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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第2章~森に向かって~
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19.けじめ

 まただ。また僕は彼女を危険に晒した。これで二度目だ。


「……そこをどいてくれ」


 右側に垂直に立てた剣に力を込める。


「出来ないと言っているでしょう」


 その声と同時に、自分が受け止めている相手の剣に力が入ったのが分かった。


「どけ」


「承服しかねます」


 目の前にいる一人の兵士、ジークハルトは引こうとはしなかった。


「どかないのなら……」


 小さく呟き、剣を握る手に力を込めた。そこからは言葉などいらなかった。


 兵士の剣を思い切り払い除ける。


 その瞬間、兵士のもとに走り込み、剣を下段から振り上げる。


 ひらりと躱される。兵士が剣を振り下ろしてくる。


「……っ!」


 その動きは一介の兵士がしていいものではなかった。知らない構え方、足さばき、体重移動。


 その剣が彼のオリジナルだというのはすぐに分かった。


 小さい頃から様々な道場を連れまわされた。そこで多くの剣技を教わった。しかし彼のそれは、そのどれとも違うものだ。


「お前は本当に魔女狩りが正しいと本気で思っているのか」


 鍔迫り合う中、頭に浮かんだ疑問を兵士に投げかける。


 すると兵士は少し顔を俯かせ、しかし剣に込める力は緩めずに口を開いた。


「……正しいと思っているわけがないでしょう」


 衝撃的だった。魔女狩りに対して否定的な人間がいたことに衝撃を受けたわけではない。


 彼の矛盾した行動そのものに、だ。そう、彼の行動には矛盾が生じている。口では魔女狩りに対して否定的な発言をしておきながら、その剣に込められたものには、迷いのようなものは感じられなかった。


「ならなぜ……!」


 なぜ彼は迷いなく剣をふるえるのか。


「魔女がどのような人間なのか、それはよく理解しています。私の知り合いにも一人、魔女がいます。あの子は……とてもやさしい子です。そんなあの子を守れたら、と思い私はこの剣を手に取りました。鍛錬を怠らず、腕を磨きました。

 今こうしてあなたに後れを取らずにいられるのも、日々の鍛錬のおかげです。しかし、日々兵士として生きている間に、私は自分が兵士になった理由を忘れてしまっていた。いや、忘れたという言い方は間違っているかもしれない。

 誰の為に剣を取るのかが変わってしまった。今私にあるのは、国への忠誠です。私は、あの子を守る前に、一人の兵士になってしまったのです」


 兵士の顔に現れる表情は、幾度となく見てきた、忠誠そのものだった。この顔では、剣に迷いがあるはずがなかろう。だが。


「……お前はそれでいいのか?」


 結局彼はどうしたいのだ。国のために働くというなら僕にこんな話をしなくてもいいはずだ。どういうつもりなのか。


「これは……けじめです。私が、あなたに勝ったのであれば、魔女を殺す悪魔になりましょう。もし私があなたに負けるのであれば、私は兵士をやめます。その程度の忠誠心、この国には不要です」


 その言葉を最後に、兵士は後ろに跳躍した。


「お前は、その悪魔になりたいのか。お前にとってその魔女がどういう人物か僕は知らない。その人を、殺せるのか?」


 するとその兵士は真剣な表情で剣を構えた。


「言ったでしょう。これはけじめだと」


 次の瞬間、兵士はいつの間にか間合いを詰めていた。


 上から斬り降ろしてくるのを、ギリギリのところではじき返す。


 幾度となく似たような剣撃が繰り返された。そして気づく。先ほどよりも明らかに剣が軽い。迷いのなかった剣に迷いが見え始めた。


「お前は、なにを迷っている!」


 兵士は少し驚きの表情を見せ、また真剣な顔つきに戻った。


「私は、迷ってなど、いない」


 嘘だ。ならなぜそれほどにまで、それほどにまで剣先を震わせているのか。


「迷うぐらいなら、そんな忠誠心、捨ててしまえ!」


 キンッ、という重い金属音とともに一振りの剣が地面に刺さる。


 手元から剣が離れ、兵士が膝をついた。


「僕の勝ちだ」


「ええ、そして私の敗北です。私は、あなたが言った通り、迷っていたんですね。行ってください。あなたの連れが待っていますよ」


 それを聞くと、僕は無言でコレットが連れていかれた方へ走った。


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