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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第12章~鬼ごっこ~
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167.知恵の宝庫へ~2~

 扉を開けたその景色は、以前訪れたときと大差はなかった。


「アルルは奥の部屋です」


「人形作りか?」


「ええ、相変わらず作っていますよ」


 アルルは人形師だ。その正体はもともと魔女であるのだが、どうやら引退したらしい。魔女としての二つ名は『傀儡の魔女』だったとか。


「アルル、エルが来ましたよ」


 部屋の扉をノックし、その向こうにローランが呼びかける。


「む、そうか。今出る」


 ガタリと椅子を引く音の後に、聞き覚えのある木製の義足の足音が扉の向こうから響く。


 扉が開き、中から白と黒の入り混じった長い髪の女性が姿を現す。


「また来てくれて嬉しいよ、エル。それと……見ない顔がいるな」


 アルルは首を回し、リルと僕の少し後ろにいるファムを見る。そして訝しげに眉を顰めた。大方、ジャスミンの姿が見えないことに疑問を抱いたのだろう。


「あ、えっと、リル・リヴィエールです。色々あって、エルさんと一緒に行動しています」


 ぺこりと一礼する。こういう様子を見ると実に礼儀正しい子だなと改めて思う。彼女の話に出てくる〝おじいちゃん〟とやらの育て方が良かったのだろう。


「ファムよ。エルくんの、まあ、助っ人みたいなもの。一応魔女よ」


「……」


 ファムの自己紹介の後、アルルは彼女をじっと見つめた。そして小さく口を開き、


「そうか」


 と、呟いた。


「それで、ジャスミンがいないことに関して、色々と聞きたいが構わないか。リルの言う〝色々〟もそれだろう」


 僕は頷き、事の顛末をアルルに説明した。主に、ジャスミンがテレーズに乗っ取られたこと、そして他にも〝アンネの灯火〟についても知りえたことを彼女に開示した。


 もちろん、すぐ後ろにいるファムがその教祖であることも。ファムは何も口出しをするつもりはないようで、アルルに説明する僕の言葉を黙って聞いていた。


 アルルはというと驚いた顔も見せず、ときどき頷くだけだった。


 そして僕が話し終わった後に一度だけ大きく頷いた。


「そうか、大変だったな」


 そう言ってなぜかその左手を僕の頭の上に置いた。


「頼ってくれてありがとう。話を聞いた限り、ひとまず対策は一つだけ考えついた」


「本当か!」


 僕は倒れる椅子になど見向きもせずに立ち上がった。


「ああ、単純な話だ。要はテレーズの魂をジャスミンの肉体から引きはがせばいいのだろう?」


「……そうね。その考え方が妥当だわ。けれど、魂はそれ単体では存在できない。必ず、入れ物に入っておく必要があるの」


 黙って話を聞いていたファムがアルルの言葉に付け足す。


「そうだ。その魂の入れ物さえ用意できればジャスミンを助けることも難しくはない。そうだろう? 名前のない魔女よ」


「大正解よ。『傀儡の魔女』。ああ、今はもう魔女じゃないのよね」


「……つくづく分からんやつだな。貴様、本当に何者だ」


 訝しげな表情を見せるアルルにファムはすまし顔で答える。


「さっきも言ったじゃない。ファム。ただの魔女でアンネの灯火の教祖よ」


「……全部見透かしたような発言、目、挙動。貴様、全て知っていながらここにいるな?」


「まあ、それなりにね。あなたの力が必要になることも、エルくんがあなたの元を尋ねようとするのも全部お見通しよ」


 ファムはアンネの灯火の教祖だ。そして、謎の多い魔女だ。僕からしてみれば彼女はツルカと同等かそれ以上の実力者だ。


 もしかしたら、本当に全てを知っている上で行動しているのかもしれない。


「魂の入れ物ならある。要は魂が拒絶せずに入れ物に入ればいいわけだ。そうなると私の作った人形を使えばいいのだろう」


「ええ、その言葉を待っていたわ」


「……持ってこよう」


 そう言うとアルルはどこか部屋の外に消えていった。


「さて、もう一つ問題があるわ」


 そんなアルルの後姿を目で追いかけた後、ファムがアルルに代わってこの場の主導権を握り始めた。


「というと?」


 ローランが聞き返す。


 ローランの一連の会話を頷きながら聞いていたが、やはりどうやら魔術には疎いようで積極的には話には参加しなかった。


「魂を引き離すって言っても簡単じゃないわ。正直、私一人ではちょっと力が足りないの。方法はあるんだけど、私一人で精霊が応えてくれるものでもない」


「つまり、人手がいると?」


「ええ」


「なら、アルルさんにお願いしたら……」


 おずおずとした態度でリルが言う。


「彼女ではダメよ。あの子はもう魔術が碌に使えないんだもの。猫の手にもなりはしないわ」


「じゃあ、どうするんだ」


 僕がファムに尋ねると、ファムは真っ直ぐに人差し指を、なぜかリルの方に向けた。


 その光景を僕とローランは呆気にとられたように眺め、


「えっ、私ですか!?」


 当人のリルは少し遅れて指さすファムに反応した。


「少しだけ、あなたの力を借りれば簡単に引き剥がせるわ。私と一緒に呪文を唱えるだけでいいの。そうすればテレーズを引き剥がし、ジャスミン・カチェルアを救い出すことができる。代わりに、あなたは魔術の道を歩まざるを得なくなると思うけど」


