17.作り笑い
隣に佇むその白髪の少女はずっと俯いたままだった。
何かを隠すように大きめの黒い帽子を目深にかぶり、肩を小さく震わせていた。
「ごめんね。付き合わせて」
しゃがみ込みながら、地面の色が少し変わった、草のないふかふかとした場所に小さな石を乗せ、手を合わせる。
「全然構わないよ」
彼女の隣にしゃがみ、僕も石の前で手を合わせた。
「これ、何か分かる?」
コレットは立ち上がると、ポケットから何かを取り出した。
「……砂?」
「これね、護石の欠片。効果を現わして粉々になったの。これくれたの、ミレイユちゃんなんだ」
「そうか……」
「ミレイユちゃんは私を守ってくれた。矢が飛んできたとき絶対に死んだ、と思ったのに」
確かに僕もその瞬間を見ていた。コレットの目の前で光の防壁が現れ、矢を食い止めた。
実際に護石の効果を見たのは初めてだった。
「ミレイユちゃんは私を助けてくれたのに……私はミレイユちゃんを救ってあげられなかった……」
こういう時、なんと声をかければいいのか。
「えっと、その……」
「ごめんね。何か言ってほしかったわけじゃないの。気を使わせてごめん」
その声は酷く震えていて、今にも泣きだしそうで、それをどうにかこらえて押し込んでいるかのようだった。
「戻ろっか」
そう言うと少女は足早に馬車へと戻っていった。
後に続いて少女のうしろを歩く。
振り返ると、小さな墓石が僕たちを送り出すかのようにそこに静かに佇んでいた。
§
「矢に毒が塗ってあるとか聞いてない」
突然、ぼそりと馬車の中でコレットが呟く。
「本当に、ごめん。これは僕の失態だ。兄の行動そのものを予期できなかった僕に責任がある」
そうだ。もし、兄の行動を予測していれば、それなりの対応ができたはずだ。少なくとも、死人が出ることはなかった。
兄のほうが一枚上手だった。今までもそうだった。チェスで勝ったこともないし、トランプを使った遊びでも勝ったことがなかった。
今までは、兄が勝つのは仕方がないことだと割り切っていたが、今回は、今回ばかりは、負かされたことが悔しいし、負けた自分に腹が立つ。
「……本当に、本当にごめん」
自身への不甲斐なさから不意にそんな言葉が漏れた。
「あんまり、気負わないで?」
「え?」
振り返ると、コレットが小さく微笑んでいた。
「私はほら、この通り元気だし。何も心配いらないよ」
「でも……」
「でも、じゃない。私は、もう大丈夫だから。こっちこそ心配かけちゃって、ごめんね」
そう言ってまた彼女は微笑んだ。
彼女は、本当に大丈夫なのか。とてもではないがそうは思えなかった。人間は、そう簡単に立ち直れるほど丈夫ではない。大丈夫と言い張っている人間ほど、大丈夫ではないのだ。
「そういえば」
コレットの声が思考を遮る。
「どうした?」
「あの毒って植物性?」
突然どうしたんだろうか。毒のことを聞いてくるのは少々予想外だった。
「確か、アオジラって言う植物だったと思う」
昔、ローランに聞いたことがある。さすがは博識な彼のことだけある。思えば今の自分の知識の大半は彼から教わったものだ。そう言いきってもいいものだと思う。
「……そんな植物、初めて聞いた」
「王城周辺にしか自生してないからね」
「そっか」
小さく俯く。
「……お店とかで売ってたりする?」
「さすがに売っていないと思うよ」
「そっか……」
がっかりしたように俯く。
「解毒剤でも作るのか?」
「うん。あの時、もしも矢に毒が塗ってあることに気づいても、解毒剤がないんじゃどうしようもないし。もしまた、この国の兵士とかに狙われて、君にあの矢が刺さったりしたら……嫌……だから」
振り返ってみるとなぜか彼女の顔が少し赤い。
「魔術で解毒は出来ないのか?」
素直に心に浮かんだ疑問をぶつけてみる。
「せいぜい毒が回るのを遅らせるぐらいかな。ちゃんと解毒するってなるとどうしても解毒剤が必要になるの」
そういうものなのか。
「魔術は、もっと万能なものだと思ってた」
僕は魔術のことなんて欠片も知らない。本で読んだことしかないのだ。杖を一振りすれば何でもできる。それが魔術だと、そう思っていた。
「私も、小さい頃はそう思ってた。なんでも思い通りになるって。どんな人でも助けられるって。それなのに……女の子一人救えなかった」
だんだんとコレットの声が震えていく。
「ごめん。なんか暗い話になっちゃったね。町まであとどれくらい?」
こちらに顔を向けて尋ねてきた。また、小さく笑っている。
「あ、ああ。もうすぐそこだよ」
彼女は無理をしている、ように見える。無理やり笑顔を作ってごまかしているように見える。
「コレット」
「なに?」
「我慢しないで。泣きたいときは泣いていいんだ」
すると、コレットが少し驚いた表情を見せた。けどその驚き顔もすぐにその身を隠し。
「……うん。心配してくれてありがとう」
そう言って、彼女はまた笑顔を作った。