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赤い夜に、魔女は泣く  作者: 与瀬啓一
第12章~鬼ごっこ~
164/177

164.夢

 その真っ暗な空間に、ジャスミンは見覚えがあった。


 あの光景を見たのはいつだったか。


「あれは……そう、ヘンリックさんに襲われたとき……」


 クエロルの宿で、ジャスミンの部屋に突如現れたヘンリックという旅人がいた。その正体は〝アンネの灯火〟の一員だったわけだが。


 彼に襲われ、連れ去られるときに暴れないようにと眠らされたのだ。


 そのときに見た光景がまさに今眼前に広がっていく暗闇だった。


 そして現在、自分はどうなっているのだろうと少し考える。


 肉体はテレーズに乗っ取られた。であるならば今の自分は精神体のようなもので、ここは夢のような場所なのだろう。


 きっとこうして自分が精神体としてでも存在できているのは、父親にもらった例の白い杖のおかげだろう。


 あれは壊れてしまったが、それが楔の代わりになったのか、ジャスミンという存在を完全に消されることはなかった。



 さて。


「これからどうしようかしら」


 ジャスミンもエルに向かって「待っている」とは言ったものの、そんなにお行儀良く待てるような神経の持ち主ではない。


 この真っ暗な空間がどこか分からない以上、下手に動くこともできないが、いろいろと試してみる価値はありそうだ。


「とりあえず……そうね……」


 うーん、と声をあげてからジャスミンは手を真っ直ぐ上に伸ばし、手のひらを上に向けて、


炎の槍(ランメ・ランツ)


 呪文を唱えた。


 すると手のひらの上に真っ直ぐに炎が伸び、やがて一筋の燃え盛る槍へと姿を変えた。


 四素因魔術の応用。炎に形を与える魔術だ。



――魔術は使える。



 このよく分からない空間の中でも魔術は使える。その事実に、ジャスミンは胸を撫で下ろす。現実と変わらず魔術が使えることがこれほどにまで安心感があるとは思っていなかったのだろう。


 しかし、これぐらいで安心している場合ではない。


「えいっ」


 ジャスミンは手のひらから真っ直ぐ上に伸びる炎の槍を、さらに上に向かって真っ直ぐ放った。


 すると槍はどこまでもどこまでも飛んでいき――。


「……」


 虚空へと消え去った。仮にもし、この空間に天井があるとするならば、どこかに当たって槍が刺さるなり砕けるなりしてもおかしくはないのだが。


「全部ダメかぁ……」


 結果から言うと、後ろも前も下も、全方位に炎の槍を放ったが、どこかに当たるような感じではなかった。


 足元に放って消えていったときはさすがのジャスミンも動揺を隠せなかった。


 真下に空間が続いているなら自分の足が踏みしめているのは一体何なのか。


「ますますわけが分からないわね」


 うーんと唸りながら首をひねる。頭の中に浮かぶ、この状況を説明できそうな事柄を挙げては消し、挙げては消しを繰り返している。


 テレーズの使った魔術は間違いなく精神魔術だ。他人(ひと)を乗っ取るなんて魔術をジャスミンは見たことも聞いたこともないが、こうして自分自身が精神体のようなものである以上、なんらかの精神魔術であることは明白である。


 そこはいいのだが、結局この真っ暗な空間は何なのか。



「ここは心の中みたいなものよ」


 後ろから聞こえるその声に顔を振り向かせる。


「……あなたは」


 暗闇の中に顔の輪郭がくっきりと浮かんでいる。真っ赤なワンピースを身に纏い、その白い顔をさらに映えさせている。


 髪は真っ黒で、周りの闇にまるで溶け込んでいるかのようだ。


「またこうしてあなたとお話しできるとは思わなかったわ、ジャスミン」


「……テレーズ」


 少しずつ歩み寄ってくる人影の名前をジャスミンは静かに呼ぶ。


「心の中と言ったわね。それは私の? それともあなたの?」


 問いかけると、テレーズは一つため息をして気だるげに口を開いた。


「両方よ。あなたのこと、ただの子どもだと思って舐めていたわ。本当はあなたを残すつもりはなかった」


「私という存在の残りを消しに来たの?」


 ジャスミンはさらに問うた。この暗闇のことも未だ不確定要素が多すぎるし、何よりテレーズがこうして目の前に姿を現したことに意味があるように思えた。


「いいえ」


 そんな短い言葉と共に、テレーズは首を横に振った。


「残念だけど、それはできないわ。どうやらあなた、相当強い加護を付けられたみたいね。誰につけてもらったのか分からないけど、感謝しておきなさい」


 加護。


 その単語を聞いて、ジャスミンはある人の顔が頭に思い浮かんだ。自身の両親だ。特に母親――『創出の魔女』シエラ・カチェルア。


 旅に出る前、両親から一振りの杖を貰った。お守りだと言って渡された純白の杖。ジャスミンの両親御手製のもので、そこにはもちろん魔女たるシエラの技術も組み込まれている。


 何が言いたいかと言うと、ジャスミンが受け取ったその杖は一種の魔法道具だ。大きく括れば〝お守り〟で片付くが、お守りにも強さや効果が数多く存在する。


 ジャスミンの技量では、彼女の母がどのような加護魔術を細工してお守りを作ったのかは分からない。


 ただ、こうして窮地に一生を得ている現状を考えれば、多くの加護をあの杖に込めていたことが分かる。


「それじゃあ、どうしてあなたはここに来たの?」


 自分を消すことが目的ではないとなると、テレーズの目的は何なのか。


「……この場所は心と(わたくし)はさっき言ったわ。そしてこの場所に来るのは決まって眠っている間。夢という媒体で(わたくし)たちはこの場所にいるの。そして、今の(わたくし)とあなたはぐちゃぐちゃに交ざり合っている状態なのよ。ここまで言えばあなたでも分かるかしら」


「……心が混同しているのね」


「ええ」


 となると、テレーズがジャスミンの目の前に現れたのには特に意味はない。彼女が眠りにつけば自然とこの場所に現れる。


「……」


「……」


 真っ暗闇の中に静寂が走り抜ける。


「……エルは(わたくし)のものよ」


 ぽつりと呟くテレーズの言葉に、ジャスミンは顔をあげる。


「……どうしてそんなにエルに固執するの?」


 ジャスミンが尋ねると、テレーズはふいっと顔を逸らした。


「あなたには関係ないわ」


 吐き捨てるように言うとそのまま踵を返し、テレーズはジャスミンに背を向ける。少し歩いてテレーズは足を止めると、


「……彼が(わたくし)の王子様になるか、あなたの王子様になるか、せいぜい待ってみることね」


 そう言い残して暗闇に溶けた。


「……」


 何もなくなった虚空を見つめ、ジャスミンはエルを思い浮かべた。それと同時に少し恥ずかしくなった。


 我ながら大胆な行動をとったものだと改めて思う。


 キスまでして「待ってる」などとそれっぽい言葉を放って――。


「王子様、か……」


 こう言った状況を〝囚われのお姫様〟とでも言うべきだろうか。別段、ジャスミンがお姫様なわけではないが、エルを王子様と表現するのであればそれが適切だろう。


「……絶対来てくれるって信じてるから」


 届くことのない言葉を口にして、ジャスミンは彼の訪れを待つ。


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