「どういうことだ?」


 疑問に思った僕は首を傾げた。なぜリルが魔術の道を歩まざるを得なくなるのか。そこが引っ掛かったのだ。


「魔術を使えるようになるには二十の歳になるまでに一度魔術を使う必要があるわ。そうすれば晴れて魔術の道を歩むことができるというもの。きっと魔術を知ったら、あなたは必ずその道を選ぶでしょう。

 万人を救える力、神の奇跡。心優しいあなたならその力を自分のものにしたいと思うはずよ。それに、素質も十分にある。魔術を使えるようになれば、きっとあなたはいい魔女になれるのでしょうね」


 彼女の言う〝いい魔女〟というのはどういう意味なのだろう。本当の意味で言ったのか、ワルプルギスの夜の器としての話なのか。


 もし後者であれば、リルに頷かせるわけにはいかない。彼女をそんな過酷な運命に引きずり出したくはないし、悲しむのは彼女だけじゃない。


「私は……」


 リルが細い声を出して俯く。


 悩んでいる様子が容易に窺えた。魔術の道を歩むということは、同時に彼女の宿を棄てることを意味していてもおかしくはない。しかしだからといって、ここで首を横に振れば、ジャスミンが助からない。


「リル……嫌なら断っても……」


 しかし、ファムのいうことを安易に信用するのは危険だ。それに元は彼女の力を頼る予定もなかった。


「……やります」


 細くも力強い覚悟をリルは口にした。


「……いいのか?」


「きっと私も、エルさんと同じぐらいお人好しなんです。お友達を、ジャスミンちゃんを助けたい。きっとおじいちゃんも許してくれると思います」


 そう言って、微笑んだ。


「決まりね。じゃあ、後で呪文を教えるから」


 ファムはリルの手を取り、微笑んだ。


 それにしても僕自身、こうもあっさりと話が進むとは思っていなかった。なんなら僕が話についていけていないぐらいだ。


 ともあれ、これでジャスミンが助かるのであれば何も問題はない。


 あるとすれば、ファムがこれを達成することによって、彼女がどう動くかが分からないところだが。


 どうやらファムはテレーズを殺したいらしい。その理由もよく分からない。僕が聞きそびれたと言えばそれまでなのだが。


「持ってきたぞ」


 背後からするアルルの声に僕は振り向いた。


 開け放たれた扉の向こうにアルルの姿がある。背中には、一体の人形を背負っている。真っ黒の髪の、女の子の姿の人形だ。くすんだ緑色の瞳が、仄かな蝋燭の光を反射している。まるで本当に人間のような精巧さで出来ている。ちょうどジャスミンと同じぐらいの身長だろうか。


「あら、随分といい人形を作っていたのね」


「……これはもともと私の娘になる予定だったモノだ。どうにもこの人形に人工の魂を宿すことができなくてな。ずっと放置していたものだ」


「……そう。そういう事情ね」


「ああ」


 ファムはアルルの持ってきた人形を見下ろしてしゃがみ込んだ。


「これなら、テレーズの魂も綺麗に収まるでしょう」


「その人形を使えば、ジャスミンを助けられるのか」


 僕はまるで確認をとるようにファムに尋ねた。


「ええ」


「……お前は、テレーズを殺してどうするんだ」


「私の目的はテレーズを殺すことよ。それ以上でもそれ以下でもない。あの子は私の邪魔ばかりするんだもの。邪魔者は排除しなくちゃ、ね」


 やはり、嘘は言っていないように思えた。彼女の目的であるワルプルギスの夜の再現の障害にテレーズがなっているということなのだろう。


「……今はお前を頼ろう」


 今は彼女を頼るしかない。ジャスミンを助けるにはこれがきっと最善手だ。


「そうしてちょうだい。その方がお互いに都合がいいでしょう」


 僕の言葉に、ファムは少し吐き捨てるようにそう返した。


「さて、それじゃあテレーズのところに行きましょうか。私と、エルくんとリルの三人で」


「助けはいりますか」


 ローランの申し出にファムは首を横に振った。


「いらないわ。あなた程度の力でどうにかなる相手ではないもの」


「そうですか。ならば私どもはあなた方の武運を祈りましょう」


 そんなローランの言葉に、ファムは何も返さなかった。彼の横のアルルと目が合ったからだ。


「なにかしら」


「……その子たちに危害を加えるつもりはないだろうな」


 アルルの鋭い視線がファムに刺さる。


「まさか」


 ファムはそんな視線を意に介さないように少し笑った。


「エルくんにもリルにも何かするつもりはないわ。私はテレーズを殺すだけだから」


「……」


 アルルは何も言わなかった。ただただファムを見つめていただけだった。


 その様子に、ファムの方も何も思わなかったのだろう。「行きましょうか」と言って、僕とリルに手を差し出した。


 手を掴め、ということなのだろう。きっと、無名の町から大森林に飛んだときのように、また転移魔術を使うつもりだ。


「アルルさん、ありがとう。またジャスミンを連れてここに来るよ」


「ああ、そうしてくれ。茶でも何でも淹れて待っていてやるから」


 微笑むアルルを視界の端に映し、僕はファムの手を取った。「行くわよ」というファムの声の直後、目の前の景色はまるでぐるりと回転するかのように様変わりした。


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