのは無理もないかもしれない。


「その通りです。ですから、その……出来ればお逃げください。国外には魔女が多く住んでいる国があると聞きました。そこでならもしかしたら助かるのかもしれません。ですので、どうかお逃げください」


 確かに、そういう話を聞くと逃げてしまった方が安全である。国外に出たとなれば魔女狩りもさすがに適用されないだろう。しかし――。


「私も自分が診てきた人たちを捨て置いて逃げられるほど人間をやめてはいないのです。限界までこの国に残ろうと思います」


「やはりそうおっしゃられますか。しかし逃げるときは早めにお逃げください。捕まって殺されてしまっては元も子もありませんから」


 不安そうな顔で村長と息子が私を見つめる。私の身を案じてくれる人がいるというのを素直に喜びたい。


「ありがとうございます。しかと心に留めておきます。それでは今日はこのあたりで失礼します」


 そう言って私は村長の家を後にした。



§



 村長の家を出てから数時間後。傾きつつある太陽を背に、床に敷かれた布団の横に私は膝をついて座っていた。


「まだ熱があるみたいですね……」


 小さい女の子の額に手を当てがって言う。


「他に症状は?」


 少女の母親に尋ねる。


「ひどく咳き込んでいて……あまり食欲もないようで」


 私はそれを聞くと、ちょっと失礼しますねと言って少女の額に自分の額をコツンとくっつけた。


「何をなさるんですか?」


「魔術を用いた診察です。すぐ終わりますから」


 そう告げると目を瞑る。


「その身に宿りし精霊よ。汝らに巣くう悪魔を我へ示したまへ」


 小さな声で呪文を唱えた。これは精神魔術の一種らしい。治癒魔術以外まともに扱えない私が唯一形に出来た精神魔術だ。もっとも、これが精神魔術だと知ったのは習得した後だったのだが。

 

 少女の顔から自分の顔を離す。


「あの……娘は何か大きな病気なのでしょうか?」


 母親が不安の表情を浮かべてこちらを見る。


「風邪をこじらせちゃったみたいですね。脇の下や首の周りを冷やしてあげるといいですよ。食事は、おかゆを食べさせてあげて……薬はこれを食後に服用してください」


 紙袋を一つ、少女の母親に手渡す。


「ありがとうございます! 魔女様! あ、そういえばお代は……」


 そう言ってごそごそと財布を漁り始めた。


「お代は今日は大丈夫ですよ。いきなりの事でしたし、今日はサービスということで。あ、ほかの方には内緒ですよ?」


 そう言ってにっこりと微笑む。人差し指を立てて自分の唇にあてがう。


「いいんですか?」


 母親が目を丸くして尋ねる。


「ええ」


「本当に、心が広いのね」


「そんな事ないですよ。魔女は人を助ける生き物ですから。困っている人がいたから助けた。私は、私にできることをやっているだけですよ」


 そう言って立ち上がる。外に目を向けると、太陽は西に傾きかけていた。そんな赤く染まりかけている空を眺めながら、今日の仕事も終わりかな、などと考える。


「魔女のおねーちゃん」


 声のした方に目をやる。


 横になっている少女が布団から手だけを出して横に振っていた。


「またね。魔女のおねーちゃん」


 私も小さく手を振り返した。


「またね」


 それを別れの言葉にその家を出た。


(またね、か……)


 果たして、その〝また〟というのは来てくれるのだろうか。

 頭の片隅で〝魔女狩り〟と言う一つの単語が思考の渦に呑まれることなくぐるぐると回り続けている。


 他人事ではない、はずなのだが、どこか自分にはまだ関係ないことのように思えてしまっている。捕まったらどうしようだとか、そういうことを全く考えていないわけではないが。


 そう思いながら歩いていると、道端で二人の男の子が取っ組み合いの喧嘩をしていた。それを小さな女の子が少し遠くから何か言いたげに眺めている。


 周りには大人も集まりだしていた。


 女の子の横に駆け寄る。


「何があったの?」


 尋ねると、女の子は懇切丁寧に教えてくれた。どうやら、二人の男の子が女の子に告白をしたらしい。それが原因で喧嘩になった、という話だ。


 随分と子供らしい理由で微笑ましい気もするが、それでも喧嘩は喧嘩だ。


 話を聞いてからその喧嘩をもう一度見てみる。どうやら二人とも少し怪我をしている。男の子の喧嘩は怖いな、などと他人事のように考える。


 さすがに、話だけ聞いて立ち去るのは良くないだろう。それに加えて目の前には現在進行形で怪我をしている子供がいるのだ。すべきことはおのずと見えてくる。


 立ち上がり、二人の男の子に近づく。


「こーら、喧嘩しないの」


 ちょっと声を張らせて言う。

 すると二人が喧嘩の手を止めて、だってこいつが、とか、こいつが先に手を出した、とか言い合っている。


 二人の頭にポン、と両手を乗せた。


「喧嘩はダメ。あの子も泣きそうな顔してるよ」


 そう言って告白されたという女の子に目を向ける。そこには不安そうにこちらを見つめる女の子の姿があった。


「でも……」


 一人の男の子が何か言おうとする。


「でもじゃないの。喧嘩したらあの子が悲しんじゃう。そんなの、見たくないでしょ?」


 すると二人の男の子はこくりと頷いた。


「じゃあほら、二人とも、言わなきゃいけないことあるでしょ?」


 二人の男の子はお互いに向き合い、ごめんなさい、と言い合った。


 無事喧嘩は解決したようだ。しかし私が本当にすべきことはここから。


「二人とも、怪我してるでしょ?」


 鞄の中から軟膏とガーゼ、それとテープを取り出す。


「怪我したところ出して?」


 そう言うと、片方は肘を、もう片方は膝を突き出した。


 傷口に軟膏を塗って、上にガーゼを被せる。剥がれ落ちないよう、テープでしっかりと止める。


「これでよし、と」


 テープを貼り終え、軟膏やガーゼをしまっていると、魔女のお姉さん、と男の子二人に声を掛けられ

た。


「どうしたの?」


 まだ怪我をしているところがあったのだろうか。


「あの、ありがとうございました!」


 そう言って二人の男の子は女の子のところへ走っていった。


 その後姿を見て少し心が和んだ。


 鞄を手に取り立ち上がる。すると、パチ、パチと周りから聞こえてきた。みると周りにいた大人たちが

拍手をしだしていた。さすが魔女様だ! とか良い嫁さんになるぞ! とか、ちょっと恥ずかしくなるようなことも、いろいろと聞こえてきた。どうしていいか分からず、微妙な笑顔を作って人々に向ける。


「えっと、それじゃあ、また来ますね!」


 それだけ言うと逃げるように足早に帰路に着いた。


 

 自然と口から零れた「また来ますね」の一言。一人で歩いていると考えようとしなくとも色々と考えてしまう。


 果たして本当にまたこの村にやってこられるだろうか、と頭の片隅でまた考える。未だに〝魔女狩り〟の単語は思考の中をふわふわと漂っている。


 その頃、太陽は三分の二ほど沈んでいて、辺りは暗くなりだしていた。


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